25 / 34
二章
25.遥希の知らないところで(舎弟視点)
しおりを挟む「若、なんかあったんすか?」
「若って言うんじゃねえ! 外では兄貴と呼べ!」
不機嫌を隠すことなく兄貴は怒鳴った。
「なんか兄貴機嫌悪いっすね」
兄貴の運転手をしている羽島さんにこそこそと話しかけてみる。
「あー、兄さんの周りに変な影を見たとか言ってました」
「それでか。なるほど」
兄さんというのは、兄貴の番で虫も殺せないくらい優しそうな大学生で、名前は遥希という。
組にはいないタイプで、αだけあって頭の回転は早いし容姿も整っている。何より飯が美味い。
初めて連れてきたのは、いつか忘れたが兄貴が突然連れてきてすぐに帰した時だった。
周りの奴も、あいつ誰だ? 何者だ? と首を傾げていた。片倉さんの指示で軽く調べると、何のことはない普通の大学生で、俺らのような裏社会との繋がりは全く無いし、ますます謎は深まるばかりだった。
だが兄貴が発情期が近付くとそわそわしていることがあって、とうとうパートナーを見つけたのかもしれないと、組のみんなの中では噂になっていた。
兄貴はΩだということを隠していたが、みんなは知っていた。発情期になると家を出てホテルに篭っていることもみんな知っていた。
言いたくないのだろうと、みんな知らないふりをしていたし詮索もしなかった。
しかし分からないのは発情期でない時の兄貴には全く色恋の感じがないんだ。相手とデートどころか連絡を取っている様子もない。だから気のせいなのか? とも言われていた。
しかし、発情期がくるといつものホテルではなく、兄さんの元に通っていることが確認できた。恋人という関係ではないのか?
ニ人にはニ人の関係があるんだろうと、知らないふりをしていたが、兄貴を勝手にライバルと思い込んでいる、分家の杉田とかいう奴が余計なことをした時から兄貴はおかしくなった。
憂いの表情を浮かべて、ボーッとしていることが増えた。
兄貴の指示で兄さんの周りを見張っていたから、発情期に兄さんの元に行かなかったことが分かった。「兄貴がいつも発情期の時に利用していたホテルに向かった」と連絡が来たことで、2人が別れたのだと予想できた。だからあの憂いの表情だったのか。
しかし発情期にも関わらず兄貴は夜になるとホテルを出た。
危なくないのかとハラハラしながら見守っていたが、兄さんが家を出て走っていると連絡があって、俺らはニ人の動向を見守っていた。
変な男が兄貴を襲おうとしたが、兄貴のことだ、そんな貧弱な奴に負けるわけがないと思って見ていると、兄さんが来て、
「俺のもんに手え出すんじゃねえ!」
と知らない男を殴りつけて、兄貴を担いでアパートに帰っていった。
痺れるほど格好よくて、兄貴の次に好きになった。
何で兄貴が担がれているのかと不思議だったが、後で聞いたら発情期は普段の兄貴のように喧嘩したりできず、力も入らないしフラフラなんだとか。じゃああの時に兄さんが来なかったら兄貴はヤバかったのか?
見ず知らずの適当な奴に兄貴が犯されるところなど見たくはない。危なかった。
兄さんは優しそうというか、実際に優しいんだが、兄貴のピンチに颯爽と現れて兄貴を救い出すという気概もある男だ。
「兄さんと喧嘩したって話聞いたぞ」
「え? あのニ人仲良しなんじゃないんすか? 喧嘩なんてするんすか?」
「さー、兄さんも何も言わないから分かんねーっす」
ニ人が喧嘩するなど想像できない。
兄貴が兄さんに声を荒げるなど考えられないし、その逆も。兄さんは元々が温厚だから些細なことで怒るとも考えられない。
「あのニ人いつ結婚するんすかね? もう番になってるって言ってませんでした?」
「兄さんが学校卒業してからじゃねーか?」
「あーなるほど」
「もしくは親父と交渉中?」
兄さんは店を出すから、会社勤めではないし組と関わりがあっても問題ないと思うが、カタギの婿をもらうのを組長がどう考えるかは分からない。
「ところで兄貴どこ行ったんすか?」
「え? お前聞いてるんじゃねーの?」
「知らないっす」
「兄貴が一人で出掛けるってことは……」
「不味いな」
「探しに行くか」
手分けして兄貴を探しに行くと、髪を振り乱しながら暴れる兄貴を見つけた。
単身で乗り込んだということは、きっとイライラが募って暴れたかったんだろう。
「兄貴、もういいでしょ? 帰りますよ」
「分かった」
やけに素直なのは、家に帰らないと兄さんが心配するからだろう。なんだ、やっぱりニ人はラブラブなのか。
「あーあ、こんなにボコボコにしちゃって……」
呆れた様子でタクが言った。確かに相手は人相が分からなくなるほど酷い有様だ。一人ではなく何人もが床に転がっているし、やっぱり兄貴は強いな。しかし兄貴にも血がついているのが気になった。
「血、刃物で抵抗されましたか?」
「いや、俺のじゃない。返り血だ」
念のため聞いてみたが、やっぱり兄貴は怪我などしていなかった。
「兄貴がすいませんね。まーやりすぎっちゃ、やりすぎですが、心当たりあるなら気を付けてくださいね。余計なことすると、この程度で済まないかもしれないんで」
「わ、分かった」
まだ動ける床に転がっている男にタクが声をかけると、怯えたような目で兄貴を見て、震える声で了承を口にした。
こいつらが兄さんの周りを彷徨いた奴か?
彷徨いただけでこんな目に遭うなら、もうしないだろう。
それで兄貴はなんでそんなにイライラしてるんだ?
別の日にも違う事務所を襲った兄貴を回収した。
家では大人しいし、兄貴と兄さんの間に不穏な空気はないように感じる。何なんだ? 何にそんなにイライラしてるんだ?
兄さんに言うか迷うな。たぶん兄さんは兄貴が外で暴れていることを知らない。言ったら兄貴に怒られそうだが、この兄貴の暴走を止められるのは兄さんだけだと思うんだ。
そんなことを思いながら過ごしていると、兄貴が発情期に入って、「遥希を呼んでくれ」と弱々しい声で言って部屋に篭ってしまった。
もしや発情期の前というのはイライラしたりするものなのか? とも思ったが、今までを振り返ってもそんなことは無かったから、俺たちは首を傾げた。
46
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
既成事実さえあれば大丈夫
ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる