65 / 201
二章
64.取り戻した日常
しおりを挟む今日から僕は花屋の仕事に復帰だ。
タルクの実家であるコレッティ男爵家から、花屋にお詫びの品として領地で作られているワインが人数分届いていた。
「マティアスくん、早速だけど配達お願いね」
「いってきます」
コレッティ男爵夫人の醜態として、貴族界隈では話題になったらしく、興味本位で僕のことを呼び出す貴族が増えてしまった。エドワード王子まで出てきたため、ことが大きくなってしまったようだ。
いつも苗や種を買ってくれている貴族だけでなく、今まで関わったことのない家からも、鉢植えや花束などを届けてほしいと依頼が入っている。
僕は正直面倒だと思っているけど、マチルダさんはとっても嬉しそうだ。
お得意さんに少し話しただけでなく、数日の間にこんなに広めたのはマチルダさんなんじゃないかと僕は疑っている。きっとマチルダさんを敵に回したら恐ろしいことになるだろう……
全く元通りとはいかなかったけど、タルクも仕事を続けられることになったし、穏やかな日常が戻ってきた。
「シル、どうしたの? 緑の好きでしょ?」
シルがおやつに添えたキウイのドライフルーツを眺めているんだけど、手をつけずに考え込んでいる。
「みんなにもあげたい」
「みんな?」
「あかいやねの、おうちにいるこ」
「じゃあ明日、みんなの分も持って遊びに行こうか」
「うん!」
美味しいものをみんなと分けたいなんて、うちの子は優しい。
これはラルフ様に報告しなきゃ。
翌日、お休みだったニコラと、ちょうど手が空いていたバルドを連れて赤い屋根の教会に行った。
外は寒いから、暖炉を焚いた暖かい部屋に子どもたちが集まっている。床に敷いた絨毯は、うちが寄付したものだ。倉庫に埋もれていたものだけど、こうして活用してもらえるならありがたい。
子どもたちは玩具を絨毯の上に広げていて、みんな絨毯の上に座っている。小さいと椅子に座っても床に足が届かないし、子どもたちは自由に動き回れる床の方が好きみたいだ。
シルは自ら、子どもたちにドライフルーツを配って、「これはあまい」「こっちはすっぱい」とか説明していた。
今日はお葬式があって神父さんたちが忙しそうだったから、僕たちは子どもを見守りながら、暖炉の前に椅子を並べて火の番をしていた。
パチパチと燃える暖炉の火を眺めながら、三人で話をする。
「シルヴィオ様は優しいですね」
「だよね! うちの子は優しいんだ」
「マティアスさんは嬉しそうですね」
あ、しまった。シルが褒められたから思わず……
二人に温かい目で見られて恥ずかしい。
三人の共通の話題はやっぱり花のことで、春になったら今年はどんな花を植えるとか、最近入ってきた新しい花のこととか、そんな話題は尽きなかった。
「ところで、お二人に相談なんですけど……アマデオにプレゼントをしようと思っていて、どんなものがいいですかね?」
ニコラがちょっと恥ずかしそうにそんなことを聞いてきた。
プレゼントか。
僕がラルフ様にあげたのって、ハンカチ、お守り、正装の時のタイ、タイピン、いい香りの石鹸、それくらいだ。あとは食べ物やお酒かな。
石鹸をあげた時は、ラルフ様が包みを開いた瞬間にショックを受けた顔をして固まっていたっけ。「俺は臭いか?」なんて言って。そんな意味じゃなくて、ただいい香りの石鹸だったからどうかなって思っただけだったのに、僕はラルフ様の傷口を抉ってしまうという失態を……
だから石鹸はお勧めしません。
「ハンカチとか、お守りは? ありきたりすぎるか……」
アマデオは花なんてもらっても嬉しいか分からないし、貴族じゃないから宝飾品もいらないだろう。他には消耗品の防具とか、服とか、そんなものしか浮かばない。
他に何かあるかとバルドに視線を送ると、少しだけ考えて口を開いた。
「ニコラさんでいいのでは? アマデオ殿ならそれが一番喜びそうです」
「え? 俺?」
「そうそう」
バルドがニコラに何か耳打ちすると、ニコラは湯気が出そうなくらい真っ赤になって俯いてしまった。バルド、何を言ったの?
気になるんだけど。僕だけ除け者にしないでよ。
「バルド、ニコラに何言ったの?」
バルドは僕にも耳打ちでこっそり教えてくれた。
『自分で後ろを準備して、上に乗って動いてあげればいいんじゃないですか? と言いました』
「なっ!」
僕は叫びそうになって慌てて口に手を当てた。
耳打ちでよかった。こんなの子どもには聞かせられない。バルドもその辺はちゃんと弁えているみたいだ。
それにしても……
自分で準備か。もしかして僕、ラルフ様に任せすぎてる? 口でしたことはあったけど、それくらいしかない。
上に乗って僕が動く……
有りかもしれない。
って、教会の子どもたちの前で僕はなんて淫らなことを考えているんだ……
子どもたちに聞こえないように配慮したのはいいけど、時と場所も考えてほしかった。
バルドたちはオープンすぎるんだよ。だってそれ、絶対ロッドがやってくれて嬉しかったことでしょ?
ロッドって尽くすタイプなのかな? いつもグラートの面倒も見ているし。
「ニコラ、バルドの案はそれはそれで、プレゼントはアマデオのことを思って選んだものだったらなんでも喜んでくれると思うよ」
「そ、そ、そう、ですよね」
バルドがあんなこと言うから、ニコラはまだ動揺したままだ。
「ママ、ニコラもバルドもこれあげる」
優しいシルは僕たちにもお気に入りのドライフルーツをくれるみたいだ。
「シルありがとう」
小さな手で渡してくれたのは、葡萄とオレンジだった。オレンジは紅茶に浮かべても美味しそうだ。
ニコラはシルがくれたドライフルーツを食べて、ようやく落ち着きを取り戻した。シルは精神を落ち着ける才能もあるのかもしれない。うちの子は天才だ。
480
お気に入りに追加
1,294
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました
新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
(完結)嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる