僕の過保護な旦那様

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二章

106.晴天と約束

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「ママ~」
 庭からシルの呼ぶ声がして、外に出てみると、シルとパンが泥だらけになっていた。
 泥の中で転がり回ったのかと思うくらいドロドロで、これはもうパンを洗うしかないと思った。

 先日の大雨でうちの庭も結構な被害を受けている。土砂が流れ込んだりはしていないけど、水に浸かってダメになってしまった花もあるし、石畳は泥だらけになってしまったから泥を洗い流さないといけない。
 なかなか水が捌けていかないから、まだこうして水溜りと泥が堆積している。それはシルとパンにとっては楽しいことだったんだろう。ドロドロになりながらもニコニコと楽しそうにしている。

 ラルフ様が春に仕掛けた見えない罠も、ぐちゃぐちゃになってしまったからまた作り直すと言っていたっけ。例の僕が考えたと捏造された草を結んで敵の進行を遅らせる罠だ。

「シル、パンを洗ってあげようか」
「やるー!」
 天気がいいし他の馬も一緒に洗おうってことで、リズを中心に使用人みんなが集まって馬を洗った。

 そういえばパンはパンって名前があるし、ラルフ様が騎士団に置いている馬はクロと言っていた。馬車用の二頭の馬に名前はあるんだろうか?
「リズ、この二頭の馬に名前はあるの?」
「ありますよ。こちらの鬣が少しカールしていて尻尾が黒い馬がミケランジェロ、足先が白い馬はフランチェスカです」
 どちらも立派な名前がついていた。

 水をかけながら馬用のブラシでゴシゴシ洗っていくと、馬たちは思った以上に汚れていたのかとても綺麗になった。
 乾いたら鬣が靡いてもっと格好よくなりそうだ。

「シルもいっぱい汚れたからお風呂に入ろうか」
「わかった、いってくるー」
 泥は馬を洗った時にほとんど流れているけど、馬の毛もついているし草や泥も全部取れたわけじゃない。風邪をひかないうちにお風呂に入ってもらおう。
 お風呂はメアリーが入れてくれた。
 その間に僕はリズと共に厩舎の掃除をして藁を交換したりした。僕も馬の世話に結構慣れてきた。
「ふぅ~暑いね、もうすっかり夏だね」
「ええ、そうですね」
 さっきまで馬を洗うために上着を脱いでシャツの袖を捲っていたリーブは、涼しい顔でビシッと執事服を着こなして、僕にレモネードを差し出してくれた。真夏でも上着着てるけど暑くないのかな?

 シルがお風呂から出てくるまで、庭のベンチでレモネードを飲みながら待った。
 するとグラートが来たんだ。珍しい。グラートは今日もなぜかリーブについて回っている。本当にリーブにちょっかい出してるわけじゃないよね?
 もしかしてグラートは執事の仕事に興味があるんだろうか?
 ラルフ様のサポートをしたり、誰かのサポートをするならリーブってとても参考になると思う。うちの執事は優秀なんだ。
 きっとそうだ。そう結論付けたらやっと安心できた。
 グラートを信用してないわけじゃないんだけど手癖がね……
 リーブ相手に抱きついたり、手を握ったり必要以上に距離を詰めたりはしていない。女の人じゃないからかもしれない。爽やか好青年のタルクにも近寄ってはいなかったし、やっぱりグラートは男には興味がないのかもしれない。

 そこから何日か経つと、ラルフ様とラルフ様の部下のみんなが家に集まった。
 例の罠を仕掛けるそうだ。僕は一度も罠なんて仕掛けていませんからね。苗も入手できるものとできないものがあって、庭はまだちょっと荒れた状態だ。罠だけは先に仕掛けておきたいとラルフ様たっての希望で今日みんなが集められた。
 この厚くて高い塀があるから草で罠なんて作る必要ないと思うんだけど……

「じゃあ僕は仕事に行ってきます」
 ラルフ様に送ってもらって花屋に出勤する。貴族の王都の屋敷も僕たちの家のように庭が荒れてしまった家が多いんだ。でも郊外の苗農家が今は出荷できない状態だから、他の街から入荷したり、種で対応してもらったりしていて、貴族の家からの問い合わせが多い。
 そんな理由で最近は僕も結構出勤頻度が高い。
 たまに苗農家に状況を確認に行ったりしているけど、無事だった苗は少ない。今回は小麦農家の被害が一番大きかった。収穫時期だったようで、なんとか乾かして実を取れるものもあれば、もうダメなものもあるそうだ。国から補助が出るとは言っても、収入がないのは苦しいだろう。

「マティアス、例の件だが、夏の終わりに俺たちの分隊の半数が赴任することになった。期間は半年だ。その間にマティアスを招待しようと思う。それでいいか?」
「半年ですか」
「予定では俺とグラートとルーベンが行くことになる。他の三人は今は王都から離れたくないそうだ」
「なるほど。分かりました」
 ラルフ様との約束。僕がお願いしたのは、王家直轄の迷宮の観光に行きたいってことだ。発掘調査が行われている場所には入れないけど、調査が終わって安全が確認された場所は一般人でも見学することができると聞いた。
 ラルフ様はまだ厳しい顔をしているけど、ちゃんと約束を守ってくれたことが嬉しかった。

「ラルフ様、帰りに図書館に寄っていいですか?」
「また冒険の本を借りるのか?」
 なんで分かったの? でも予習は必要でしょ?
 僕はその日、借りた本を片手にラルフ様の手をブンブン振り回しながら帰った。

「やっぱり迷宮って、お宝がザックザック出てくるんですか? 罠とかあるんですか?」
「そんなものはない。古代の建造物は歴史的価値が高いと言われているから、それが宝といえば宝だが、マティアスが想像しているような金貨や宝石なんかは出てこないと思うぞ」
 それでもいい。ああ、迷宮楽しみだな。


 
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