僕の過保護な旦那様

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一章

1.再会

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 僕と彼は政略結婚だった。
 会ったのは子どもの時に一度だけ。あれは僕が12歳で、彼が15歳だったかな。
 優しそうなお兄さんって感じの印象だった。
 親同士が夜会で仲良くなったとかで、僕たちの結婚が決まった。その後は一度も会ってない。

 婚約してすぐに彼の家が領地の自然災害で困窮して、大変だって話は聞いたけど、子どもの僕には何もできることはなかった。
 それでも婚約が白紙にならなかったのは、彼の家が伯爵家で、僕の家が男爵家だったから。僕の父は伯爵家と繋がりを持ちたかったんだと思う。伯爵がなぜ婚約破棄をしなかったのかは分からない。もしかしたら困窮した時に父が金銭の援助をしたのかもしれない。

 顔合わせから2年後、彼は突然戦争に行ってしまった。理由はきっと家の困窮だと思う。戦争に行くとそこそこな手当が出るから。
 彼から、「戦争に行ってきます」ただそれだけ書かれた手紙が届いて、引き止めることもできなかったし、彼の本心は分からない。戦争に行けと言われたのか、自ら志願したのかも分からない。

 でもそこから、僕と彼との間で手紙のやり取りが始まった。手紙って言っても、短い文章だったけど。

『マティアス、朝晩は冷え込みますが、風邪などひいていませんか?
 先日、分隊長になりました。自分の隊を持つことになり、責任感が増しました。
 ラルフ』

『マティアス、先日こちらで食あたりが出ました。とても苦しいです。暑い日には食材が傷みやすいから気を付けてください。
 先日、自分の分隊が表彰されました。
 ラルフ』

『マティアス、誕生日を一緒に祝うことができず申し訳ない。君の新しい年が幸福で満ちたものになることを祈っています。
 君の平和な生活を守れることを誇りに思う。
 ラルフ』

 愛してるかなんて分からない。
 ただ、戦場からくれる手紙は、いつも僕を気遣う一文が書かれていて、優しい人だと思った。


 -----

 僕は今、ドキドキしている。
 数日前に彼から手紙が届いたから。
 その吉報は、山が赤や黄色に色付いて、朝晩が冷え込み始めた秋晴れの午後だった。

『マティアス、とうとう戦争が終わりました。父に手配して王都に家を買いました。そちらで一緒に住みたいと思っています。
 結婚式も挙げましょう。君に会えることを楽しみにしています。
 ラルフ』

 その手紙が届いた翌日に、ラルフ様の父親が僕を迎えにきた。
「マティアスくん、ラルフからの手紙は届いたかい? これが住所だ。使用人は最小限でいいと言われたから、家令とシェフ、庭師とメイドを3名だけ手配したが、足りなければまたその時に言ってくれれば手配しよう。今の王都は安全だと聞いているが、護衛も何人か募集はかけている」
「ありがとうございます」
「ああ、それと、すまないが君専用の新しい馬車はまだできていないから、できるまではうちの馬車を使ってくれ」
 そう言うと、彼が戦場から戻るまでに家に入ってほしいということで、すぐに支度が整えられて、僕は急に一人で旅立つことになった。

 初めて会った日から7年。
 僕の記憶の中の彼は、細身でとても優しい見た目の人だったけど、ずっと戦場にいたんだから、細身ではないだろうな。筋肉が破裂しそうなゴツゴツとした体になっているんだろうか?
 確かに手紙のやり取りはあったけど、会ったのは一度だけ。僕は兄上たちとは違って王都の学園には行かず、領地の学校に行ったし、家から出ること自体初めてで不安が大きかった。
 僕にとっては戦争が終わったのも急だったし、一緒に住むと言われたのも、家から出るのも急なことだった。だから気持ちの整理ができていないまま馬車に乗ることになった。

 -----

「旦那様が帰還されました。マティアス様も一緒にお迎えに行きますか?」
 家令のリーブが部屋に呼びにきてくれたから、僕は慌てて上着を羽織って、緊張しながら玄関に向かった。

「ら、ラルフ様、おかえりなさい」
「ああ」
 髪はバサバサで、よれて皺くちゃの、ところどころ破れた汚い服を着た、筋肉の塊みたいな人がいた。ブーツには泥がついていて、スラムの路地で寝てる人みたいに髭も伸び放題。バサバサの髪の間から覗く目はギラギラと睨むように鋭く、僕をチラッと見て、すぐに視線を外した。

 この人がラルフ様? あれから7年も経っているし変わっていて当然なんだけど、違いすぎる見た目に戸惑った。
 しかも、「ああ」とだけ言うと、僕の横を足早に通り過ぎて、お風呂に向かってしまった。優しく僕を気遣う手紙をくれた人と同一人物とは思えない。僕の記憶の中にある、優しいお兄さんの面影はどこにも無かった。
 僕はこの人と結婚して、うまくやっていけるんだろうか?

 僕はしばらく玄関に一人で立ち尽くしていた。
 仕方なく自室に戻ると、これからのことを考える。
 なるべく怒らせないようにしないと、手を上げられたら僕なんて一瞬で死んでしまうかもしれない。結婚するということは、閨事もあるわけで、あんなに大きな体でガツガツこられたら、僕の体は耐えられるか分からない。
 そもそもラルフ様は僕なんかに欲情したりするんだろうか?
 形だけの結婚なんだろうか?
 初めて会った日の優しそうなお兄さんの印象と、優しい文章の手紙の印象があったから、会うのは少し楽しみだった。
 でも、今は不安しかないよ。

 
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