僕の過保護な旦那様

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二章

148.練習の成果と失態

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「ママ、うまくかけたの!」
 僕が仕事から帰ると、シルが水色のポポの家族を持って走ってきた。
 今日新しく描いたのかな?

 水色のポポの家族の胴体部分には、小さいポポがたくさん描かれていた。フェリーチェ様にもらったスカーフの刺繍を見て、小さいポポを描いてみようと思ったのかもしれない。

「上手く描けたね」
「かわいい?」
「ポポがいっぱいで可愛いね」
「うん!」
 シルは嬉しそうにリーブにも見せている。その後でキッチンに向かったからチェルソたちに見せに行ったのかもしれない。

 僕は明日休みだからリヴェラーニ邸にお邪魔する予定だ。

「フェリーチェ様、今日は旦那様はお仕事ですか?」
「そうだよ。シュテルター隊長も仕事?」
「そうなんです。最近あまり休みが合わなくて」
「じゃあ今のうちに刺繍仕上げないとね」
 確かにそうだ。ラルフ様とお休みが一緒になったら刺繍の練習ができない。途中の過程を見られくないってわけじゃないけど、できれば知られずに仕上げて驚かせたい。

 結局僕は刺繍がなかなか上手くできなくて、三センチほどのワンポイントの刺繍をハンカチの端にするだけなのに二ヶ月もかかった。

「やっとできた」
 僕は糸を切って針を置くと、凝り固まった肩をぐるぐる回して、首もぐるりと一周回した。刺繍はポポを量産するよりも力は要らないはずなのに肩が凝る。

「お疲れ様、上手にできたね。こんなに手をかけて作ったんだからきっとシュテルター隊長は喜びのあまり小躍りするんじゃない?」
 フェリーチェ様は本当に優しい人だ。こんなに上達しない僕にずっと付き合ってくれた。全然上手くないのに褒めてくれるし。

 ラルフ様が小躍りするとか想像できない。喜んでいるときは、優しく微笑んでくれるのしか見たことない。
 渡す前から僕は緊張していた。

 綺麗な紙に包んだハンカチをポケットに入れて、ラルフ様の帰りを待つ。
 ラルフ様が帰ってくると、僕は待ちきれずに玄関へ走った。
「ラルフ様、おかえりなさい! その……」
「どうした? 何か大事な話か?」
 いつになく緊張して、僕が言葉に詰まってしまったから、ラルフ様は真剣な顔で僕を覗き込んだ。
 至近距離で覗き込まれたから、なんか急に気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

「俺と離れていて寂しかったか?」
「え? うん、そう、かな……」
 離れていたのなんて出勤を見送ってからの数時間だけど「寂しくない」とは言いたくなかった。

「寂しい思いをさせてすまない」
 ラルフ様はそう言うと、僕をそっと包み込むように抱きしめてくれた。だから僕はハンカチを渡すタイミングを失って、ラルフ様の背中に腕を回した。
「ハーブの香りだ」
「うん。虫に刺されないようハーブオイルをつけてます」
「マティアスの功績だ」
「功績?」
 なんのこと? ラルフ様はまた僕の功績を捏造したんだろうか?
 抱きしめられていたんだけど、そのままラルフ様は僕を抱き上げて部屋に向かった。

 部屋に入るとラルフ様は僕を抱っこしたままソファに腰を下ろした。
「陛下がそのオイルを譲ってほしいそうだ。買うとか言っていた。嫌なら断っていい」
「え? 素人の僕が作ったオイルを陛下が?」
 一体なぜ?
「迷宮で使ったと聞いて、興味を持ったらしい。王宮でも虫除けといえばハーブの束を窓に吊るすかハーブを焚くしかないからな」
「分かりました」
 今回はラルフ様を通しての要請だった。珍しい。いつもならエドワード王子が急に店に突撃してくるのに。

「用意できたら俺が持っていくから、マティアスがわざわざ行くことはない。一人で向かわせるなど危険なことはさせない」
 ん? もしかして新年の夜会で僕が狙われたと勘違いしていることを今でも引きずってる?
 城になんて行きたくはないけど、そんなに警戒することないと思う。フェリーチェ様くらい綺麗なら分かるけど、誰も平凡な僕なんて見てないよ。
 僕は完全にハンカチを渡すタイミングを失ってしまった。今からどう切り出せばいいのか……

 夕食を食べると、部屋に戻って少しだけラルフ様とお酒を嗜む。
 お酒飲めば勢いってつけられる? 僕はウォッカをグイッと一気に煽った。
 もう一杯!
 もう一杯!
「らる、さま、これ、あげます。ぼくがぬったやつれす……」
「ん? 塗った? チンアナゴか?」
「そう。でもちが~う。ぬったの」

 呂律が回らなくなって、そしたら別になんてことない感じで渡せた。なんか気分がいいな~ふふん♪

 ラルフ様が包んでいた紙を開いてハンカチを手に取った。
「これは……マティアスが縫ってくれたのか?」
「そうれすよ~。ちくちくしたのぉ~」
「マティアス、ありがとう。肌身離さず持ち歩こう」
 グェッ
 ラルフ様は僕のことを締め殺すのかと思うくらいギュッと抱きしめてきた。
「すまない。苦しくないか?」
「らいりょうぶぅ~」

 やっぱりラルフ様は優しく僕に微笑んでくれた。その顔ずるい。すごく好きだ。
「らる、さま、しよ? ちゅうして?」
 僕はラルフ様の首に腕を巻きつけた。
「マティアス、酔いすぎじゃないか?」
「したいの~、らる、さま、やなの? 僕の中にきて」
 ラルフ様の喉がゴクっと音を立てて、僕は一瞬でベッドの上で裸だった。

「すきすきぃ~、ちゅうしたい」
「酔ったマティアスは…………な」
 何か言った? 分かんない。僕は今、すごく気分がいい。早く愛されたい。
「なぁに? ちゅうは?」
 ラルフ様が柔らかい唇で吸い付いてくる。だから僕も負けないようにラルフ様の唇に、頬にも、僕の頬に触れた大きな手にも、柔らかい胸筋にも、色んなところに吸い付いた。楽しくて夢中ラルフ様の体に吸い付いた。

 ああ、幸せだ。ラルフ様がそのたぎる熱を僕にぶつけてくるのが好き。苦しくてラルフ様の背中をギュッと掴んで、訳がわからないまま、気持ちよくて、嬉しい気持ちのまま意識が遠くなっていく。

 ーーあれ?
 眩しい光の中で僕は目が覚めた。昨日の夜……薄っすらと記憶に残るのは夢か現実か。
 僕は酔ってラルフ様に迫った気がする。夢だよね?

「マティアス、起きたか?」
「ラルフ様、おはようございます。昨日って……」
 恐る恐る聞いてみる。
「酔ったマティアスは誰にも見せられない。可愛かった。俺のことをたくさん求めてくれた。他の誰にも見せないでほしい。俺だけのマティアスだ」
 ラルフ様が思い出して噛み締めるように言った。夢ではなかったようだ……
 ハンカチって渡したんだっけ?

「ハンカチは……」
「受け取った。マティアスが縫ってくれたハンカチだ。肌身離さずつけている」
 そう言ってラルフ様は手首に巻いたハンカチを見せてくれた。

 喜んでくれてみるみたいだ。よかった。僕はホッとした。
 でも分かっていたことだ。ラルフ様は僕があげたものならなんでも喜んでくれる。ぐちゃぐちゃにしたピエール二号だって大切にしているし。
 刺繍は本当に自信がなかった。フェリーチェ様はいいって言ってくれたけど、歪んでるし、こんな下手なの渡していいのか分からなかった。
 心がこもっていても、見苦しいものは嫌なんじゃないかって思って普通に渡せなかったんだ。

 あれ?
 ハンカチのポポと目が合って僕は気付いてしまった。
 僕、なんで必死にチンアナゴなんて刺繍してたんだろう? 普通ハンカチに刺繍するって言ったら家紋じゃない?
 家紋じゃなくても、花とか蔓の模様とか、名前とか、他にいくらでも候補はあるのに、なぜ僕はチンアナゴを……
 せっかく初めての刺繍のプレゼントなのに。

「ラルフ様、やり直すのでハンカチ返してもらえませんか?」
「無理だ。これはもう俺のものだ」
 やっぱり無理ですか……

 刺繍、もっと頑張ろう。そして家紋とか、花とか名前とか、武器とか、ポポの刺繍が霞むような素敵なのを刺繍して渡すんだ。
 僕は刺繍をマスターするぞ!
 僕は気合いを入れ直した。

「マティアス、『ちゅうして』と言ってもいいんだぞ」
 ラルフ様がちょっとモジモジしながら言ってきた。
「はい?」
「夜のマティアスが可愛すぎた」
 僕の黒歴史はポポの刺繍だけではない。夜の僕はおかしかった。

「ちゅう、して?」
 素面で言うのはとても恥ずかしい。
「可愛い」
 ラルフ様の期待に応えてこんなことを言ってしまう僕も僕だ。だけど、ラルフ様が喜ぶならいいんだ。

 ……今後はお酒の量を控えよう。
 飲んでも呑まれてはいけない。

 
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