159 / 201
二章
157.加速していく
しおりを挟む「マティアス様も見にいく?」
「え? 何のことですか?」
フェリーチェ様に何かに誘われたけど、何のことか分からなかった。
「前に孤児院に連れて行ってくれたでしょ? 騎士たちに作らせてみたから見にいくかなって」
ポポの刺繍が施されたハンカチだろうか?
それなら見てみたい。フェリーチェ様は子どもたちに好きな色を聞いていたし、色んな色があったら可愛いのかもしれない。
「見てみたいです」
「じゃあシルくんも連れて見に行こうよ。ルカくんは騎士が大勢いるところはまだ無理かな?」
「僕はやめておきます。ハリオが怒るから……」
え? ハリオってルカくんに怒るの? 僕だってラルフ様に怒られたことなんてほとんどないのに。
釣った魚を大事に大事に手も出さずに囲い込んでいるってことか。
ルカくんが納得してるなら何も言わないけどさ、前に家出したニコラみたいにストレス溜めて爆発しないといいよね。
「ママみて! いっぱい! これかわいい!」
「うん、そうだね」
会議室みたいなところに並べられたハンカチやスカーフ、木彫りのおもちゃ、ぬいぐるみ? 刺繍入りのエプロンもある。
これ、数が多すぎない?
「フェリーチェ様、こんなにあるんですね」
「うん。王家直轄の領地にある孤児院全部に送るんだって」
「へ、へぇ……」
ポポ、恐ろしい子。まさか王都を出て更に侵略を進めるなんて。この国はポポに支配されてしまいそうだ。
それよりさ、なんで全部ポポがモチーフになってるの? 他にも花とかリボンとか、男の子用なら剣とか盾とかでもいいと思うんだ。
なんで全部ポポなの?
無数のポポのつぶらな瞳がちょっと怖く見えた。
「フェリーチェ様、他のデザインはないんですか?」
「マティアス様も分かってると思うけどさ、刺繍するのに一番簡単なんだよね。まだみんな初心者だから複雑な刺繍ができるのは一部だけなんだよ」
「なるほど」
「それに、みんな同じなら喧嘩しないでしょ?」
そういう理由もあったのか。
理解はできる。理解はできるけど……
「あと、単純に騎士の間でポポが流行ってるって理由もある」
それが一番の理由かもしれない。流行りなんて一過性のものだ。年が明ける頃にはみんな他のものに気が移ってるんだろう。
僕がフェリーチェ様と話していると、シルがポポの大きなぬいぐるみをジッと眺めていた。欲しいんだろうか?
そういえばシルも、あまり物をねだらない。どれがいいかって聞くと答えるけど、地べたを転がりながらあれが欲しいと駄々をこねるようなことはしたことがない。
いや、シルが欲しいと言う前に僕やラルフ様が与えたい衝動に駆られて「これは?」「あっちのは?」なんて勧めているからかもしれない。
物はねだらないけど、やりたいことはやりたいと言えるんだから大丈夫だ。でも気になってしまう。
僕はシルがどうするのか見ていた。
「ラル、あれつくれる?」
シルはラルフ様の服を掴んで話しかけた。
「あの大きいクッションか?」
あれはぬいぐるみではなくクッションだったのか。ずいぶん大きく進化したものだ。
「うん」
「欲しいのか?」
「えっと……あれはぼくのじゃないから」
「誰が作ったか聞いてやろう。欲しいなら作った人にお願いすれば作ってもらえるかもしれないぞ」
「うん」
シルはお願いできるかな?
ラルフ様が周りにいた騎士たちに、誰が作ったのか聞いてくれている。シルは少し緊張しているみたいだ。
そして作った人を呼んでくれた。ポポクッションを作ったのは僕が知らない人だった。
ちょっと目つきの悪い筋骨隆々の大きな人だ。
「あのクッションつくったの?」
「ああ、俺が作った。可愛いだろ?」
意外にも彼はしゃがんでシルと同じ目線になり、にこやかに対応してくれている。
「うん、かわいい」
「欲しいのか?」
彼がそう尋ねると、シルは手をモジモジと動かして、少し迷っている。そして彼の耳元で彼にしか聞こえないように何かを話した。
「ふはっ、いいぞ。作ってやる! 楽しみに待ってろ」
「うん! ありがとう!」
シルは無事に彼にお願いできたようだ。
うちの子が成長してる。ちゃんと自分でお願いできた。僕はシルの成長を目の当たりにして胸が熱くなった。
各地の孤児院に届けられるポポたちは、それぞれ箱に詰められて運ばれていった。
その数日後、シルがクッションをお願いした彼が、ポポの大きなクッションを持ってうちを訪ねてきた。
彼はイーヴォと名乗った。
それ抱えて街を歩いてきたの? なかなか勇気がありますね。
「シルくんに届け物です」
先日見せてもらった孤児院に送るものよりかなり大きい。
「シルを呼んできます。少しお待ちください」
応接室に通そうとしたら、すぐに帰るしできれば庭がいいと言うので庭に案内した。
シルにイーヴォさんが来たことを伝えると、シルは走って彼の元に向かった。
「すごい! ありがとう! パンみせてあげるからきて!」
シルは大好きなパンを彼に紹介することにしたらしい。僕もついていくと、彼はクッションを持ったままパンの小屋に向かった。
「パンだよ」
「この子がパンか。確かに小さいな」
「ここにおいて」
「分かった」
え? イーヴォさんは持ってきたポポクッションをパンの小屋の中に置いた。
もしかして、シルは自分のためじゃなくパンのためにクッションを頼んだの?
僕は今すぐにシルを抱き上げてヨシヨシしたい衝動に駆られたけどグッと堪えた。
そしてシルはイーヴォさんに「ちょっとまってて」と言って家の中に走って行った。
「イーヴォさん、シルはパンのためにクッションを作ってほしいとあなたにお願いしたんですね」
「馬用に作ってほしいと言われた時は驚いたが、誰かのためにってところが気に入った」
「無茶なお願いを聞いていただきありがとうございました。お代はどれくらいお支払いすればよろしいでしょう?」
馬用のクッションを作ってほしいなどと無茶なお願いをして、材料費もかなりかかっていそうだ。
「必要ない。シルくんが払ってくれることになっている」
「え? シルが?」
僕はシルにお小遣いをあげたことはない。買い物をするときに、お金の価値やお金にどんな種類があるのかは教えたけど、触らせたこともあるけど、与えたことはない。
シルはどうやって支払うつもりなんだろう? 実はラルフ様にお金をもらっていたんだろうか?
「イーヴォ!」
シルの手に握られているのは、たぶんチェルソが包んでくれたであろうポポクッキーと、シルが色を塗ったポポ一族だった。
もしかしてお金ではなく物々交換ですか?
シルはイーヴォさんに濃い青色にパンらしき絵が描かれているチンアナゴと、赤に何か文字が書かれているチンアナゴをクッキーと一緒に渡した。
「イーヴォさん、いいんですか?」
「ああ、シルくんと交渉して決めたことだ。金など稼げばいいが、これは買おうと思っても買えるものではない価値のあるものだ」
イーヴォさんは目尻に皺を寄せて笑って、「またな。パンにもまた会わせてくれ」とシルの頭を撫でて帰っていった。
いい人だ。
後でラルフ様に聞いたら、イーヴォさんは第二騎士団の大隊長だった。クロッシー隊長より上の人だ。さん付けで呼んでしまったが大丈夫だろうか?
「シル、抱っこしてあげる」
「うん!」
シルは偉いな。パンのために自分で交渉するなんて。ラルフ様が帰ってくると、ラルフ様にも今日のことを話して、二人でシルを甘やかした。
403
お気に入りに追加
1,294
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました
新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
(完結)嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる