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7.恐怖の朝
しおりを挟む朝になると、僕はまた危機を迎えている。
フィリップ様と一緒のベッドで寝た翌朝、フィリップ様が湯浴みに向かったから、僕はそのままベッドの中で微睡んでいたんだ。
そしたら急に重さと、首に冷たい感触がして、目を開けたら、執事が僕に馬乗りになって、首にナイフを当てていたというわけだ。
「ここで何をしている?」
「寝ていただけです」
「なぜ旦那様のベッドで寝ている? 油断した隙に襲う気だったようだが、私がいるうちは勝手なことはさせない」
「本当にただ寝てるだけです」
早く自分の部屋に戻ればよかった。フィリップ様は少し信じてくれたとしても、この人は僕のことを信じたりしないんだと思う。
「抵抗しないのはなぜだ?」
え? 首にナイフを当てられてるのに抵抗なんてできるの? 下手に動いたらサクッと切れて死んじゃうんじゃないの?
僕は恐怖と闘いながら、戸惑うことしかできなかった。
「もしかして、期待しているのか?」
何を? この状況で何を期待をするっていうの? 死ぬことを期待するわけないし、恐怖しかないよ。
「期待に応じて、私が犯してあげましょうか?」
「や、めて……」
怖くて、かろうじて出た声は掠れて、聞こえないくらい小さな声だった。
嘘だよね?
なんでこんなことに……
執事が持っているナイフが滑って、僕の上衣のボタンが一つずつ飛んでいく。僕が怖がっているのを楽しんでるみたいに、ゆっくりとボタンをナイフで千切っていった。
飛んだボタンのうちの一つは床に落ちて、床板の上をコロコロと転がる音がした。
「テオ、ボタン落ちたぞ」
湯浴みを終えたフィリップ様の声が聞こえた。
「たす、けて……」
僕は大声をあげたつもりだったけど、その声は本当に小さくて、フィリップ様には聞こえないかもしれないと思った。
「どうした? って、ダイス何をやっている! すぐに退け」
フィリップ様は僕の声を聞き取ってくれたらしい。執事が退いて、フィリップ様の顔を見たら、もうダメだった。
涙腺が壊れたみたいに涙が溢れて、鼻水も出てきて、息ができなくなった。体もカタカタと震えてた。
疑われたことはあったけど、殺されそうになったり、犯されそうになったことは初めてだった。怖かったのと、フィリップ様が助けてくれた安心感。
頑張って口で息をしようとして、パクパクと口を動かしていると、フィリップ様が抱き起こして僕を抱きしめて、背中を撫でてくれた。
「ふぃ……よご……」
せっかく湯浴みをしたのに、僕の鼻水がフィリップ様についた。それなのに、フィリップ様は僕を抱きしめたまま、背中を撫でていてくれた。
「旦那様、危険です! そいつを放してください!」
「ダイス、黙れ!」
「しかし!」
「お前は俺のものに手を出した。許されると思うなよ。追って沙汰は出す。部屋から出ていけ。今すぐにだ!」
バタンと音がしたから、きっとさっきの執事は出て行ったんだろう。
このニヶ月、悲しくて辛いことばかりだった。ずっと監視されてるし、何も信じてもらえないし、苦手な剣ばかりやらされて、ナイフを首に当てられて、犯されそうになった。
いつか信じてもらえると、いつか受け入れてもらえると思ってたけど、もう無理だと思った。もう帰りたい。
「テオ、お前、本当は弱いのか?」
「弱いよ。僕は父みたいに強くない」
「そうか。ダイス程度の奴に抵抗できないんだもんな」
「剣なんて得意じゃない。学校の剣技の成績だって真ん中くらいだった」
「そうか」
頭の上から降ってくるフィリップ様の声は、さっき執事に「出ていけ」と言った時の殺気立った声とは全然違って、兄さんみたいに優しくて、だんだん震えは収まっていった。
「フィリップ様は僕のこと怖がらなかったから、それは嬉しかったけど、ずっと疑われるのは辛い。みんなの剣を受けるのも怖い」
「そうか」
「僕はもう帰りたい……」
「帰るな」
僕はもう帰りたかった。白い結婚だし、結婚式もしてない。フィリップ様だって僕のこと気に入らないんだから、今ならまだ引き返せると思ったんだ。それなのにフィリップ様は「帰るな」って言った。
意味が分からない。
その日からフィリップ様は、いつも僕と行動を共にするようになった。そして、一緒のベッドで寝るようになった。
ダイスと呼ばれていた僕を襲った執事は、その後見ていない。
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