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二章
112.失敗とラルフ様の一時帰宅
しおりを挟む「うぅ、寒い……」
前日、手足を晒して庭にずっといた僕は、風邪をひいてしまった気がする。
「マティアス様、暖炉に火を入れましょうか」
「うん、お願い」
リーブが部屋の暖炉に火を入れてくれた。まだ暖炉に火を入れるほど寒い時期じゃないんだけど、寒気がして鼻水まで垂れてきた。
一応実験の結果なんだけど、成功ってことでいいと思う。
来年の夏にハーブオイルをつけて森にでも行って確認したいけど、今の時期でも庭に虫はいる。
あんなに長時間庭にいたのに、僕は虫に刺されなかった。これは効果があったってことだ。
香水のようにつけて出かければ、少なくとも半日は持つってことが分かった。
だが……肌寒い中スースーするオイルを塗っていたせいで、たぶん体が冷えたんだろう。
なんだが熱まで出てきた気がする……
「マティアス!」
え? 今ラルフ様の声が聞こえた? とうとう熱で幻聴まで聞こえたかと思ったら、本物のラルフ様だった。帰ってくるの明日じゃありませんでしたっけ?
「マティアス、何があった?」
ラルフ様が戻ってくるまでに治しておこうと思っていたのに……
しまったという気持ちでいっぱいになって、僕は無言でベッドに潜り込んだ。
その横ではリーブがラルフ様に僕の失態を説明していた。これ、怒られる気がする……
それなのにラルフ様は怒ることなく、僕のベッドの隣に入ってきた。
「俺がいない間に無茶をしたな」
「ごめんなさい」
「マティアスが自らを危険に晒すことはもうするな。体を張るようなことは俺がやる」
「はい。でも、虫除けオイルの製造には成功したと思います」
僕が作った虫除けオイルのことをラルフ様に簡単に説明した。
ゴホッゴホッ
「あ、ラルフ様に風邪が移ってしまいます。部屋を出ていってください」
「却下だ。風邪は人に移すと治ると聞く。俺に移せ」
ラルフ様は僕に覆い被さると、強引にキスをしてきた。いつもの啄むキスじゃなく、いきなり唇をこじ開けて舌を捩じ込んできたんだ。僕は鼻水が出て鼻で息ができないから、苦しくてたまらなかった。
「待っ……ら、あ……」
ラルフ様が僕に移したくないって思って僕を遠ざけたように、僕だってラルフ様に風邪を移したくない。人に移せば治るなんて迷信だし、もし本当でもラルフ様に移して自分だけ治るなんて嫌だ。
「やっ……」
必死にラルフ様を押し返すのに、やっぱり僕の力では全然敵わない。
僕の口の中の唾液を全部奪っていくようにキスをして、僕が苦しくて耐えられなくなった頃にラルフ様はようやくキスをやめてくれた。
「マティアス、死ぬな……」
ラルフ様にギュッと抱きしめられた。ラルフ様の大きい背中に腕を回すと、少し震えていた。
「死にませんよ」
僕はちょっと風邪をひいただけで死んでしまうと思われているんだろうか?
だからこんなに必死になって僕のことを守ろうとするの?
「ラルフ様、僕はラルフ様より弱いかもしれませんが、風邪をひいたくらいで死んだりはしませんよ。僕だって成人した男で、生まれたての赤ちゃんや体力が衰えた老人ではないんです」
「そうか」
ねえ、本当に分かってくれた? 今回風邪をひいたのは僕のせいだけど、本当に僕はそんなに虚弱ではないんだからね。
「マティアス、口を開けてみろ」
「え?」
口を開けると、「やっぱり少し喉が赤い」「喉には蜂蜜がいい」と言って、半刻ごとにラルフ様に蜂蜜を与えられるという謎の給餌行動が行われることになった。しかもそれは夜寝るまで続いた。
そのせいで僕はもうお腹いっぱいだ。
朝は野菜がたくさん入ったポタージュスープに、シルと一緒に作ったハーブが乗ったクラッカーが浮かべてあった。お昼にも野菜スープにクラッカーが浮かんでいるものだった。夕食はパン粥に蜂蜜が入ったものだ。もうしばらく蜂蜜は遠慮したい。
僕は指一本動かさなくていいように、ラルフ様が全部してくれた。スープも飲ませてくれたし、お茶も飲ませてくれた。「寒くないか?」と言ってずっと抱きしめていてくれた。
せっかく帰ってきてくれたのに、僕の看病だけで終わってしまうなんて申し訳ない。
「ラルフ様、シルとも遊んであげてください」
「シルはさっき見たらパンとルーベンとタルクと遊んでいたぞ」
ルーベンも一緒に帰ってきていたのか。タルクの訓練のために帰ってきたのに申し訳ない。
「タルクはいい筋をしている。塀に登る時の身のこなしもなかなかだった」
ん? 塀に登る?
「塀に登るというのはどういうことですか?」
「訓練の一環なんだろう。うちの塀を借りたいと言ったから貸してやった。その代わりシルの面倒も見てくれと頼んだ」
そっか、申し訳ないって思わなくてもいいんだ。それにしてもうちの塀は訓練にも使えるのか……
うちは要塞としての機能だけでなく、訓練施設としての機能も兼ね備えているらしい。
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