2 / 19
2.初対面
しおりを挟む馬車に揺られること十日、やっとベルガー辺境伯の領地に入った。まだ領地に入っただけで、辺境伯が暮らすお屋敷がある領都までは、あと一日はかかる。
こんなに長い時間、馬車に乗るのは初めてだった。
「テオドール様、明日には着きますから、もう少しの辛抱ですよ」
「うん。ありがとう」
御者さんも、護衛騎士のみんなも優しい。僕が小さい頃からずっと仕えている人だから、目が合っても睨んでいるなんて言われない。知ってる人と離れてしまうのは寂しいな。
領都は隣国プロスペ帝国との国境から一番近い街だった。僕は国外に出たことがないし、この道を更に進んだら国を出るということが信じられなかった。
「すごい」
もう僕の口からは、そんな簡単な言葉しか出てこなかった。
石を積み上げて作った防壁も立派だったし、そのお屋敷は、お屋敷というより要塞と呼ぶような風貌で、鮮やかな屋根や旗はない。一番高い塔の上に、辺境伯家の家紋が描かれた旗が一枚だけ風に揺れていた。
僕の家よりかなり大きい。僕の家は男爵だから、辺境伯家に比べたら小さいのは仕方ないんだけど。
ここは王城にも匹敵するほどの大きさに見えた。ただ、真っ白で綺麗な王城とは違って冷たく黒い石で、頑丈に作ってあるお屋敷だった。
お屋敷の周りは深い堀があって、はね橋が渡してある。
これからここが僕の家になるのか。
御者さんが門番に手紙を見せると、少し緊張しながら僕は、そのはね橋を通り抜けて敷地に進んでいった。
迎えが無くて、僕は馬車から降りたものの、どうしたらいいのか分からずにいると、遠くの方から男が数人走ってきた。騎士と執事だろうか?
「テオドール様ですか?」
騎士に囲まれたと思ったら、彼らはみんな剣に手を添えている。うちの護衛騎士も剣に手を添えて、なぜかこんなところで一触即発という状況になった。
「テオドールは僕です。みんな、僕は大丈夫だから、剣から手を離して」
僕はここに嫁いできたのであって、喧嘩をしにきたわけじゃない。
辺境伯の騎士たちが剣に手を添えたのは、僕の顔のせいかもしれないと思うと、なんともいたたまれない気持ちになる。
笑ってみるか? いや、それはダメだ。余計に怪しまれる。先日の鏡に映った自分の酷い笑顔を思い出して、愛想を振り撒くことは諦めた。
「僕は争いに来たわけではありません。嫁いできたのです。これからよろしくお願いします」
嫁いできた時の挨拶ってこんなんでいいのか? 嫁いだことがないから分からなかった。顔合わせもしていないから、こんなことになったのかもしれない。
できれば、穏やかに過ごしたいな。
案内する気になった騎士たちに付いていくと、玄関を通り抜けて広間に通された。
「テオドール様はこちらでお待ちください」
そう言われて僕は立ったまましばらく待っていた。その間に僕が持ってきた荷物は、騎士たちが部屋に運んでくれるらしい。
「お前がテオドールか」
そう声がして振り向くと、冷たい目をした男が僕を見下ろすように立っていた。僕もそこそこ背が高いんだけど、この男は更に背が高い。この人が辺境伯? 僕の夫なんだろうか? 父が武勇に優れていると言っていただけあって、背は高いし腕も太く、胸も胸筋で盛り上がっている。
「はい。僕がテオドールです」
「俺はフィリップだ。何を企んでいるのかは知らんが、俺の領地で勝手なことをすれば容赦はしない」
「心得ています。僕はベルガー家に嫁いだので、この家の不利益になるようなことはしません」
「ふーん、まあいい。監視はさせてもらう」
監視……
これも顔合わせなどをしていないからか? そこまで信用が無いのは、やはり僕のこの顔のせいだろうか? フィリップ様の言葉で一気に不安になった。
「ついてこい」
僕はフィリップ様に続いて広間を出た。
「おい、後ろを歩くな。隣を歩け」
「はい」
「残念だったな。俺の背後を取れなくて。忍ばせていた暗器で刺す計画だったんだろう?」
フィリップ様はニヤリと、僕に不敵に笑って見せたけど、僕は暗器なんて持ってないし、刺そうと考えたこともない。
「そんなことしません。暗器など持っていません」
睨まれているみたいで怖いとはよく言われるけど、人を刺しそうだと思われていたなんて……
フィリップ様は僕を見ても怖がる様子は無かったけど、警戒はしているみたいだ。
たまにピリピリとした殺気を飛ばしてくるのは、僕に敵意を持っているから? それとも挑発してる?
僕は殺気に関しては結構平気だ。なぜなら、ちょっと不満があるだけで殺気をだだ漏れさせるような父が家にいたから。
小さい頃はいつも怯えていた気がする。そんな時はいつも母や兄が守ってくれた。母や兄がもう側にいないと思うと少し心細い。
1,190
お気に入りに追加
1,208
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる