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二章
110.僕だけ?
しおりを挟む「ラルフ様、迷宮楽しみですね」
「ただの古い建物だぞ?」
僕はこんなに楽しみなのに、ラルフ様は全然のってこない。
ラルフ様の赴任の準備をしながら、僕はやっぱり迷宮って言葉に惹かれて気分が高まってしまった。
半年も会えないなんて寂しいって思ってたんだけど、ラルフ様は休みには王都に帰ってくるって言ってくれたんだ。だからずっと会えないわけじゃないと分かって僕は安心した。
「シル、迷宮楽しみだね」
「めいきゅ?」
「大昔の建物があってね、金銀財宝とか複雑な罠があったり、土でできた人形が襲ってきたりするんだよ」
「こわい……」
うーん、シルの反応もいまいちだ。なぜだ? こんなに心がウキウキするのに、全然誰も分かってくれない。まあ僕が知っているのは物語の中の迷宮で、実際に迷宮を見たことはないんだけど。
「マティアス、土でできた人形があったとしても襲ってはこないぞ」
「そうなんですか……」
ちょっと残念だ。冒険の物語には土や岩でできた人形が襲いかかってきて戦うシーンがよくあるんだけど、やっぱり現実にはいないらしい。
本当? ラルフ様が知らないだけじゃなくて?
実際に襲いかかってきたら怖いけど、怖い以上に見てみたいって気持ちの方が強い。
「土の人形が襲いかかってきてもラルフ様なら簡単に倒してしまいそうですね」
「銅像のようなものが倒れてきても叩き壊したら怒られる」
現実はそんなもんか……
着替え、革鎧、剣、必要なのか分からないけどチェーンメイルも持っていくそうだ。
ラルフ様は迷宮のある街に赴任して何をするのかというと、街の警備と、迷宮の一般人が観光できる場所の見回りだ。街の警備は王都と同じだけど、迷宮の見回りは、一般人が勝手に迷い込まないよう監視する役目がある。
立ち入りが許可されている場所は、安全が確保された場所で、壁や天井などの強度が確認されていたり、補強されて崩れない場所だけだ。それ以外の場所は安全が保証されていないから入ってはいけない。面白半分で入る人はほとんどいないんだけど、たまに迷い込んでしまう人がいるらしい。
それと、研究者が採掘などをする場所は危険が多いから護衛をすることもあるそうだ。
護衛と言っても何者かが襲ってくるわけじゃない。滑落や崩落の危険があるのと、たまに毒を持った蛇やコウモリやサソリが出るから、それを退治することもあると聞いた。
きっとそれはラルフ様の得意分野だと思う。いつも僕の周りを飛び回る虫をサッと退治してくれるから。
「これは宝箱が見つかった時に開錠するための工具で、こっちは採掘するためのポケットサイズのツルハシとハンマー。これは小さなカンテラです。こうして組み立てると、ほら、ここに火打石が付いているから火種がなくても点けられます。それと、毒が湧いているところがあるかもしれませんから、これは防毒マスクです」
「マティアス……これは必要なのか?」
「当たり前です。ちゃんと本で予習して用意したんですよ。迷宮に入る時は持ち歩いてくださいね」
「そうか。分かった。大切に使わせてもらう」
僕はリーブやミーナと一緒に街で買った迷宮探索に必要な道具をラルフ様の持ち物に入れた。
ラルフ様なら大丈夫だって分かってるけど、僕だって心配してるんだ。
穀物とナッツを固めた美味しくない携帯食もいくつか入れておいた。
「ラルフ様、お休みには帰ってくるんですよね?」
「必ず帰ってくる」
「そっか。待ってます」
迷宮という言葉に心が躍るけど、やっぱりラルフ様と離れるのは寂しい。
「マティアス、寂しいか?」
「寂しいです」
「俺も寂しい。また手紙を書く」
「僕も書きます」
こうしてラルフ様はルーベンとグラートと共に旅立っていった。
「タルクはルーベンが赴任してる間は訓練ってどうするの?」
「師匠は休みの日にたまに戻ってきてくれるそうです。僕のために遠くまで戻ってくるなんて悪いなって思ってたんですけど、『師匠として投げ出すことはできない』って言ってくれて、ありがたいです。僕は部下でもなんでもないのに」
ルーベンって責任感が強いんだ。師弟関係ってそういうものなのかな? 僕には師匠も弟子もいないからよく分からない。
「師匠がいない間もちゃんとサボらないよう訓練は続けるつもりです。マティアスさんも一緒にやりますか?」
「うん、一緒にやろうかな。お菓子攻撃の爪痕はまだ僕の体に深く刻み込まれているんだ」
「お菓子攻撃?」
タルクは首を傾げていたけど、ハリオのせいでちょっとね。
他のみんなだって一緒に食べていたはずなのに、なぜ僕だけ……
ラルフ様は何も言わないけど、半年後にラルフ様が帰ってくるまでにはシュッと細い顎のラインを取り戻してみせる!
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