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一章
6.謁見
しおりを挟む王城の門を抜けて、馬車は進んでいく。王城の敷地に入ると、急に緊張してきた。
「マティアス、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。僕は従者として付き添いますから、ラルフ様もそのように対応してください」
「ダメだ。マティアスは俺の婚約者だ。そうだ、丁度いいから婚姻の届けも出してしまおう」
「え?」
何が丁度いいの? 全然分からない。
僕の理解が追いつかないままボーッとしていると、馬車は停まってドアが開いた。
僕が降りようとすると、「待て」とラルフ様に止められた。タイが曲がっているとか、何か服装に乱れがあるのかと思って確認していると、ラルフ様が剣を片手に馬車を降りた。剣、いつの間に持ってきたんですか?
「マティアス、俺から絶対に離れるなよ」
「はい」
ラルフ様はとても警戒している様子で、僕を背に庇いながら鋭い目線を各所に向けて歩いていく。
「ラルフ様、お願いですから剣はしまってください」
「マティアスに何かあってからでは遅い」
何も有りませんから。剣をしまってもらわないと、ラルフ様が危険人物として連れて行かれてしまう。
「よう、ラルフ、相変わらずだな」
正面からラルフ様の知り合いが歩いてきたらしい。僕はラルフ様の影に隠れてるから見えないんだけど。
「エドワード、何しに来た?」
「ラルフを迎えに来てやったんだよ。俺が直々にな」
「必要ない。近くに寄るな」
ええー? 迎えに来てくれたのに、近くに寄るなはないんじゃない?
僕がチラッとラルフ様の影から顔を出すと、なんと相手は第二王子殿下だった。
「あれ? 誰これ?」
「お初にお目にかかります、王子殿下。マティアス・フックスと申します」
「あー! この子? この子なの? ラルフの大切な婚約者って」
「マティアスにそれ以上近づくな!」
ヒィィ!
ラルフ様はエドワード様に剣を向けた。下ろして下ろして。今すぐに剣を下ろして!
僕はラルフ様の腕に巻き付いて、必死に剣を下ろしたんだけど、寿命が縮まったよ。
「エドワード様、申し訳ございません。どうかお許しを……」
まさかこのまま僕たち、近衛騎士に連行されて処刑とかされちゃうんじゃないよね?
最近死ぬかもしれないって思うことが多い。僕には刺激が強すぎるよ……
「ラルフの愛しい人に手なんか出さないし、安心してよ。そんなことより早く行くぞ」
エドワード様は気にする様子もなく、スタスタと歩いていった。
なんで剣を向けられたのに、そんな平然としていられるんですか?
僕の命はどうやら繋がったらしいけど、ラルフ様の身近にはこんなことがよくあったのかもしれないと思うと背筋がゾクリと震えた。
「ラルフ様、お願いです。お城の中では剣を誰にも向けないで下さい。僕の心臓が止まるかもしれません……」
「分かった。何かあった時は、剣は使わず素手で対抗することにする」
違う。そうじゃない。誰とも対抗なんてしないでほしいんです。
ラルフ様は右利きだ。じゃあ抑える意味でも手を繋いでおこう。そうだ、それがいい。
「ラルフ様、手を繋いで下さい」
「分かった」
ラルフ様はすぐに手を繋いでくれた。やっぱり分厚くて温かくて大きな手だな。
今は、手を繋いでほしいと言ったことを少し後悔している。
目の前には国王陛下がいて、それなのに僕はラルフ様と手を繋いだままなんだ。
陛下の前では手を解きましょうと言ったら、「このままで構わない」と拒否された。そのままラルフ様は僕の手をギュッと握って離してくれない。
僕は恥ずかしいし、マナーも悪いんじゃないかと思って、気が気じゃないんだけど、ラルフ様は平然としている。
陛下、申し訳ございません。心の中で謝罪を繰り返し、僕は顔をあげられずにいた。
「シュテルター隊長、よく来てくれた」
「陛下、婚姻の届けを出したい」
「は?」
だよね。「は?」だよね。今日の目的は勲章をいただくためであって、婚姻の届け出なんて話は無かった。僕が勝手に発言するわけにもいかないから、どうしたらいいのか分からない。
「キミは?」
急に陛下は僕に向かって問いかけた。困っている時にちょうど僕が目に入ったんだろう。
「わ、私はマティアス・フックスと申します。ラルフ様の婚約者です」
「分かった。キミが説明してくれるか?」
僕が? 説明? 陛下にですか? 僕も分かりません。
僕は緊張で喉がカラカラになりながら、一昨日お城から使いの人が来て、ラルフ様が勲章授与式を欠席したことを知ったこと、騎士団に問い合わせて、勲章をいただけると聞いて、今日参上したこと、婚姻の届け出については、ラルフ様がさっき思いついて望んだことを話した。
さっき王子殿下に剣を向けたことは怖くて話せなかった。
「父上、いいんじゃないですか? 婚約者はしっかりしてそうですし、婚姻の届けも受理してあげれば」
「そうだな。婚姻の書類を出してくれれば、ここで受理しよう」
「そんなものは無い」
ラルフ様は堂々と言い放った。
知ってる。そんなもの用意してない。保証人とか両家の当主のサインがないといけないし、すぐに用意することはできない。よって、今ここで受理されることは無いんだ。
「発言を、お許しいただけますか?」
陛下もみんなも困ってるから、もう僕がどうにかするしかないと思った。
「構わん」
婚姻の書類は用意して、後日提出すること、ラルフ様が失礼な発言をして申し訳ないと謝罪もした。これで僕の命は助かっただろうか? もう帰りたいよ。
「ラルフ様、今日は勲章をいただいたら帰りましょう。婚姻の届けはまた今度です」
「分かった」
ラルフ様の聞き分けがよくてよかった。僕はこっそり、ふぅ~っと息を吐いた。
陛下から賜った勲章は、なぜか僕が受け取らされた。
「ラルフ様、おめでとうございます」
「マティアス、嬉しいか?」
「はい。ラルフ様の頑張りが認められて嬉しいです」
「それなら良かった」
ラルフ様は僕に優しい笑顔を向けてくれた。
なんとかその場を収めて退室すると、どっと疲れが出た。
「疲れました……」
「分かった」
そう言うと、ラルフ様は僕のことを横抱きにした。歩けるよ。疲れたけど、それは肉体疲労じゃなくて精神疲労だから。僕の精神疲労を増やさないで……
少しだけ泣きそうになりながら、僕はラルフ様の腕の中に顔を隠して運ばれていった。
馬車に乗ると、なぜかエドワード様まで乗り込んできた。付いてきたことにも気付かなかったよ。
そしてラルフ様は僕を抱えたまま放してくれない。
「エドワード、降りろ」
「へいへい、じゃあお話はまたの機会にね。またね~マティ」
そう言って僕に向かってウインクをした。すぐにエドワード様は馬車を降りたんだけど、ラルフ様はまた剣を抜こうとしたから、僕は必死に腕にしがみついて止めた。
「すまない。剣を抜かないという約束を破るところだった」
そういう問題じゃないけどね。すぐに好戦的になるのはやめてほしい。
その日の夜、僕は熱を出した。
「マティアス、すまない。俺が王城なんかに連れて行ったせいで病気になってしまった」
そうじゃないよ。王城に行ったからじゃない。ラルフ様が恐ろしいことばかりするから、僕はずっと緊張しっぱなしで熱が出たんだと思う。
ラルフ様は、ずっと手を握っていてくれて、おでこを冷やしたり、ずっと僕を心配してついていてくれた。すごく優しいところだってあるのに。
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