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二章
16.ラルフ、子どもを拾う
しおりを挟む戦争が終わってもうすぐ二年、その後の戦地周辺の復興状況を見に行くのと、監視のための拠点の整備という理由でラルフ様は戦場跡地に行くことになった。
終わっていると言っても、戦争があった場所に行くのは不安だった。
だってラルフ様は夏の暑い時期にも関わらず、チェーンメイルを着て革鎧も着て、大きな剣を背中に背負って出掛けたんだ。
いつもなら、「ここは安全な王都なのでそんなものは必要ありませんよ」と言って着替えさせるところなんだけど、僕は何も言えなかった。
僕は戦場を知らないし、戦場だった場所がどうなっているのかも知らない。そんな格好が必要なのかを判断できなかった。
「ラルフ様、お気をつけて。無事のお戻りをお待ちしています」
「行ってくる」
予定では雪が降るより前に戻ってくることになっている。
夫夫になってから、こんなに離れて暮らしたことはない。遠征訓練でも長くて半月ほどだった。ラルフ様はうるさいってわけじゃないけど、家の中が静かでちょっと寂しい。
ラルフ様を見送ってニヶ月余り。
「旦那様が明日戻られるそうです」
リーブから報告を受け、僕はソワソワしていた。
「ラルフ様、おかえりなさい」
「ああ」
ラルフ様は初めてこの家で会った日みたいに、髭が生えて髪もバサバサで、汚い格好で帰ってきた。前と違うのは、服が破れていないのと、腕に小さな子を抱えていることだろうか。
「ラルフ様、その子は?」
「後で説明する。先に風呂に入りたい」
僕が前に汗臭いと言ってから、ラルフ様は体臭を気にしている。特に僕の近くに来る時は。
ごめんねラルフ様。そんなに気にするようになるとは思わなかったんです。
「分かりました。メアリー、ミーナ、リズ、その子もお風呂に入れてあげてくれる? あと、その子の服も用意してあげて」
「畏まりました」
誰なのか分からないけど、その子も髪がバサバサだったし、服もドロドロだったから、とりあえずお風呂の手配だけはして、僕は部屋で待った。
聞きたいことは色々あるけど、ラルフ様が無事戻ってくれてよかった。
ラルフ様はすぐにお風呂から出て、僕の部屋に来た。髭は無くなってるけど、髪は雫が滴るくらいビチャビチャだ。
タオルを受け取って、ラルフ様をソファに座らせると、髪を拭いてあげる。
「相変わらず世話のかかる旦那様ですね」
「すまん」
「いいえ、ラルフ様がこうして無事に戻ってきてくれたことが嬉しいです」
「当たり前だ。俺がいなくなったら誰がマティアスを守るんだ」
もしかして、また戦場モードに戻ってる?
出掛ける前よりも目つきが少し鋭くなったように見えた。そして、家の中では剣を振るうことを禁止しているからか、ペーパーナイフを手が届くところに置いている。刃は付いていなくても、そんなものを振り回してはダメですよ。
「危険なことはしないでくださいね」
「危険なことなどしたことはない」
してたよ。王族を敵に回すようなことを色々と……
それに僕は首にナイフを当てられましたよ? 掘り返したり責めたりするつもりはないけど、あれは忘れようと思っても忘れられない事件でした。
「それであの子は誰なんです?」
「彼は戦争孤児なんだ。両親を失って心を閉ざしていた。なぜか俺には話を少ししてくれて、引き取りたいと思っている。
マティアスに相談もせずすまない。嫌なら孤児院に連れていく」
そんな話を聞いて嫌だと言えるわけがない。歳は二歳か三歳か、それくらいだろう。その歳で両親を失うって……
ラルフ様と婚約することが決まってから、僕が子育てをすることなんかは無いと思っていたんだけど、養子を迎えるという選択肢もあったのか。
彼が幸せな人生を歩めるよう、ラルフ様と二人で育てたいと思った。僕に迷いはなかった。
「分かりました。僕たちの子として育てましょう」
「いいのか?」
「手続きはリーブにお願いしましょう。まずは彼と仲良くならないといけませんね」
お風呂に入って髪も服も整えられた彼は、ラルフ様と離れている間、一言も話さなかったらしい。
ラルフ様の膝の上にちょこんと座る彼と目線を合わせて話しかけてみる。
「僕はラルフ様の夫でマティアスといいます」
「まてぃ、す……」
「うん。君のお名前は? 言えるかな?」
「シル、ヴィオ」
「シルヴィオか。じゃあシルだね。僕のことも好きに呼んでいいからね」
「ま、まてぃ、す、ま、ま、まま」
ええー? 僕、男だけど。
こうして僕はシルにママと呼ばれるようになった。
ちなみにラルフ様のことはラルだ。パパではなかった。
とりあえず、言葉を発してくれただけでよかったのだと思おう。
子どもを引き取るなんて聞いてなかったから、部屋も何も用意できていないし、夜は僕たちのベッドで一緒に寝ることになった。
一人で寝るのは寂しいと思っていたけど、急に二人も増えたから賑やかだな。
家具はすぐには無理だとしても、子ども用の食器や衣類はすぐに買いに行ってもらった。
ベッドから落ちないよう、僕とラルフ様の間に寝かせる。
疲れていたのか、シルは小さな体を丸めて、すぐに眠ってしまった。丸まっていると本当に小さい。こんなに小さいのに一人でよく頑張ったね。
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