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一章
番外編 ラルフ視点
しおりを挟む俺は三男で優秀な兄たちがいるから、身の振り方をどうしようか迷っていた。
兄たちの補佐でもいいんだが、補佐なんか必要なのかも分からない。
とりあえず父上に勧められるままに王都の学園には通ってみた。
そして運命の出会いを果たした。
あれは15歳の夏休み。領地に戻っていた俺は、父上に呼び出された。
「ラルフ、縁談がある。結婚は相手が成人してからだからもっと先になるんだが、今回はとりあえず顔合わせということだ」
一応貴族の子息ではある俺は、こんなこともあると可能性としては考えていたが、特に秀でたものもない俺に、本当に縁談が来るとは思っていなかった。
相手は男爵の三男。ということはどちらかの家に入るというわけでもないのか?
縁談の理由も父親同士が夜会で仲良くなったというフワッとした理由だったし、この縁談の意味はよく分からなかった。
相手の領地まで行き、目の前にした俺の縁談の相手はマティアス・フックスという少年だった。
女の子みたいに可愛らしい子で、まだ声変わりさえしていない子どもだ。父親同士は楽しそうに話をしているが、俺たちに共通の話題なんて……
「ラルフ様、見てください。このお花、とっても綺麗でしょ? でもここに棘があるんです。だから綺麗だと思っても気軽に触っちゃダメなんです。ほらこんな風になっちゃうから」
そう言って見せられた指は、少し切れて血が滲んでいた。なんてことないという感じで笑っていたが、俺は目の前で彼が怪我をしてしまったから焦った。
「大丈夫なのか? 痛くないか?」
「全然大丈夫ですよ」
「そうか」
「ラルフ様は牛って好きですか?」
「まあ、嫌いではない」
「じゃあ見に行きましょう。一昨日、子牛が産まれたばかりなんです」
そう言ってマティアスは俺の手を掴んで引いていった。
誰かに手を握られるなんて子どもの時以来で、その柔らかくて小さい手に触れていると、妙な気持ちになった。
牧場に入っていくと、本当に子牛がいて、マティアスは子牛に手を伸ばしたんだ。
子牛はマティアスの手をベロベロと舐め回して、パクッと食べた。
「マティアス! 手が!」
咄嗟に俺は牛の口をこじ開けてマティアスを子牛から引き剥がした。俺がついていながら、また怪我をさせるなど……
「ふふふ、大丈夫ですよ。子牛は僕の手がお母さんのお乳に見えたんだと思います。ほら、全然平気。涎でベトベトですけど」
「そうか……マティアスの手が食べられたのかと思って焦った」
「ラルフ様の手もベトベトになってしまいましたね。すみません。外で洗いましょう」
「そうだな」
何ともなかったのか。よかった。
外の井戸で手を洗い、牧場を一回りして花畑なども案内してもらった。
「ラルフ様、見てください。蛇がいます」
「近付いては危ない!」
俺はいかにも毒がありそうな、黄色と黒の縞の蛇を指差す彼を抱えて、今までで一番早く退いたと思う。
その後も池に落ちかけてヒヤッとしたりして、危なくて彼から目を離せなかった。
この子は危険を知らないのかもしれない。俺が守ってやらないといけない。そう強く思った。
風が吹いて香ってきた草の香り、夏の日差しの中で笑う彼の横顔が綺麗で、この日を永遠に忘れたくないと思った。
初めに自己紹介をした屋敷の庭園に戻ってくると、庭園の中も手を繋いでぐるっと回った。
「僕はこの花が好きです。綺麗でしょ?」
笑顔を向けられた時、何だか泣きたくなった。その頃にはもう、俺は完全にマティアスに恋に落ちていたんだと思う。
彼を守るのは俺の役目。俺だけの役目であってほしい。そう願った。
「マティアス、俺が君を必ず守る。君を守れるくらい強くなるから、少しだけ待っていてくれ」
「はい」
翌年、うちの領地で大洪水が起き、収穫間近の麦や野菜が流され、農地だけでなく家や人にも大きな被害が出た。
兄嫁の実家にも少し援助してもらったんだが、それでは足りず、俺を裕福な商家か金のある貴族へ送るという話も出た。
どうしてもそれだけは嫌だった。だから俺は学園を卒業すると、騎士試験を受けて戦争に行くことにした。
命の保証がない代わりに、戦争に行けば少なくない支度金がもらえる。そして、望まぬ結婚も回避できる。
俺はマティアス以外とは結婚しない。
生きて帰れば騎士団所属で生活も安泰。良いことしかない。
「俺が死なない限り、婚約は解消しないでくれ」
そう言い残し、俺は戦地に向かった。
懐かしい夢を見た。
この前、マティアスが「こんなの牛に指を舐められたようなもの」なんて言ったから、何だか懐かしい気持ちになった。
そうか、変な例え話をしたと思ったが、マティアスは俺と出会った時のことを覚えていたんだな。
隣で眠る、あの頃より大人になったマティアスをそっと抱きしめる。
俺はマティアスを守れるほど強くなれたんだろうか?
ちゃんと君を守れているか?
心の中でマティアスにそう問いかけ、もっと強くなろうと決意を新たに、俺は再び眠りについた。
「ラルフ様、もしかして庭を荒らしましたか?」
「昔、マティアスが棘があるから危険だと言っていた花を排除しただけだ」
また怪我をしたら大変だからな。
「棘はあるけど、迂闊に触ったりしなければ危険はありません。注意して触れば大丈夫なんです。庭を荒らさないでください」
マティアスに怒られてしまった。
なぜだ……
危険を取り除いただけなのに。ただ危険を排除するだけではダメなのか?
「すまない」
「これからは家の敷地内で剣を抜くことは禁止します!」
「それでは奇襲をかけられた時にマティアスを守れない」
「ここは戦場ではないので奇襲なんかありませんよ」
そうか。それでも万が一ということがある。剣以外で武器になりそうなものを集めておこう。
尖った石はありだな。他には木の枝も先を削って各所に置いておくか。ペンも致命傷にはならないが相手を怯ませる程度になら使えるな。フォークとナイフは枕元に置いておこう。剣ではないのだからマティアスも許してくれるだろう。
盾の代わりになるよう、椅子の裏に鉄を貼ってもらうか。
各所に置いた石や枝は、数日後マティアスに撤去されることになる。
今日も王都は平和です。
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