1 / 184
一章
1.再会
しおりを挟む僕と彼は政略結婚だった。
会ったのは子どもの時に一度だけ。あれは僕が12歳で、彼が15歳だったかな。
優しそうなお兄さんって感じの印象だった。
親同士が夜会で仲良くなったとかで、僕たちの結婚が決まった。その後は一度も会ってない。
婚約してすぐに彼の家が領地の自然災害で困窮して、大変だって話は聞いたけど、子どもの僕には何もできることはなかった。
それでも婚約が白紙にならなかったのは、彼の家が伯爵家で、僕の家が男爵家だったから。僕の父は伯爵家と繋がりを持ちたかったんだと思う。伯爵がなぜ婚約破棄をしなかったのかは分からない。もしかしたら困窮した時に父が金銭の援助をしたのかもしれない。
顔合わせから2年後、彼は突然戦争に行ってしまった。理由はきっと家の困窮だと思う。戦争に行くとそこそこな手当が出るから。
彼から、「戦争に行ってきます」ただそれだけ書かれた手紙が届いて、引き止めることもできなかったし、彼の本心は分からない。戦争に行けと言われたのか、自ら志願したのかも分からない。
でもそこから、僕と彼との間で手紙のやり取りが始まった。手紙って言っても、短い文章だったけど。
『マティアス、朝晩は冷え込みますが、風邪などひいていませんか?
先日、分隊長になりました。自分の隊を持つことになり、責任感が増しました。
ラルフ』
『マティアス、先日こちらで食あたりが出ました。とても苦しいです。暑い日には食材が傷みやすいから気を付けてください。
先日、自分の分隊が表彰されました。
ラルフ』
『マティアス、誕生日を一緒に祝うことができず申し訳ない。君の新しい年が幸福で満ちたものになることを祈っています。
君の平和な生活を守れることを誇りに思う。
ラルフ』
愛してるかなんて分からない。
ただ、戦場からくれる手紙は、いつも僕を気遣う一文が書かれていて、優しい人だと思った。
-----
僕は今、ドキドキしている。
数日前に彼から手紙が届いたから。
その吉報は、山が赤や黄色に色付いて、朝晩が冷え込み始めた秋晴れの午後だった。
『マティアス、とうとう戦争が終わりました。父に手配して王都に家を買いました。そちらで一緒に住みたいと思っています。
結婚式も挙げましょう。君に会えることを楽しみにしています。
ラルフ』
その手紙が届いた翌日に、ラルフ様の父親が僕を迎えにきた。
「マティアスくん、ラルフからの手紙は届いたかい? これが住所だ。使用人は最小限でいいと言われたから、家令とシェフ、庭師とメイドを3名だけ手配したが、足りなければまたその時に言ってくれれば手配しよう。今の王都は安全だと聞いているが、護衛も何人か募集はかけている」
「ありがとうございます」
「ああ、それと、すまないが君専用の新しい馬車はまだできていないから、できるまではうちの馬車を使ってくれ」
そう言うと、彼が戦場から戻るまでに家に入ってほしいということで、すぐに支度が整えられて、僕は急に一人で旅立つことになった。
初めて会った日から7年。
僕の記憶の中の彼は、細身でとても優しい見た目の人だったけど、ずっと戦場にいたんだから、細身ではないだろうな。筋肉が破裂しそうなゴツゴツとした体になっているんだろうか?
確かに手紙のやり取りはあったけど、会ったのは一度だけ。僕は兄上たちとは違って王都の学園には行かず、領地の学校に行ったし、家から出ること自体初めてで不安が大きかった。
僕にとっては戦争が終わったのも急だったし、一緒に住むと言われたのも、家から出るのも急なことだった。だから気持ちの整理ができていないまま馬車に乗ることになった。
-----
「旦那様が帰還されました。マティアス様も一緒にお迎えに行きますか?」
家令のリーブが部屋に呼びにきてくれたから、僕は慌てて上着を羽織って、緊張しながら玄関に向かった。
「ら、ラルフ様、おかえりなさい」
「ああ」
髪はバサバサで、よれて皺くちゃの、ところどころ破れた汚い服を着た、筋肉の塊みたいな人がいた。ブーツには泥がついていて、スラムの路地で寝てる人みたいに髭も伸び放題。バサバサの髪の間から覗く目はギラギラと睨むように鋭く、僕をチラッと見て、すぐに視線を外した。
この人がラルフ様? あれから7年も経っているし変わっていて当然なんだけど、違いすぎる見た目に戸惑った。
しかも、「ああ」とだけ言うと、僕の横を足早に通り過ぎて、お風呂に向かってしまった。優しく僕を気遣う手紙をくれた人と同一人物とは思えない。僕の記憶の中にある、優しいお兄さんの面影はどこにも無かった。
僕はこの人と結婚して、うまくやっていけるんだろうか?
僕はしばらく玄関に一人で立ち尽くしていた。
仕方なく自室に戻ると、これからのことを考える。
なるべく怒らせないようにしないと、手を上げられたら僕なんて一瞬で死んでしまうかもしれない。結婚するということは、閨事もあるわけで、あんなに大きな体でガツガツこられたら、僕の体は耐えられるか分からない。
そもそもラルフ様は僕なんかに欲情したりするんだろうか?
形だけの結婚なんだろうか?
初めて会った日の優しそうなお兄さんの印象と、優しい文章の手紙の印象があったから、会うのは少し楽しみだった。
でも、今は不安しかないよ。
1,023
お気に入りに追加
1,268
あなたにおすすめの小説
婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました
花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。
クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。
そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。
いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。
数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。
✴︎感想誠にありがとうございます❗️
✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる