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私は奴隷(リヒト視点)
しおりを挟む「お前の次の主人が決まった。出ろ。」
「はい。」
次の主人か・・・。
私はまだ幼い時に攫われた。たぶん。もしかしたら売られたのかもしれない。
幼すぎて記憶がないから分からない。
それからずっと奴隷だ。
暴力は日常茶飯事で、子供の頃から碌な食事をさせてもらえなかったせいか、それともエルフという血筋のせいか、その辺の成人女性より背が低い。鏡で自分の姿を見ても、本当に痩せっぽちでスラムでゴミを漁る子供と大差ない体型が悲しい。そんな自分の姿が大嫌いだった。
殴る蹴るの暴行はどの主人の元へ行ってもだいたい日常的に行われていて、ある程度の年齢になると体を求められるようになった。
大人しく従っていれば、泣いたり暴れたりしなければ、暴力は減ることを知った。
だから私は感情を押し殺した。身を守るためにも、ただ無になって耐えることを覚えた。
痛いのは嫌だ。
夜の相手は目を瞑って大人しく耐えていれば、つまらんと言われて終わる。そして主人の興味はその道のプロに移っていく。
有能であれば、暴力は減る。失敗しなければ、暴力は減る。自分の身を守るために家事を覚えたし、読み書きや計算は、ご主人様のお役に立ちたいと懇願して教えてもらった。夜の相手だけは教えてくれとは言わなかった。
だいたい私の主人は貴族だった。
だからといっていい食事をさせてくれたわけじゃない。私に与えられる食事は残飯で、部屋は掃除用具入れが多かった。与えられる服は1枚。夏でも冬でも白い半袖の膝まであるチュニックだけだった。
前の主人が罪を犯したとかで捕えられて、私は王家に引き取られ城に連れて行かれた。
そこでは牢のような場所に入れられたが、食事はちゃんとあった。
主人が決まったと、牢から出る時に、両手を拘束する鉄の手枷を嵌められ、そこに更に重い鉄の鎖がつけられた。
別にそんなことをしなくても私は逃げたりしないのに。
新しい主人は、兵士だった。私よりかなり背が高く、硬そうな筋肉に包まれた男で、ロードと呼ばれていた。
日に焼けた肌に、ダークグレーの髪は短く、同じくダークグレーの目はどこか虚だった。
この男にあの太い腕で殴られたら、ただじゃ済まないと思うと、背中に嫌な汗が伝っていった。
とにかく逆らわず従順でいよう。
私の手枷に繋がれた鎖は、新しい主人に渡された。
腕が抜けそうに重いが我慢する他ない。
彼は鎖の端を持って長い廊下を歩いていく。
「お前名前はあるのか?」
「リヒトと申します。」
「そうか。何ができる?」
「なんでも。」
「ふーん。ん?お前裸足じゃねーか。」
「はい。」
「靴買ってやるよ。」
「え?よろしいのですか?」
靴なんて履いたのは、子供の頃以来だ。
奴隷になってからは身に付けるのはチュニック1枚で、靴なんて与えられたことは無かった。
靴を買ってくれるって本当なんだろうか?
城を出ると店が建ち並ぶ場所に来た。賑やかな景色にクラクラした。
主人は靴を本当に買ってくれた。
履き方が分からないからどうしようかと思ったら、履かせてくれた。
そして別の店ではフードがついた体を足まですっぽり覆う上着を買って着せてくれた。
それどころか、私の手枷から鎖を引き千切るとその辺に捨て、スタスタと歩いていく。
私は小走りで必死に主人を追った。
郊外まで歩き、家に着くと、主人は部屋のソファーに座った。
「逃げようと思えば逃げられたのに、逃げなかったんだな。」
「私はあなた様の物ですから。」
「ふーん。家事は全部お前がしろ。」
「はい。」
逃げたりしない。逃げれば見つかった時に死ぬほど殴られるし、どうせ逃げてもまた誰かの奴隷になるだけだから。
家事はできる。
家には他に誰もいなかった。主人と2人で暮らしていくことになるんだろうか?
新しい主人の身の回りの世話をするために私はいるのだな。失敗しないように気をつけよう。
この主人を怒らせたら、私の命は無くなるかもしれない。
手枷を外されると、家の中を見て回った。
失敗できないと思うと、緊張して紅茶を出す際に手が震えてカチャカチャと音を立ててしまった。
ソファーで眠っていた主人がその音に気付いてガバッと勢いよく起き上がると、失敗したのかと血の気が引いたが、別に咎められることはなかった。
私に初めて部屋が与えられた。
掃除用具入れではなく、奴隷ではない人が使う部屋だ。ベッドや机も置いてあったが正直どうすればいいのか分からなかった。
だから私は部屋は使わず、昼間は家事をして過ごし、夜は主人の部屋の床で寝た。
寒かったから、邪魔にならないように薄いシーツを被って寝たが、それも咎められることはなかった。
「リヒト、お前の食事はどうした?」
「私はご主人様の残りを後で少し頂きます。」
「は?残り?これからは2人分作って俺と一緒に食卓で食え。」
「よろしいのですか?」
「あぁ。お前は痩せすぎだからもっと食え。」
「はい。」
そんなことを言われたのは初めてだった。
まともな食事を与えてくれるどころか、一緒の食卓につくなど、この主人はよく分からない。
この人は私を殴らないし、怒鳴ったりもしなかった。初めは私のことも警戒しているようだったが、安全だと分かると、たまに一緒の布団に入るよう言われた。
その度に体を求められるのかと緊張したが、ただ私を抱きしめて眠るだけだった。
主人はたまに魘されて汗をかいて起きる。
私も感情を持っていた頃はよくそんなことが起きていたが、無になることを覚えてからはほとんど悪夢を見ることはなくなった。
優しいのかは分からないが、私にとっていい主人であるこの人が苦しむのは見ているのが辛い。
私に対して暴力を振るうことは無いが、何かに取り憑かれたように剣を振るって庭の木や草を薙ぎ倒している姿はとても怖い。
あの激情が私に向けられたらと思うと、怖くて堪らないから、そんな時の主人からは遠く離れて姿を隠して終わるのを待つ。
しばらく暴れたら、いつも通りソファーでゴロゴロする主人に戻る。
だからそんな時の主人はそっとしておくのが1番だと思った。
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