僕の過保護な旦那様

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二章

88.ラルフ様の嫌なところ(※)

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 ニコラ家出事件が片付く頃になると、もうすっかり社交シーズンに入っていた。
 僕を指名して花を注文してくる貴族は、去年より減った気がする。やっぱり一時的なブームで、そんなに長くは続かないってことだ。

「ラルフ様、怒らないで聞いてください。セルヴァ伯爵からお花の注文が入ったので、明日届けに行ってきます。伯爵は在宅か分かりませんので、会うかも分かりません。会ったとしても何もありませんから心配しないで下さい」
「そうか」
 あれ? 意外と薄い反応だった。もっと「マティアスが行く必要があるのか?」とか「俺も行く」とか言われるのかと思った。

「嫉妬しなくなったんですね」
「マティアスに愛想尽かされたくないからな」
「嫉妬したくらいでラルフ様に愛想尽かしたりしませんよ」
「出ていかれたくない」
 それってニコラが家出したことと関係あるんだろうか? 僕は家出しようとは思わない。だってラルフ様は僕の話をちゃんと聞いてくれるし、納得いかない時は二人で話し合って解決できるから。

「僕も出ていかれたくありません」
「俺は出ていかない」
「ラルフ様、一度家出してますよね?」
「いつだ?」
 え? 覚えてないの? あれは家出にカウントされないんだろうか? 連絡も無しに十日も帰ってこなかったくせに?

「エドワード王子からもらった媚薬のキャンドルを焚いた日です」
「む……」
「思い出しましたか? 帰らないとも家を開けるとも連絡がないまま十日も家を空けていたんですよ? あの時、僕が騎士団に行かなかったらどうするつもりだったんですか?」
「もう逃げない。やり過ぎてマティアスに嫌われるのが怖かった」
 あの頃は僕もラルフ様のことが分かってなくて、そんなに好きでいてくれたことも知らなかった。

「マティアスは俺のことを信じて待っていてくれたんだな。それなのに俺は逃げていた。情けない」
 信じて待っていたというか、当時の僕はまだ騎士の仕事もしっかり把握してなくて、夜勤とか遠征とかに行ったのかなって気軽に考えていた気がする。なんか僕って酷い男じゃない?

「ラルフ様、大好きです。僕は家出しませんからラルフ様もしないで下さい。嫌なことや悩むこと、迷うこと何でも二人で話し合って解決しましょう。逃げても何も解決しません」
「そうだな。マティアス、俺の嫌なところを言ってくれ」
 え? 今言うの? ラルフ様の嫌なところなんて別にないんだけど。

 僕が考え込んでいると、ラルフ様はショックを受けたように「そんなにあるのか……」と呟いていた。
「違います。特にないです」
「マティアス、嘘はいけない」
「思い浮かびません」
「大丈夫だ。俺は何を聞いてもちゃんと受け入れて、改善できるよう努力する。さあ遠慮せず言ってくれ」
「ないんですけど」
 本当に無いんだ。何かの拍子に思いつくかもしれないけど、今は考えても出てこない。

「なぜ言ってくれないんだ。俺では解決できないと思っているのか? 俺はマティアスの意見を聞かない男だと思っているのか?」
 そんなこと思ってないよ。
「だから無いんです。ラルフ様こそ僕の嫌なところないんですか?」
「ない」
 そうなんだ。そんな被せ気味に「ない」って言うくらい何もないんだ。本当?

「俺は未熟なところばかりだ。お願いだから言ってくれ」
「無いのに、あると決めつけて言わせたがる今です」
 僕がそう言うと、ラルフ様は黙ってしまった。

「本当に無いんです。僕はラルフ様の全部が大好きです」
「マティアス……」
 そんな泣きそうな顔しないで。僕はラルフ様の頬を両手で挟むと、唇にそっと触れるだけのキスをした。
 でもラルフ様はそんなんじゃ足りなかったみたいで、僕のうなじに手を回すと顔を引き寄せて深いキスをしてきた。

「ん……はぁ……」
 ラルフ様の温度と僕の温度が舌の上で溶け合うこの瞬間がたまらなく好きだ。
 それなのにラルフ様はキスをやめてしまった。

「こんな風に止められなくなっても、俺のこと好きか?」
「大好きです。嫌だなんて思ったことありません。気持ちよくて好き。もっとして?」
「マティアス……」
 僕いつの間に脱いだんだっけ? たぶんまたラルフ様の早業で脱がされて、僕はラルフ様の下で裸になっていた。

「ああっ……あ、だめ……」
「マティアス、俺はたまに加減を忘れてマティアスを求めてしまうのに、嫌わないでいてくれるのか?」
「うん、好き。ラルフ様、好き。もっときて」

「マティアス、声が枯れている。こんなにされても俺のこと嫌わないでいてくれるのか?」
 僕の口にトロリと蜂蜜を垂らしながらそんなことを聞いてきた。
「ラルフ様、しつこいですよ!」
「あ、すまん」
 僕が急に怒ったから、ラルフ様が動揺して鎖骨にトロリと蜂蜜が垂れてしまった。

「あっ……」
「マティアスが甘い」
 拭いてくれるのかと思ったら、ラルフ様は僕の鎖骨に舌を這わせてそれを舐めたんだ。
 何これ、めちゃくちゃ恥ずかしい。首にも鎖骨にもキスされたことは数えきれないほどあるけど、舌を這わせてヌルヌルと舐められたのは初めてだった。

「マティアス、俺はマティアスの前だとおかしくなる。そのうちマティアスを食べてしまうかもしれない」
「え!? それはやめて下さい」
 そんなことあり得ないけどね。僕が虫に刺されただけでを倒しに夜中に出て行こうとするくらいだ。僕が痛い思いをすることなんて、ラルフ様がするわけない。

 ラルフ様の唇に蜂蜜を塗って僕が舐めたり、ラルフ様は僕が舐めた蜂蜜を舌で奪い取っていったり、イチャイチャとただただ甘いだけの時間を過ごした。


 そして翌日、僕は寝不足で眠くてぼーっとしていた。
「マティアス殿、お疲れですか?」
 注文いただいた花を届けに行った先でお茶をご馳走になっていると、セルヴァ伯爵に尋ねられて、他の人から見ても分かるくらい寝不足なのだと反省した。
 加減……僕も学ばなきゃ。

 
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