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10.ほわほわ
しおりを挟む「おはよう、ササ」
「……うん、おはよう」
「好きにする」と言われて、結局どうするのかタツミに聞けないまま1週間が過ぎた。
もうタツミは迎えに来ないのかと思ったけど、普通に迎えに来た。今日も弁当あんのかな、僕の分。気になったけど、まるで僕がタツミの弁当を楽しみにしてるみたいで聞けなかった。
そわそわしながら午前中の授業を受けると、廊下の喧騒が一気に引いて、もしや……と思ったら、いつもと変わらない様子でタツミは教室に来た。
なんかホッとしてる自分にモヤモヤしたけど、この前みたいに、どうしようもないほどイライラすることはなかった。
本当に、僕は何がしたいんだろう?
「今日も弁当ありがとう」
弁当の蓋を開けると、僕が好きだと言ったおかずが入っていた。これがいつまで続くのかは分からない。きっとタツミの気まぐれで始まって、気まぐれで終わってしまうんだろう。
「ああ。今日はササが好きだと言ってくれた紫蘇を巻いたトンカツを入れてみた」
「うん。僕これ好き」
「それだけ?」
「ん? このチーズが入った卵焼きも好き」
「それだけ?」
「なんだよタツミ、何が言いたいんだよ」
なんでそんな質問をしてきたのか分からなかった。何か聞きたいんだろうことは分かったけど、それが何なのかは分からなかった。
「ササはさ、俺のことどう思ってんの?」
「は?」
「弁当作ってくれる奴?」
「いや、それもあるけど」
「なんでササは一緒に弁当食ってくれるんだ?」
「え? なんでって……」
なんでだろう? 一緒に食いたいから? だとしたら、それはなぜだ?
それに、なんでそんなこと聞くんだ?
「悪い。何でもない。俺は顔が怖いから、みんなから避けられる。ササが一緒に弁当食ってくれるだけで嬉しいよ」
そうなのか。タツミは僕と弁当食うの嬉しいんだ。タツミはこんなにいい奴なのにな。
何で顔だけで避けられるんだろうな? ……ん? 顔だけ?
僕はタツミが喧嘩してるところを見たことがない。僕を簡単に担ぎ上げるくらい力が強いことは知ってるけど、周りの噂もあって強いと思い込んでた。もしかして違うのか?
「タツミって喧嘩強いの?」
「分からない」
「何でだよ」
「俺、喧嘩したことないんだ」
「は? マジかよ。顔だけで勝ってるってこと?」
「さぁ、知らない」
そんなことあんのか? 確かにタツミと目が合っただけで背筋が凍りそうになる。もう僕は慣れたけど。
「喧嘩はしないけど鍛えてんのか? 力は強いよな?」
「鍛えてはいないけど、たまに土木のバイトしてるから力はあると思う」
「なるほど」
喧嘩で付けた筋肉じゃねぇのかよ。まさかのバイト? 真面目じゃん。
ん? ということは、タツミは喧嘩もしたことないのに、僕のこと守ろうとしたの?
本当にこいつはムカつく。そしてめちゃくちゃ嬉しいかもしれない。
体の奥からほわほわと謎の気持ちが広がって、顔が熱くなった。何だこの気持ちは?
「週末、うちくる?」
タツミに唐突にそんなことを聞かれてビクッとした。
「え? なんで?」
「休みの日の昼飯、ササどうしてんのか気になってたから」
「ああ、そういうことか」
僕はなんかガッカリしたし、ちょっと腹が立った。だからムッとした顔をしたんだと思う。
「なんか気に障ったか? 休みの日まで詮索してすまん」
「そうじゃない。行く。タツミの飯は美味いし」
「そう言ってもらえると作り甲斐がある」
そうだ。僕はタツミの飯が好きなんだ。別に会いたいから行くわけじゃねぇし。
会いたいってなんだよ。そんなわけねぇじゃん。
「休みの日もササに会えるのは嬉しい」
タツミが急にそんなこと言うから焦った。なんでか急に心臓がドキドキして、緊張している自分がいて意味が分からない。
ヒィッ
何気なくおろしたタツミの手が僕の手に当たって、僕は変な声を出した。
「キ、キョウシツ、モドル」
変なカタコトだけ残して、空の弁当箱をタツミに押し付けると、僕は走って逃げた。
絶対変に思われた。もう何なんだよ。
「ササ、何慌ててんだ? 次の授業移動じゃねぇぞ」
「あ、ああ……」
「どうした? 顔が真っ赤だぞ? 旦那にキスでもされたか?」
「き、キスなんかされてないし! 旦那じゃねぇし!」
キス……
何だこの胸のざわつきとドキドキが止まらない感じは。
イライラとも違うし。熱でも出たか?
この意味不明なドキドキと、少しの息苦しさは次の日も続いた。熱を測ってみたけど平熱だったから、風邪ってわけではないみたいだ。
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