51 / 201
二章
50.ふざけた男
しおりを挟む「ラルフ様、来てくれてありがとうございます」
「大丈夫か?」
「はい。あの人が意味不明なことを言ってきて……」
「もう大丈夫だ」
ラルフ様は僕を背に隠してくれた。タルクもラルフ様に下がるよう言われて後ろにいる。
「俺の夫に何の用だ」
ラルフ様がめちゃくちゃ怒っている。
クロッシー隊長に殺気を浴びせていた時とは比べ物にならないくらい……
これは完全に敵に向けるものだと思った。
「き、君がマティアスの夫か? それなら話が早い。あなたと子どもが一生遊んで暮らせる額の金を出すから、マティアスと離婚してくれ」
「何を言っている?」
ほんと、何を言っている? さすがのラルフ様も驚いているらしい。
「マティアスを国に連れて帰りたいんだ。彼も満更ではないようだし」
はい? そんなこと一言も言ってない。
「マティアス、それは本当か? 俺よりこの男を選ぶのか?」
驚愕の表情でラルフ様は僕を見た。ラルフ様なに真に受けてるの? 僕のこと信じてないの? 僕がそんな簡単に名前も知らない男に靡くと思ってるの?
「ラルフ様、僕のことなんだと思ってるんですか? 僕よりこんなどこの誰かも知らない男のことを信じるんですか?」
「そんなことはない。もし万が一と……」
万が一にも無い。何で分からないかな? 愛してるって伝わってないの?
「僕がラルフ様とシルを置いて、こんな頭のおかしい男のところに行くと思ってるんですか?
あなたも、休みの日に僕を呼び出して店の営業妨害をして、ちょっとくらいお金があるからって見下すのもいい加減にしてください。迷惑です。
僕には愛する夫と子どもがいるので、金を積まれても、何をされても絶対にあなたとなんて一緒になりません!
お帰り下さい」
唖然として立ち尽くす男。
「ラルフ様、帰りますよ。タルクもありがとう。じゃあまたね」
「はい。お気をつけて!」
僕はラルフ様の手を握って家に向かった。近くにいた街を巡回している騎士に、花屋に迷惑行為をする客がいることもちゃんと伝えた。
「僕があんな男に靡くと思うなんて、ラルフ様はどうかしてます」
「ごめん。そんなつもりではなかったんだ。俺はマティアスが幸せなのが一番嬉しいから、もしマティアスが望むならと……」
「バカ! ラルフのバカ! 僕の幸せはラルフとシルがいないと成り立たない!」
なんで分かんないの?
「ごめん。マティアス……」
人がいるのに、外なのに、ラルフ様は僕をギュッと抱きしめた。
「明日は休む。明後日も」
急に何の話?
「そうですか。ゆっくり休んでください」
「ずっとマティアスの側にいる」
「分かりました」
この時の僕は、ずっと側にいると言ったラルフ様の言葉を甘く見ていたんだ。
夕方になると、エドワード王子が訪ねてきた。僕は部屋にいるよう言われたんだけど、王族が来ているのに挨拶しないのはダメだと説得して、ラルフ様の腕の中にいるという条件で一緒に迎えることになった。
「な……家まで来るなんてしつこいですね」
エドワード王子の隣に立つのは件の男。
「マティ、ラルフ、ごめーん」
「私はフェンスタ王国から使者としてこの国を訪れている父の付き添いで来ました、ランバートと申します。謝罪に参りました。その、悪ふざけが過ぎました。エディーの悪戯に乗ってご迷惑をお掛けしました。申し訳ない」
は? 悪戯? エドワード王子の? まさか何処かから僕とラルフ様の反応を見て楽しんでいたんだろうか?
「ラルフ様、王家に反旗を翻しましょう!」
「そうだな。よし、とりあえずエドワードの首を刈り取って王城に投げつけてくる!」
「それがいいと思います。これ、使いますか?」
僕は袖の内側に隠していた小型ナイフを取り出した。
「待って、待って、ごめん。本当にごめん。マティ、謝るから。ラルフも謝るから、ごめんなさい!
ほら、ランバートも頭下げて!」
「す、すみませんでした」
エドワード王子とランバートという人は仲良く揃って頭を下げた。
「どうしますか?」
「マティアスが望むならエドワードの息の根を止めてもいいぞ」
「ごめん。本当にごめん。もうしないから。この通り、許してください」
ラルフ様はナイフを持ったまま、いつでも戦闘に入れると僕を見た。きっと僕が合図すれば、ラルフ様は本当に一瞬で息の根を止めるんだろう。
「王家に抗議文は送りましょう。シルとの時間を邪魔されて、営業妨害もされましたし」
本当に、こいつはふざけたことしかしない男だ。
関係ない人まで巻き込んで。殺すまではいかなくても、ボコボコにして塀に逆さに吊るしておきたいくらいには腹がたった。
エドワード王子は、ラルフ様が本気だと思ったのか、床に平伏してしまった。
え? エドワード王子って王族だよね? もしかしてそこから間違ってる? こんなに簡単に僕たちに平伏していいの?
やっと冷静になった僕は、ラルフ様からナイフを受け取って袖にしまった。
ランバートと名乗る男は、エドワード王子が昔、フェンスタ王国に留学した時に仲良くしていた人らしい。
今はフェンスタ王国で外交の仕事をしている父親に付き添って勉強しているのだとか。
ちなみに買って行ったコスモスの花束は、エドワード王子の奥方様に渡っていたらしい。
どうでもいいけど、僕は疲れた。もう帰ってくれ。
色々説明されたけど、全部どうでもよかった。説明されたとしても、揶揄って遊んでいたことに変わりはない。
しかも店にも迷惑をかけて、マチルダさんやタルクにも、ラルフ様も仕事を途中で抜けてきたんだから本当に様々なところに迷惑ばかりかけている。
ラルフ様もずっと厳しい顔というかエドワード王子を睨みつけていた。
「お前らもう帰れ。いつまで居座る気だ?」
全く二人を歓迎する気がないラルフ様が冷たい声で言い放つと、やっと二人は帰っていった。
抗議文はすぐに王家に届けられた。優秀なリーブが緊急として捩じ込んだらしい。そんなことできるってリーブって何者?
おかげなのか、翌日の早朝に陛下自ら謝罪にやってきた。
「シュテルター隊長、マティアスも、うちの愚息が申し訳なかった」
「こんな朝早くに先触れも出さずに来るとは、奇襲みたいなものだな」
ラルフ様がそんなことを言うから、陛下は軽く頭まで下げた。
「もういいですから。エドワード様を許したわけではありませんが、陛下の謝罪は受け取ります」
「マティアスがそう言うなら、俺から言うことはない」
エドワード王子には謹慎が言い渡され、近衛から昼夜問わず監視役がつくことになった。
きっと僕が「反旗を翻す」なんて言ったからだろう。
ランバートという人もすぐに国へ帰っていった。なんかお詫びとかで、フェンスタ王国の品が届いたけど、ラルフ様がすぐに庭で燃やしてしまったから、僕は中身を知らない。
580
お気に入りに追加
1,294
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました
新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。
傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~
キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。
両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。
ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。
全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。
エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。
ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。
こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。
(完結)嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
君は僕の番じゃないから
椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。
「君は僕の番じゃないから」
エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが
エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。
すると
「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる
イケメンが登場してーーー!?
___________________________
動機。
暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります
なので明るい話になります←
深く考えて読む話ではありません
※マーク編:3話+エピローグ
※超絶短編です
※さくっと読めるはず
※番の設定はゆるゆるです
※世界観としては割と近代チック
※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい
※マーク編は明るいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる