僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
100 / 263
二章

99.馬

しおりを挟む
 
 
 やっぱり加減は必要だった。
 酷い腰痛の僕はラルフ様に抱えられて庭に出て、ベンチでのんびりとお茶を飲んでいる。近くではシルがニコラとアマデオに遊んでもらっている。
 二人はすっかり仲良しに戻ったみたいだ。

 高い塀に囲まれているこの場所は、ラルフ様が作った僕たちの安全が約束されている場所。
 実家を囲む木の柵と比べるととても安全に思える。子どもを安全に遊ばせることができるのは何より大事なんだと思った。
 僕はもしかしたら、子どもの頃にかなり親に心配をかけていたのかもしれない。勝手に抜け出して一人で川に行ったり牧場に行ったり、山にも行った気がする。

「ラルフ様、ありがとうございます」
「なんのことだ?」
「安全な家にしてくれて」
「当然だ。マティアスは危なっかしいからな」
 え? 僕のせい? シルを安全に育てるためじゃなくて、僕が危なっかしいからこんな厚くて高い塀を建てたの?
 僕はそんなに危なっかしくないと思うんだけど……

 衝撃的な内容を聞いてしまったけど、こうして家族みんなでのんびりと過ごせることがとても幸せだ。
 帰りに領地で色んなチーズを買ってきたから、チェルソがさっそくチーズが入ったケーキを作ってくれた。
「ラルフ様も食べてみてください。美味しいですよ」
 ラルフ様に一口大にしたケーキをフォークで差し出すと、パクッと食べてくれた。
「美味しい」
「でしょう?」

 僕はラルフ様に乗馬を練習したいと相談した。ラルフ様もそれには賛成してくれて、リズに教えてもらうことも了承してくれた。
 初めは馬に慣れるところからだ。馬の世話を手伝って、敷き藁を交換したりブラッシングしたり結構体力がいる。

「ぼくもうまのせわしたい」
 僕が馬の世話を始めたら、シルもやりたいと言って馬の世話に加わった。
 敷き藁を集めるのにはフォークを大きくしたような農機具を使う。大人用のものをシルが持てるわけもなく、バルドにシル用の小さいフォークを作ってもらって、それで一生懸命に草を集めている。
 ブラッシングはちょっと無理かな。

 そんな感じで馬の世話をしつつ、馬に慣れていくと、いよいよ馬に鞍をつけて乗ってみることになった。
 シルはリズに一緒に乗せてもらって楽しそうだ。
 踏み台を用意してもらい、よいしょっと乗るとあまりの高さに怖くなった。勝手に走り出したりしないよう、リズがしっかり手綱を持って引いてくれているから、僕は今日はただ乗っているだけ。
 ゆっくり歩いて回って、それだけで慣れない動きに疲れてしまった。お尻にも腰にも足にもくる……
 何度かそんなことを繰り返していると、シルが一人で乗りたいと言い出した。

「シル、鎧に足が届かないと危ないから、もう少し大きくなってからにしよ?」
「ママだけずるい」
 そう言われても、危ないことはさせられないし……
「あしたならいい? そのつぎは? どれくらいおおきくなればいいの?」
 毎日そんな質問をされて、リズと一緒にどうしたものかと考えあぐねていると、ラルフ様が小さい馬を買ってきた。シルと身長がそう変わらないくらい小さいのに、これで大人なんだとか。顔を上げても僕より小さい。
 こんな小さな馬がいるなんて知らなかった。

「シル、この馬は小さい種類なんだ。だからシルが大きくなったら乗れない。その時はペットとして大切に育てるんだぞ」
「うん。ラル、ありがとう!」
 鞍もちゃんと特注で作ってくれていたようで、背中にはシル用の小さい鞍が取り付けられている。でもシルは背中には乗らず、小さい馬の首にギュッと抱きついた。
「かわいい!」
 こんな小さい馬なら僕も乗れそうな気がするけど、大人の僕が乗ったら馬が可哀想だ。

「ぼくはシルヴィオ。うまさんはなまえあるの?」
「その馬はまだ名前がない。シルが名前をつけるといい」
 ラルフ様に言われて、シルはしばらく考えてか「パン!」と大きな声で言った。
「パン?」
「パンのいろだから」
 パンの色……確かに薄茶色でパンの色だけど、シルが決めたんだからいいか。
 パンは大人しい馬で、僕たち大人が近づくと逃げようとするのに、シルが近づくと寄っていく。パンもシルのことが好きみたいだ。

 数日するとシルはパンに乗って庭を駆け回るようになった。僕はまだリズに手綱を引いてもらってゆっくり歩くことしかできないのに……
 しかも平らで土が慣らしてある小さな馬場ではなく草木が植えてある庭を駆け回っている。
 器用に荒らさないように駆け回っているところがすごい。それと僕には気になることがある。

「ラルフ様、パンって特殊な馬ですか? うちの庭って罠が仕掛けられていますよね?」
「そうだな」
 パンはそれを避けながら駆けているのか、それともあの罠は馬は引っかからないのか?
「それでマティアスは馬の練習はもういいのか?」
 う、痛いところを突かれた。相乗りさせてもらった時は大丈夫だったんだけど、一人で乗るのは難しい。もう続けるのは難しいかなって思ってたんだ。

「僕は……諦めます。どうしても乗る必要がある時はリズに相乗りさせてもらいます」
「なぜ俺でなくリズなんだ?」
「馬で逃げることになる時は、きっとラルフ様は戦っている時ですから」
「大丈夫だ。俺はマティアス一人くらい守りながら戦える」
「シルを一人にする気ですか?」
 ラルフ様は一人でも大丈夫だけど、シルは一人にできない。
「む……シル、早く成長してくれ」
「シルはゆっくり大人になればいいんです。子どもの時間は貴重ですからね」
「そうか。そうだな」
 半分納得したような、そうでないような複雑な顔をしながらラルフ様は頷いた。

 その場になったら、ラルフ様一人に戦わせて僕だけ逃げるなんてきっとできないと思うけど……
 あ、でも乗馬ができれば援軍を呼びに行けるのか、それならもう少し頑張ってみようかな。

 しかしそんな決意も虚しく数日後、僕は落馬しそうになってラルフ様から乗馬を禁止された。

 

⚫︎作者体調不良により明日の更新はお休みいたしますm(__)m
 
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。 ※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

処理中です...