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二章
45.悪意
しおりを挟む僕が虫に刺されて、ラルフ様が夜中に虫を倒しに行こうとするという珍事が発生した夜が過ぎ、これって珍事だよね?
「何してるんですか?」
「戦っている」
なにと!? 翌朝、ラルフ様が一生懸命にステーキナイフを庭で振り回していた。
隣でシルが「ぼくもおとなになったらやる」とか言ってキラキラと目を輝かせていたから、慌てて庭で除虫効果のあるハーブを焚いたりもしたけど、王都は安全で、平穏な日々が続いていくんだと思っていた。
ある日、花屋に出勤すると、店の前にゴミが散らばっていたんだ。
たまたま、どこかの店のゴミ箱が風で飛ばされたのかとも思ったんだけど、それは翌日も続いた。そしてその次の日には、トマトがいくつか投げつけられていた。
「マチルダさん、これってやっぱり嫌がらせですよね?」
「そうだと思うわ」
「いったい誰が?」
「そんなの決まってるわよ。うちの売り上げが伸びたことを妬んだ同業者ね」
なるほど……
戦争みたいに命の危険があるわけじゃないけど、安全とされる王都でも悪意を無しにするってことはできない。そんなのは分かっていたのに、自分には無縁だと思い込んでいた。
そんなことがあってから、僕たち従業員は少し早めに出勤するようになったんだ。
「マティアス! 店が襲撃されたというのは本当か!?」
「襲撃などされていませんよ」
誰がそんなデマを流したのか……
ラルフ様が血相を変えて店に駆け込んできた。武装してないってことは、本当に話を聞いてすぐに駆けつけてくれたんだろう。
ゴミを撒かれたり、トマトが投げつけてあったのは事実だけど、襲撃はされてない。その程度の嫌がらせは大したことじゃないとマチルダさんも言っていたし、僕も危害を加えられたりはしていないから、ラルフ様に言わなかったんだけど、ラルフ様にとっては一大事だったらしい。
ラルフ様に、夜のうちに誰かが店の前にゴミを撒いたり、店にトマトを投げつけたのだと説明した。店を開けている時は何もされていないし、夜中だから犯人も分からない。
しかし心配したラルフ様は、僕の送り迎え役を二人にした。左右を騎士に挟まれて出勤する僕……
僕は要人ではないんだけど……
そんなことがあった翌日に出勤すると、雨も降っていないのに店の前が水浸しだった。しかもドブのような異臭がしている。そのせいでハーブを混ぜた水を撒くことになって、井戸から何度も水を運んだ。
その日は午前中は店が開けられず、とうとう営業に支障が出た。隣はお菓子屋さんで食べ物を売るのにこの匂いはまずい。隣のお菓子屋さんの店主と共に、マチルダさんが衛兵に相談に行くことになった。
夜中の騎士の巡回が強化さたとラルフ様に聞いたから、もうこんなことは起きないといいんだけど……
何かあってはいけないと、シルを公園に連れていくこともできなくなって、またシルは家と騎士団の見学の毎日に戻ってしまった。せっかく友だちができたのに。
「タルク! どうしたの?」
「来る途中で水をかけられまして……」
髪や服からポタポタと水が滴る状態で出勤してきたタルクに駆け寄ると、水をかけられたのだとか。
従業員に被害が出たことで、とうとう従業員にも送り迎えに護衛がつくことになった。
僕の働く仲間だからってことでラルフ様が部下をつけてくれた。
その後すぐにタルクに水をかけた人物は捕まったんだけど、なんと店の求人に応募した人で、タルクが採用されたことを妬んでの犯行だったらしい。
「二度と彼の前に犯人が現れることはないから安心してくれ」
「詳細は聞かないでおきます」
これが一般市民だったら、謝罪の要求と賠償金を少し払えば終わったんだろうけど、タルクは貴族の子息だ。その後、犯人がどうなったのかは知らない。遠方へ飛ばされて強制労働ならまだマシな方だろうか?
その後、誰が広めたのか、「あの店に手出しすると処刑されるらしい」なんて噂が流れて、店の前にゴミを撒かれたりする嫌がらせは無くなった。
「マチルダさん、噂ってマチルダさんも関わってますよね?」
「なんのことかしら? 何人か王都から消えたって話は聞いたわ」
何人も? ってことは、タルクに水をかけた人物以外にも、従業員に危害を加えようとした者がいるんだろうか? それとも店の前にゴミなどを撒いた人物が捕まった?
分からないけど、深くは聞かないでおこう。
知らないままでいた方がいいこともある。消えたというのもね……王都からなのか、この世からなのか分からない。
怖い怖い。
そういえば、この店は度々エドワード王子が訪れていたな。
まさか王家まで動かしたんじゃないよね?
そんなことを考えていたら、エドワード王子がやってきた。
「やぁ、マティ。大変だったんだって?」
「僕は別に何もされていませんし、大変なことなどありませんよ」
「そっか、ならいいんだ。ラルフが心配していたよ」
そうでしょうね。店に飛び込んできた日からずっと、ラルフ様は帰宅する度に「何もなかったか? 何もされていないか?」って僕の体をベタベタ触って確認していましたし。
「俺もここに行くなって言われてマティに会えなくて寂しかったよ」
僕が面倒なお客様であるエドワード王子の接客をしていると、タルクが気づいて目を見開いて驚いていた。
「誤解されるようなこと言わないでください。タルクが変な誤解をしたらどうするんですか」
「その子が新しく入った子? マティに負けず劣らず可愛いね~」
急に話しかけられて、タルクは困っている。
僕の耳元で、「第二王子殿下でしょうか?」って聞いてきたから、ちゃんと分かっているらしい。
「お忍びだから、仰々しくする必要はないよ。こうしてたまに僕を揶揄いにやってくるんだ」
「なるほど」
理解はしなくていいよ。僕も理解していないから。
「水かけられたってのは君?」
「あ、はい」
「そっか、災難だったね。きっちり対処したって聞いてるからもう心配いらないよ」
「はい。ありがとうございます」
「マティに似て真面目だね~」
「うちの従業員を揶揄って遊ばないでください」
エドワード王子は黄色い薔薇を数本買うと、「またね~」と言って去っていった。
もしかして心配して様子を見にきてくれたんだろうか?
まさかね。
もう店も安全になったんだけど、従業員の送り迎えはしばらく続けるらしい。僕の送り迎えは一人に戻った。
マチルダさんと仕入れ担当と会計担当はラルフ様の部下じゃない騎士がついて、タルクにはラルフ様の部下がついている。
タルクは貴族の子息なんだから、何かあってからでは遅い。前回は水だったから濡れるだけだったけど、熱湯だったり、おかしな薬品や刃物だったらと思うと怖い。
王都は安全だって思ってたけど、分からなくなっちゃったな。
誰も怪我したりはしてないけど、警戒しすぎだとラルフ様に言えなくなってしまった。
ルーベンが迎えにくる時、タルクは空から降ってくるルーベンにいつも小さな悲鳴をあげて驚いている。そうなるよね。だって人が空から降ってくるなんて思いもしないもん。
心の友ができそうな予感がした。
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