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しおりを挟む「敬人、こっちだ」
「うん」
霧の中から突如現れた手に引かれ、僕は道を外れて山に分け入って行く。
この感触も幻なの?
手を引かれて行った先は、山の木を間引きした時の木が暖炉用の薪として保管してある小屋だった。
小屋に入るなり僕は大人になった晴臣に抱きしめられた。
森の精霊、ありがとう。僕は幸せです。
「敬人、会いたかった。我慢できなくてまた会いにきてしまった」
「うん。僕も会いたかったよ。森の精霊さん、ありがとう」
「違う。俺は森の精霊じゃない。晴臣だ。晴臣本人だ」
「またまた~、森の精霊さんはいたずらっ子だね」
「どうしたら信じてくれる? 抱くか? 抱いていいなら抱きたい」
「ふふふ、そんな熱い目で見られるとドキドキしちゃう」
そんなことを言ったら、晴臣に唇を奪われた。
今度はこの前みたいな軽く触れるだけのキスじゃなくて、口の中を蹂躙するようなキス。
「あ……はあ……はあ……」
息ができなくて、苦しくて、僕の唇の隙間から吐息が漏れていく。
「敬人、可愛い。好きだよ。これでも俺のことが幻に見えるか?」
「うーん、精霊さん結構リアルに再現してくれてるんだね。なんか凄い。でもダメだよ、そんなことしたら。晴臣に悪いでしょ?」
そうだよ。僕は嬉しいけど晴臣に悪い。こんな風に使われて可哀想。
「どうしたら信じてくれる?」
ドクンッ
くうっ……
ハア、ハア、ハア、ハア……
なんで? またヒートみたいになってる。
まさか本当に晴臣? それで僕は晴臣の、普段近付かないαのフェロモンか何かに当てられて、強制的にヒートを起こしてしまっているの?
「敬人、ヒートだな。俺が間違いを犯さないためにも、今はまだ首にこれを巻いておけ。俺がすぐに助けてやるからな」
「ほん、もの?」
「ああ、本物だ」
晴臣に触れられると全身が気持ちよくて喜んでる。ずっと待ってたって喜んでる。
「あっ……きもちいい……晴臣……晴臣……きもちいい、もっとして……もっと……」
僕はずっと「もっと、もっと」って言いながら嬌声も涙も止まらなかった。
そして、ずっと晴臣は僕に「愛してる」「大好きだ」「可愛い」って言ってた。
ヒートの火照りが収まってくると、途端に恥ずかしくなった。また晴臣とあんなことをしてしまった。また僕のせいで晴臣に迷惑をかけてしまったかもしれない。どうしよう……
「晴臣、ごめんなさい」
「なんで謝るんだ?」
「だって僕、晴臣に迷惑かけて……」
「迷惑なんかじゃない。敬人、好きだよ。俺はお前がヒートを起こしたあの日より前からずっと好きだった」
「嘘……」
「言おうとしたら、お前が俺のことは親友だとか言うから言えなくなって、でもいつかはちゃんと言うつもりだったんだ」
「そうだったんだ……。僕の片想いだと思ってた」
言えばよかった。引き離される前に、伝えればよかった。
「で、そのまま敬人がヒート起こして、俺が耐えられなくて無理矢理抱いたから引き離されて……ごめん」
「違うよ。あれは晴臣のせいじゃない。僕のせいだよ。僕がもっと早く検査受けて抑制剤とか飲んでたらあんなことは起きなかったと思う」
あの時一緒にいたのが晴臣でよかった。他の人だったらと思うとゾッとする。
「いつか俺の番になってほしい。
今はまだ力が足りなくて、周りに反対されたら対抗できないかもしれないけど、必ず迎えにくるから。誰にも何も言わせないくらいの立場になって迎えにくるから」
「うん。ありがとう」
いいのかな? 待ってても。
僕も仕事頑張ろう。Ωだから……なんて言われないくらい頑張れば、晴臣との未来も夢じゃないのかな?
「敬人、ごめん、もうそろそろ行かないと。霧が晴れる」
「うん。来てくれてありがとう」
「必ずまた来る」
「うん」
晴臣は小屋を出ると、霧の中に消えていった。
残された僕は、まだ現実なのか夢なのか分からないようなふわふわした気持ちだった。
あまり帰りが遅いと老夫婦が心配すると思ってゆっくり起き上がると、着衣を整えて帰ろうと思ったんだけど、お尻からトロトロと晴臣の体液が流れてきて、しかも僕のお腹の辺りにも体液がいっぱいかかってて困った。
早く帰ってお風呂で洗おう。うん。それしかない。
僕はそのまま服を着て足早に戻ると、部屋のお風呂に直行した。
現実なんだ……
晴臣が僕のこと好きって。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、嬉しすぎる。
叫び出したい気持ちをグッと抑えて、幸せを噛み締めた。
僕は今まで以上に仕事を頑張った。
色んなことを調べて、ちゃんと勉強して、霧の日には早めに家を出て長く散歩をした。
でも、あれ以来晴臣には会えてない。
晴臣が霧の日に来るのは、あのたくさんつけられた防犯カメラのせいだと思う。
1メートル先が見えないような霧の深い日でないと見つかってしまう可能性がある。
もしかしたら僕も、霧が深い日には敷地の外に出られたりするのかな?
敷地から出たところで、すぐに見つかってしまうかもしれない。Ωであることが発覚してから僕は外に出ていないし、人と関わってこなかった。
人がいる場所に行ってヒートを起こしてしまったらと思うと怖い。だからといって人に会わないようにひたすら歩いていくなんて、何日かかるか分からない。
それに、仕事を投げ出して外に出たなんて分かったら、今度こそ僕は絶対に出られない檻にでも入れられてしまうかもしれない。
待つのは苦しいけど、晴臣のことを信じよう。
一月経って、二月経って、もうすぐ会えなくなって三月になろうとしている。最近は昼間はだいぶ暖かくなってきて、霧が出る日も減った。
会いたいな。
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