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しおりを挟む本当に晴臣は僕をここから出してくれる気でいるんだろう。
そのために僕は何をすればいい? 僕にできることなんて限られていて、仕事をしっかりやることくらいだった。
リモート会議でも僕は顔を出してない。
声だけの社長の息子なんて、最初は受け入れてくれるか心配だったけど、ちゃんと勉強してきたことは無駄じゃなかった。だんだんみんなに受け入れられて、メールで個別に相談を受けることも増えた。
顔を明かさなくても、対面して話をしなくても、案外社会生活はできるものだと知った。
ずっとまともに話をしていなかった父さんと、事務的な仕事の話ではない話をするようになった。
そっちの生活はどうかとか、欲しいものがあったら送るとか、先日得意先からもらったお菓子が美味しかったから送ってくれるとか。
ここに引っ越しが決まって、僕はもう父さんに捨てられたんだと思ってたし、仕事に携わらせてくれるようになっても、平社員程度の仕事で食べるに困らない程度の給料がもらえる、そんなお情けみたいな立ち位置だと思ってた。
ここには、一度も会いに来てくれたこともないし。
でも父さんは僕にやる気があると知ると、重要な仕事もどんどん振ってくれるようになった。
あれから晴臣は何年も来ないけど、きっと晴臣も頑張ってるんだと思う。
「敬人、私の後を継ぐか?」
「え? 僕はΩですよ」
「分かっている。だが、お前の能力は閉じ込めておくには惜しい」
「それでも、ここから出してもらうことはできないんですよね?」
「……それはできない。お前が危険に晒されるからな」
フルリモートでの社長業か。無理ではない、のか? 父さんがサポートしてくれるなら。
だが、継げば晴臣とも話をできるようになるかもしれない。
晴臣との道が開けるのなら。その希望を込めて僕は了承することにした。
「やります」
「そうか。しばらくは私の仕事を一緒にしてもらう。もし無理だと判断したらこの話は白紙に戻すかもしれない」
「分かりました」
それは当然だろう。その判断はきっと父親としての判断ではなく経営者としての判断。
だから僕は了承した。自分の努力でどうにかなることがあるのなら、挑戦しないという選択はない。
仕事は結構上手く進んだ。
その後、やはり晴臣が訪ねてくることはなかったが、僕の別荘での生活はそれなりに充実していた。
気軽に来られる場所でもない。監視カメラが役に立たないような悪天候の時にしか近づけない。
会えない日が何年続いても、いつか努力が報われると信じて前に進むしかない。それしか僕にできることはないから。
「敬人、お前はいずれ結婚したいとか、そういう考えはあるのか?」
「え?」
唐突に父さんからそんな話をされて、戸惑ってしまったのは仕方ないよね?
そりゃあいつか晴臣と結婚したいと夢見たことはあるけど、そんな思いを父さんが知っているわけない。それに、そんないつかなんて来るかどうかも分からない。
「お前の秘密を守れて、お前のことを守れて、お前を支えていける人物なら、許可してもいい」
「そうですか」
こんな人里離れた山の上に閉じ込められている僕のことを可哀想だと思ったんだろうか?
「敬人は思い出したくもないと思うが、一応報告として伝えておこうと思う」
「なんですか?」
「晴臣くんだが、3ヶ月後に取締役就任だそうだ。その会見の場で婚約も発表すると言われている。婚約というのは噂だから事実かは分からないが」
「……そうですか」
取締役就任より、婚約という言葉が頭を離れない。なぜ? 僕を迎えにくるって言葉は嘘だったの?
それとも親や周りに反対されて、会社のトップとしても僕なんかよりいい人を見つけたんだろうか?
だから僕に会いに来なくなったの?
「だから、敬人もそんな歳なのかと思ってな。ずっと一人で過ごすわけにもいかないだろうから、敬人も、もしパートナーが欲しいと思うなら、私や母さんが探してやってもいいぞ」
そういうことだったのか。だから父さんは急に結婚したいのか? なんて聞いてきたのか。
「結構です」
僕はそれしか言えず、通話を切った。
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