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3.ヒールなのかヒーローなのか

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「タツミ、家に誰もいないのか? 親とか」
「いない。たまに兄貴が帰ってくるが、両親は田舎暮らしをしたいとか言って地方に引っ越したからな」
「そうか」
「ササの親は? 外泊して大丈夫だったか?」
「大丈夫だ。僕が帰宅してないことにも気付いてないだろうな。2人ともほとんど家にいないし、帰っても顔を合わせることもない。もう何ヶ月も見ていない」
「そうなのか。じゃあまた泊まりにこいよ」
「は?」

 抱かれに来いとでも言うのか? ふざけんなよ。僕はまだやられてないと信じたいんだ。お前のものになったつもりはない。グッと拳を握り締めたら、ダサいハート柄のトランクスが目に入った。何度見てもこれはヤバい。こいつどんな趣味してんだよ。

「僕の服は?」
「まだ乾いてない。夜に洗濯したんだがまだ半乾きだ。服を貸そう」
「濡れたままでいい。自分の服で帰る」
「そうか」

 朝食を食べ終わると、僕はタツミが持ってきた半乾きだと言っていた自分の服に着替えた。泥や血がついていたはずの制服のシャツは綺麗になっていたし、本当に洗濯したみたいだ。破れているのは仕方ない。しかしいつだ? 僕がベッドに運ばれた後か?
 服なんか借りたら、返しに来る必要がある。できればもう会いたくはない。多少冷たくても家に帰るまでの辛抱だ。どうせ昨日だって雨に濡れたんだから大したことじゃない。

「送ってくよ」
「1人で帰れる」

 玄関までついて来たタツミを片手で制した。チラッと目が合ったが慌てて逸らす。そんな睨むなよ。
 送るということは、家バレすんじゃねえか。怖すぎんだろ。体は全身が痛いが、帰れないほどじゃない。
 そして僕は最後に、こいつにどうしても確認しなければならないことがある。僕は自分の靴の先を眺めて、ふぅーっと息を吐いて気持ちを落ち着かせると、タツミの顔を見た。

「タツミ、一つだけ確認していいか?」
「何だ?」
「夜……」
「夜?」
「僕のこと、抱いた?」
「は? ササ、お前大丈夫か? 抱いてほしかったのか? もしかして、俺に惚れてんのか?」

 なぜか少し頬を染めながらタツミがそんなこと言うから、僕は戸惑った。抱いてねえのか?
 僕、無事なの? よかった~。だとしたら何のために僕を家に連れてきて風呂に入れて傷の手当てまでして、食事も作って、何が目的だ?

「惚れてないし抱かれたくもないが、僕のこと犯すために家に連れてきたのかと……。目的は何だ?」
「なんだ。惚れてないのか。可愛い子が雨に濡れて怪我をしていたら助けるだろ」
「それだけ?」
「一緒のベッドで寝たりしたから、そんなことを考えたのか。すまん。寝ている時に許可なく触ったりしてないから」
「そ、そうか。タツミ、お前ただのいい奴なの?」
「別にいい奴なんかじゃ……。ササのことは助けたいと思った。ただそれだけだ」
「そっか。ありがとう。じゃあな」

 なんだ。最悪な奴かと思っていたが、タツミはいい奴だったのか。やってないなら早く聞けばよかった。

 一気に気分が上がると、玄関のドアを勢いよく開けた。体は痛いが、僕の心は始まったばかりの夏の青い空のように晴れている。このまま踊り出したいほどにすっきりとした気分だ。

 くっ……歩き始めると途端に骨に響くような痛みが襲いかかってきた。気分は上がっても、痛みはどうにもならないか。今絡まれたらヤバイな。
 自分の中で余計なフラグを立ててしまったところでそれは起きた。

「よぅササ。絶好の喧嘩日和だな。この前の借りはきっちり返してもらうぜ」
「クソッ」

 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべ、血走った目をしていた奴が僕の行手を阻んだ。こんな朝早くからご苦労なこった。早起きなんかして真面目かよ!
 心の中で悪態をついていると、急に闘争本能剥き出しの男の顔から血の気が引いて、オドオドし出した。

「ま、まぁ、喧嘩日和だが、朝はやめておこう」
「は?」

 そう言い残すと男は逃げるように去っていった。何なんだ? 喧嘩しねえのかよ。僕は助かったけどさ。
 相手の意味の分からない行動に、ふと後ろを振り向くと、そこにはタツミが居た。

「なっ! お前、僕のことつけてきたのか?」
「心配、だったから。それに、駅までの道、分からないかと思って」

 もしかしてさっきの奴、タツミの顔見てビビって逃げたのか? 呆れた。こいつこんな何人か人殺したような顔面凶器のくせに、何の見返りもなく僕のこと助けるようなお人好しだぜ?
 しかも心配とか、過保護過ぎんだろ。
 道なんかマップアプリで調べりゃ分かるし。

「じゃあ駅まで送って」
「分かった」

 タツミは隣に並んで歩き出した。体が痛くてゆっくりしか歩けない僕の歩幅に合わせてゆっくり歩いたりなんかして、何を考えているのか分からない。
 会話は無かった。こいつとの共通点なんか無いしな。微妙に気まずいまま、僕は送られることになった。

 
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