僕の過保護な旦那様

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二章

70.忘れられた人(※)

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 ラルフ様とアマデオの抜糸も終わって、二人は騎士団の仕事に戻った。
 今は騎士たちの訓練を見守ってアドバイスをするという、体をそれほど動かさなくてもできる仕事をしているらしい。

「しゅうごー! せいれーつ!」
 ん?
 シルは騎士団の訓練を見学に行って、また変なことを覚えてきたらしい。
 隊長の真似をしているのか、リーブやチェルソを前に掛け声をかけて、整列や集合をさせていた。
 やっぱり指示を出す人に憧れるのか。

「てはね、こうするの」
 小さな隊長さんは、手の位置にまでこだわるようだ。細かいところまでよく見てるな。
 危険はなさそうだからいいか。

 コツコツコツ、コツコツコツ

 たまにお茶をしている時など、何かを叩くような音が聞こえる。バルドが花壇の柵か何かを作っているのかもしれない。
 石畳の手入れをしたりってこともあるかな?

「あれ? バルドじゃない?」
「マティアス様、どうかされましたか?」
 何をしているんだろうと思って庭に出てみたら、バルドは休憩をしていた。コツコツコツとまだ音が鳴っている。
 チェルソかな。肉でも捌いているのかもしれない。と思ったのに、裏の畑の方からチェルソがこっちに歩いてくるのが見えた。
 チェルソでもないの?

「なんか音がするんだよね。でも僕の気のせいかも」
 チェルソを見つけた辺りから音はしなくなった。それからも度々どこからともなく音が聞こえてきて、不思議だった。


「マティアス、怪我はもう大丈夫だ」
「はい。治ってよかったです」
 傷は塞がっているけど、傷跡は残ってしまうんだろうな……
 そう思いながら、ラルフ様の左肩にそっと触れた。

「抱いてもいいか?」
「いいですよ」
「キスしていいか?」
「いいですよ」
 そんなこと聞かなくてもいいのに。
 ラルフ様はまた僕の唇を啄むようにハムっとしたり、チュッと吸ったりを繰り返している。

「あっ……」
「痛かったか?」
「大丈夫です」

「ん……」
「大丈夫か?」
「はい」

 ラルフ様、もしかしてまた力加減を忘れてしまいましたか?
 そっと触れて、僕の反応を見てちょっと迷っている。そんな触れるか触れないか分からないような刺激では足りないって分かってるくせに。またそうやって僕を焦らす……

「ラルフ様、もしかして力加減を忘れましたか?」
「抑えられない気持ちだけが先走って、酷くしてしまいそうで怖い」
 力加減ではないのか。僕のことをそんなに求めてくれるなら嬉しいんだけど、ちょっとだけ加減はしてほしい気もする。だけど、久しぶりだから、たくさん愛してほしいって気持ちもある。

「ラルフ様、いいよ。僕はラルフ様を受け止められる」
「マティアス……愛している」

 言ったけど、受け止められるって言ったのは僕だけど……
 僕はたぶん何度も限界を迎えた。
 意識が何度も飛んで、快楽と自分の体の震えで意識が浮上する。そしていつの間にか意識が飛んでいて、気がつくと快楽と腰の痛みで起きる。そんなことを繰り返した。
 ラルフ様はずっと僕を抱きしめて離さなくて、「愛してる」「ずっと一緒だ」って言っていた。

 朝起きると、ラルフ様が抱っこしてくれたんだけど、なぜかシーツで巻かれて目を逸らされた。
「おはようございます。どうかしましたか?」
「マティアス、ごめん」
「僕が受け止めると言ったんですから、謝らなくていいですよ」
 僕の腰が終わっているから、ラルフ様はやりすぎたと思って反省してるんだろう。それでシーツで巻かれているのはなぜなんだろう?
 そんなことを考えていると、またどこからともなくコツコツコツと音が聞こえてきた。

 こんな朝早くからなんだ? バルドでもチェルソでもなかったし、キツツキが屋根裏に巣でも作ってしまったんだろうか?
 うーん、キツツキが穴を開けたせいで雨漏りでもしたら嫌だし、リーブに言って調べてもらおう。

「ママなにしてるの? ぼくもシーツでぐるぐるしたい」
 シルに問われても、僕も分からない。なぜシーツで巻かれているのか。
「なんだろうね? 僕は動けないから、シーツぐるぐるはラルフ様かメアリーにお願いしようか」
「そうするー!」
 シルはバタバタと走って行ってしまった。

「ラルフ様、僕はなぜシーツで巻かれているんですか?」
「その方がいいからだ」
 シーツで巻かれている方がいい理由ってなんなの? 勝手に動かない方が腰の治りが早いとか? それならシーツでなくコルセットの方がいいと思う。
 ラルフ様が朝食を食べさせてくれたけど、手も動かせないし、すごく不便だ。
 その不便なまま、ラルフ様はお仕事に行ってしまった。困るんだけど……

 しばらくするとシーツに巻かれたシルをニコラが抱えてきて、「もしかして」と小さい声で言った。
 そんなニコラも今日はお休みで、なぜか家の中なのにマフラーを巻いている。
「ニコラどうしたの? 寒い?」
「もしかしてキスマークですか?」
「え!?」
 ラルフ様の朝の「ごめん」はもしかして……
 ニコラがマフラーをちょっとずらして、首にたくさん付けれられたキスマークを見せてくれた。二人はなかなか激しい夜を過ごしたようで……
 でもニコラは腰を痛めても崩れ落ちるほどではない。今もシルを抱っこしてきたし。アマデオがちゃんと加減をしているのか、実はニコラも強いのか。

 卓上で使える鏡を持ってきてもらい、シーツを取ってもらうと、首だけでなく袖を捲ったら腕に、ズボンの裾を捲ったら足にも赤い跡がついていた。加減ー!
 シルが僕の姿を見て、「いたい?」ととても心配してくれた。ちょっといたたまれない気持ちだ。

 そしてまたコツコツコツと音が聞こえた。
「この音、キツツキでも住み着いたみたいだね」
「そうなんですね。度々聞こえてくるので気になってたんですよ。キツツキか」
 ニコラも気になってたんだ。僕だけじゃなかった。

「グラートおなかすいたのかな?」
 シルがポツリと言った。

「ん? グラート?」
「おなかすいたときと、さみしいときコンコンしてねっていったの」

 もしかして、ラルフ様とアマデオの帰還パーティーの時からずっと地下に閉じ込められたまま?
 ニコラに支えてもらいながら三人で地下に行ってみると、例の部屋からコツコツコツと壁を叩くような音が鳴っていた。グラートだったのか。

「グラートだよね?」
「そうです……シルしか来ないし、みんなに忘れられて、このまま一人で死んでいくのかと……うぅ……反省してます。助けてください……」
 グラートはとうとう泣き出してしまった。

「ラルフ様が帰ったら話してあげるから、それまで待ってて。食事は持ってくるから」
 きっとシルが持ってくるものは、クッキーとか小さいパン一つとかだろう。薄暗いところに閉じ込められて、食事もろくに与えられていないとか可哀想すぎる。
「ありがとうございますぅ……うぅ。マティアス様は俺の命の恩人だ」
「大袈裟ですよ」
 ごめん、僕もすっかりグラートの存在を忘れてたよ……命の恩人というなら僕じゃなくてシルだと思う。

 ラルフ様が帰ってくるとさっそく話すことにした。
 一瞬ラルフ様が身構えたのは、僕にキスマークをつけすぎたことを咎められると思ったんだろう。
 グラートの話をすると、「忘れていた」と言って鍵の束を持って地下に向かった。
 やっぱりラルフ様も忘れてたんだ……

 
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