僕の過保護な旦那様

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二章

79.領主と海鮮

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 海に向かう途中で、魚のフライを挟んだサンドイッチが売っていたので、それを買って海に向かった。

「タープを張るからシルを見ていてくれ」
「僕も一緒にやります」
「ダメだ。その間シルは誰が見る」
「分かりました」
 僕がラルフ様を手伝ったらシルを見る人がいない。その間に海に入って波に攫われたら大変だ。

 僕はシルを連れて砂浜で貝殻を拾うことにした。海に入るのはラルフ様と一緒の時でないと、僕一人で見るのは怖い。
「これきれいだからみんなにあげたい」
「みんな?」
「あかいやねのおうちのこ」
「そうだね。じゃあたくさん拾ってお土産にしよう」

 貝殻も色々な形があって、シルが「こんなのあった」と色々な貝殻を見つけて僕に見せてくれた。僕はこの白いのが好きだな。
 タープを張り終わって下に布を敷くと、ラルフ様がやってきた。
 ラルフ様は気にしないのかもしれないけど、私兵の何人かがずっといるのが気になる。監視されているみたいで落ち着かないんだけど……

「ラルフ様、少しタープの下で休んでいていいですか?」
「疲れたか? 大丈夫か? 水もクッションも持ってきている。もし辛いようなら呼んでくれ。宿に戻ろう」
 多少精神的な疲れはあるけど、辛いってわけじゃない。僕は大丈夫だと言って、タープに向かった。

 ラルフ様とシルが海に入って遊んでいるのを眺めながら、困った様子でラルフ様を見ている私兵に話しかけた。
「お疲れ様です。海で遊ぶという約束は夫が昨日息子としたものです。他意はありません」
「そうですか」
「ここでお待ちいただいても、夫は日が暮れるまで息子の遊びに付き合うと思いますよ。夕方であればお話を伺えると思います」
「分かりました。ありがとうございます。そう主人に伝えます」
 私兵はやっと撤退してくれた。これで心置きなくシルと遊べそうだ。

 シルから預かった砂だらけの貝殻を海水で洗って、タープの下に敷いた布の上に並べて乾かすと、僕もシルの元に向かった。

「さすがマティアスだな。小蝿どもを追い払ったか」
「小蝿なんて失礼ですよ。彼らもお仕事なんですから」
 ラルフ様も私兵たちのことを見ていたらしい。

「また夕方に来るかもしれません」
「そうか」
 きっとラルフ様は面倒だと思っているんだろう。僕たちを置いて勝手に戦いに行くからこんなことになるんですよ。

 お昼になると、買っておいた魚のフライを挟んだサンドイッチを食べた。
 魚をサンドイッチにするなんて考えたこともない。塩漬けの魚は煮込み料理に、干した魚はスープに、川の魚はムニエルや塩焼きで食べていたから、こんな食べ方があるなんて知らなかった。
「ラルフ様、美味しいですね」
「そうだな」

 午後になるとお昼寝タイムだ。今日は私兵が潜んでいると嫌なのでキスもお預けだ。
 午前中は遊んで、お昼に美味しいものを食べ、波の音を聞きながらお昼寝をして……
 贅沢な時間の過ごし方だ。

 午後にも海に入ったり、砂で山を作ったり、小さいカニを追いかけて遊んだりした。
 そして海に沈む夕日を見た。
「また海に来たいですね。今度はみんなで」
「そうだな。また来よう」
「またうみきたい!」
 シルも海が気に入ったようだ。

 日暮れを迎え辺りが暗くなったので街に向かおうとタープを片付けていると、街に続く道に松明の火が見えた。
 なんでこんなところで松明なんて……
 虫除けだろうか?
 実は夕方までいられたのは、タープで寛いでいるときに、虫除けのハーブを焚いておいたんだ。だからラルフ様は虫と戦わずに済んだ。全部を防げるわけじゃないけど、ハーブの匂いが敷いていた布やタープについて、思ったより効果が長続きした。

「シュテルター殿!」
 松明を持った人たちは私兵の皆さんだった。それと貴族らしき人。暗くてよく顔が見えないが、この人がここの領主だろうか? ラルフ様は警戒して僕を背に隠しシルを抱っこした。

「マティアス殿、お久しぶりです」
 ん? 僕を知ってる人? 花を注文してくれた貴族だろうか? 近づいてみると、よく花の苗を買ってくれるセルヴァ伯爵だった。
「セルヴァ伯爵、お久しぶりです」
 ここはセルヴァ伯爵の領地だったのか。

「是非とも皆さんを屋敷にお招きしたかったのですが、お忙しそうでしたので押しかけてしまいました。魚介もシェフも用意していますので、海の音を聞きながら月でも眺めて食事でもどうですか? と言っても、海鮮の網焼きですが」
「マティアスの知り合いであれば誘いを受けよう」
 ラルフ様もやっと警戒を解いてくれた。

「うちの者たちが失礼を働いたようで申し訳なかった。改めてシュテルター殿にはお礼を言いたかったのです。海賊どもには長年悩まされておりまして、本当に助かりました。ありがとうございました」
 夜中にラルフ様が押しかけたことも気にしていないようでよかった。

 砂浜に松明が何本も僕たちを囲むように立てられ、テーブルなどが並べられた。シルはたくさんの人に囲まれて、初めは緊張しているようだったけど、ずっとラルフ様が抱っこしていたのもあって、話しかけられるとちゃんと答えていた。
 うちの子の成長に僕はちょっと泣きそうです。うちの子偉い。

「魚は好きかい?」
「うん。おさかなすき!」
「そうか、いい子だ。こっちの魚も美味しいよ。エビも食べるかい?」
「うん。ありがとう」
 伯爵にはシルと同じくらいの年齢のお孫さんがいるとかで、シルにも優しく接してくれた。
 自分より下の者は呼びつけて当然と思っているような貴族じゃなくてよかった。

 美味しい魚介をお腹いっぱい食べて、旬の魚介の話や名産品の話をすると、伯爵は宿まで送ってくれた。
「また社交シーズンに王都で会いましょう」
「はい、また王都でお会いしましょう」
 僕は社交会には行かないけど、苗などを配達する時に会うこともあるだろう。

「シュテルター殿、その時までにお礼の品を用意しておきます」
「そのような気遣いは要らない。礼は十分に受け取った」
 疲れて眠ってしまったシルを抱っこしたまま、ラルフ様は伯爵の申し出をお断りしていた。僕もそう思う。魚介の網焼きはとっても美味しかったし、シルも喜んでいたからそれで十分だ。


「マティアス、あの男とはどういう関係だ?」
「はい? セルヴァ伯爵のことですか?」
「そうだ」
 なんだか不機嫌な様子で、一体ラルフ様はどうしてしまったのか。魚介じゃないものを食べたかったんだろうか?

「花屋のお客様ですね。花の苗を注文いただいて、何度か屋敷に配達しました」
「それだけか?」
「そうですよ」
 それ以上、何の関わりがあるというのか……

「また会うのか?」
「花を届けた時にご在宅なら会うこともあると思います。ラルフ様、もしかして嫉妬ですか?」
「そうだ」
 やっぱりそうか。だから申し出を断ったんだろうか?
「花屋と客の関係です。僕はラルフ様以外に惹かれたりしません」
「分かっている」
 そう言うけど、分かってないよね? だって険しい顔のままだし、拳をグッと握りしめてる。

「僕が愛してるのはラルフ様だけです。キスして? ラルフ様とキスしたい。僕はラルフ様としかキスしない」
「マティアス……愛している」
 シルがぐっすり眠っているのをいいことに、僕たちは唇が腫れ上がるほど、何度も何度も数え切れないくらいキスをした。

 
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