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二章

25.遥希の知らないところで(舎弟視点)

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「若、なんかあったんすか?」
「若って言うんじゃねえ! 外では兄貴と呼べ!」
 不機嫌を隠すことなく兄貴は怒鳴った。

「なんか兄貴機嫌悪いっすね」
 兄貴の運転手をしている羽島さんにこそこそと話しかけてみる。
「あー、兄さんの周りに変な影を見たとか言ってました」
「それでか。なるほど」

 兄さんというのは、兄貴の番で虫も殺せないくらい優しそうな大学生で、名前は遥希という。
 組にはいないタイプで、αだけあって頭の回転は早いし容姿も整っている。何より飯が美味い。

 初めて連れてきたのは、いつか忘れたが兄貴が突然連れてきてすぐに帰した時だった。
 周りの奴も、あいつ誰だ? 何者だ? と首を傾げていた。片倉さんの指示で軽く調べると、何のことはない普通の大学生で、俺らのような裏社会との繋がりは全く無いし、ますます謎は深まるばかりだった。

 だが兄貴が発情期が近付くとそわそわしていることがあって、とうとうパートナーを見つけたのかもしれないと、組のみんなの中では噂になっていた。

 兄貴はΩだということを隠していたが、みんなは知っていた。発情期になると家を出てホテルに篭っていることもみんな知っていた。
 言いたくないのだろうと、みんな知らないふりをしていたし詮索もしなかった。

 しかし分からないのは発情期でない時の兄貴には全く色恋の感じがないんだ。相手とデートどころか連絡を取っている様子もない。だから気のせいなのか? とも言われていた。

 しかし、発情期がくるといつものホテルではなく、兄さんの元に通っていることが確認できた。恋人という関係ではないのか?

 ニ人にはニ人の関係があるんだろうと、知らないふりをしていたが、兄貴を勝手にライバルと思い込んでいる、分家の杉田とかいう奴が余計なことをした時から兄貴はおかしくなった。

 憂いの表情を浮かべて、ボーッとしていることが増えた。
 兄貴の指示で兄さんの周りを見張っていたから、発情期に兄さんの元に行かなかったことが分かった。「兄貴がいつも発情期の時に利用していたホテルに向かった」と連絡が来たことで、2人が別れたのだと予想できた。だからあの憂いの表情だったのか。

 しかし発情期にも関わらず兄貴は夜になるとホテルを出た。
 危なくないのかとハラハラしながら見守っていたが、兄さんが家を出て走っていると連絡があって、俺らはニ人の動向を見守っていた。

 変な男が兄貴を襲おうとしたが、兄貴のことだ、そんな貧弱な奴に負けるわけがないと思って見ていると、兄さんが来て、
「俺のもんに手え出すんじゃねえ!」
 と知らない男を殴りつけて、兄貴を担いでアパートに帰っていった。
 痺れるほど格好よくて、兄貴の次に好きになった。

 何で兄貴が担がれているのかと不思議だったが、後で聞いたら発情期は普段の兄貴のように喧嘩したりできず、力も入らないしフラフラなんだとか。じゃああの時に兄さんが来なかったら兄貴はヤバかったのか?
 見ず知らずの適当な奴に兄貴が犯されるところなど見たくはない。危なかった。

 兄さんは優しそうというか、実際に優しいんだが、兄貴のピンチに颯爽と現れて兄貴を救い出すという気概もある男だ。


「兄さんと喧嘩したって話聞いたぞ」
「え? あのニ人仲良しなんじゃないんすか? 喧嘩なんてするんすか?」
「さー、兄さんも何も言わないから分かんねーっす」

 ニ人が喧嘩するなど想像できない。
 兄貴が兄さんに声を荒げるなど考えられないし、その逆も。兄さんは元々が温厚だから些細なことで怒るとも考えられない。

「あのニ人いつ結婚するんすかね? もう番になってるって言ってませんでした?」
「兄さんが学校卒業してからじゃねーか?」
「あーなるほど」
「もしくは親父と交渉中?」

 兄さんは店を出すから、会社勤めではないし組と関わりがあっても問題ないと思うが、カタギの婿をもらうのを組長がどう考えるかは分からない。

「ところで兄貴どこ行ったんすか?」
「え? お前聞いてるんじゃねーの?」
「知らないっす」
「兄貴が一人で出掛けるってことは……」
「不味いな」
「探しに行くか」

 手分けして兄貴を探しに行くと、髪を振り乱しながら暴れる兄貴を見つけた。
 単身で乗り込んだということは、きっとイライラが募って暴れたかったんだろう。

「兄貴、もういいでしょ? 帰りますよ」
「分かった」

 やけに素直なのは、家に帰らないと兄さんが心配するからだろう。なんだ、やっぱりニ人はラブラブなのか。

「あーあ、こんなにボコボコにしちゃって……」
 呆れた様子でタクが言った。確かに相手は人相が分からなくなるほど酷い有様だ。一人ではなく何人もが床に転がっているし、やっぱり兄貴は強いな。しかし兄貴にも血がついているのが気になった。

「血、刃物で抵抗されましたか?」
「いや、俺のじゃない。返り血だ」
 念のため聞いてみたが、やっぱり兄貴は怪我などしていなかった。

「兄貴がすいませんね。まーやりすぎっちゃ、やりすぎですが、心当たりあるなら気を付けてくださいね。余計なことすると、この程度で済まないかもしれないんで」
「わ、分かった」

 まだ動ける床に転がっている男にタクが声をかけると、怯えたような目で兄貴を見て、震える声で了承を口にした。
 こいつらが兄さんの周りを彷徨いた奴か?
 彷徨いただけでこんな目に遭うなら、もうしないだろう。

 それで兄貴はなんでそんなにイライラしてるんだ?

 別の日にも違う事務所を襲った兄貴を回収した。
 家では大人しいし、兄貴と兄さんの間に不穏な空気はないように感じる。何なんだ? 何にそんなにイライラしてるんだ?

 兄さんに言うか迷うな。たぶん兄さんは兄貴が外で暴れていることを知らない。言ったら兄貴に怒られそうだが、この兄貴の暴走を止められるのは兄さんだけだと思うんだ。

 そんなことを思いながら過ごしていると、兄貴が発情期に入って、「遥希を呼んでくれ」と弱々しい声で言って部屋に篭ってしまった。

 もしや発情期の前というのはイライラしたりするものなのか? とも思ったが、今までを振り返ってもそんなことは無かったから、俺たちは首を傾げた。

 
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