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二章

24.揺るがない一番

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 残暑と呼ぶには秋が深まりすぎているが、十一月に入ってもまだ日差しは強い。今年は暖冬なんだろうか?

「よお、田村久しぶりだな」
 久々に学校に行くと、同じゼミの鈴井に会った。
「また疲れてんのか?」
「あー、今日は寝不足なだけだ」
「卒論か? 教授厳しいよな。俺もさっきまたダメ出しされた」

 卒論も悩みの種ではあるが、今日の寝不足は違う。昨日はバイトだったのに、帰ってから政宗さんを明け方まで甘やかしていたからだ。
 昨日の政宗さんも可愛かったな。
 疲れていても政宗さんに可愛く甘えられたら抗うなんて無理だ。そして俺より体力のある政宗さんは、今日も早朝から元気に仕事に出かけた。

 出かける前に夢と現実の狭間をゆらゆらと揺蕩っている俺に、何度も濃厚なキスをして「離れるの寂しいな」なんて言われたら、布団の中に引き摺り込みたくなる。
 それを堪えて政宗さんをベッドの中から見送った。
 ベッドから出ようとする俺に「遥希はまだ寝てて」と言って髪を撫でられると、甘やかすつもりが甘やかされているみたいで、こんな日もいいなって幸せな気持ちのまま二度寝をしたんだ。

 今思い返しても幸せな朝だった。そんな風に自分の世界に入っていると、鈴井と話していたことを思い出してやっと現実に戻ってきた。

「田村ってさ、前に好きな奴いるって言ってたじゃん? 上手くいったの?」
「まあな」
「そっかー、よかったな」
「鈴井はどうなんだ?」
「んー俺は今はフリーだな。田村がフリーなら誘おうと思ったけどダメかー」
「ダメだ。俺には手出すなよ? たぶん危ない」
「危ない? なんだよそれ、まあ俺は社会人になってから探すわ」

 前に俺が朝帰りしたとき、夜襲がどうのとか言ってたからな。俺の番は普通ではないんだ。
 カタギには手を出さないと思うが、俺に手を出す奴がいたら分からない。

「それがいいと思う」
「それはそうとさ、田村って就職しねーの?」
「しない」
「へー、地元に帰って家業継ぐとか?」
「いや、地元には帰らない。店を出す予定だ。そのうちな」

 地元か。それは無い。地元にはもう二度と帰る予定はないし、俺の居場所なんかない。みんな俺をαだと色眼鏡で見るだけだ。それに比べたら組の人の方がよっぽどいい。
 政宗さんの番だから敬意は払ってくれるが、αだからという目で見ないし、期待を押し付けられたりもしなければ、変に下手に出てきたりもしない。普通に接してくれる。

「そうなの? 何屋?」
「料理屋」
「そうなんだ。開店したら行きたい」
「別にいいが、まだ開店がいつになるかは分からない」
「そっか。連絡先は交換してもらえないんだよな?」

 そういえば俺は鈴井に、好きな男がいるから交換できないと断ったんだった。
 あの時は一番知りたい政宗さんの連絡先を知ることができないのに、何でこんなよく知りもしない奴と連絡先を交換しなければならないのかと、半分八つ当たりのように断ったんだった。
 今は政宗さんとは番になったし一緒に住んでるし幸せだから、連絡先くらい交換してもいいかとも思っている。

「別にいいぞ。その代わり俺は相手がいるから色恋は抜きだ」
「分かってるって。田村の相手そんなに嫉妬深いの?」
「んー、どうだろう? 嫉妬されたことは無いが、朝帰りしたら周りの人を巻き込んで捜索されたことはある」
「マジか。心配性なんだな」
「そうかもな」

 嫉妬か。俺は馬鹿みたいに妄想で嫉妬したが、政宗さんは大人だから嫉妬なんかはしないんだろう。俺もまだまだ子どもということか……

「分かった。田村とは単なる友達ってことで狙ったりしないから安心して。他にも田村狙ってた後輩が何人かいた気がするけど、田村にはラブラブな相手がいるって言っといてやるよ」
「ラブラブって、そこまで言わなくていいが、止めはしない」
「ははは、止めはしないって、じゃあ言っておく」
「分かった」

 鈴井はやっぱり俺がαだと知らずに俺に接しているんだよな? その「後輩が俺を狙ってる」ってのは初耳だが、鈴井の冗談だろうか?

「あれ~? 田村先輩と鈴井先輩、珍しいですね」
 後輩の女の子が俺たちを見つけて駆け寄ってきた。顔は見たことがあるから同じゼミなのかもしれないが、正直名前も思い出せない。それくらい薄い関係だ。

「俺も田村ももうあと卒論出すだけだからな」
「そっか~、じゃあ先輩たち暇なんですね。この後一緒に遊びませんか?」
「俺はいいけど、田村はどうする?」
「俺は忙しいから帰る」

 店のこともあるし、卒論も仕上げなければいけない。夕飯の仕込みもある。帰りに中島さんにスーパーに寄ってもらうか。

「え~? 田村先輩もたまには一緒に行きましょうよ。あたし田村先輩のこといいなって思ってたんですよ」
 猫撫で声のような声を出すこの女の目、俺の嫌いな目だ。俺に媚を売る目。この女は俺がαだとは知らないかもしれないが、一気に気分が下がる。

「三宅ちゃん田村はラブラブな相手がいるからやめときなよー」
 俺の気分が下がったのを察したのか鈴井が助けてくれようとしたが、この女は馬鹿だった。

「きっとあたしのが田村先輩とお似合いだと思う。あたしにしませんか?」
 その言葉にスッと感情が消えた。
「悪いが、お前みたいな女が一番嫌いだ。もう二度と俺の前に現れるな。気分が悪い、俺は帰る。じゃあな鈴井」
「お、おう」

 俺は席を立ってその場を後にした。
 久々にあの目を見た。家を出てからは、あまり人と関わらないようにしていたし、大学には申告しているが、αであることも隠してきた。
 政宗さんと出会って、政宗さんを助けられたのも政宗さんと番になれたのも、俺がαだからなんだが、政宗さんが俺に求めるのは、αの高いとされる能力でも金でもなく、愛情だけなんだ。
 なぜなら政宗さんはもう既に金も高い能力も自分で持っているから。

 αの能力に過度な期待を込めて、玉の輿とか金とかを求めてくるようなΩなら、一度くらい家に泊めたとしても、すぐに家に送り返すか適当なホテルに送ってサヨナラだったと思う。
 可愛かったのもあるが、やっぱりその私利私欲が透けて見えなかったところが一番初めに惹かれた理由かもしれない。

 過去の嫌な感情も出てきてしまったが、政宗さんを選んだのは間違いじゃないし、やっぱり政宗さんが一番だと再認識した出来事だった。どう考えてもあの女より政宗さんのが可愛いしな。

 あとで鈴井から「調子に乗ってるあの子にはいい薬になったっぽい」なんてメッセージが送られてきたが、既読スルーした。

「遥希、どうした? 悩み?」
「何でもない。寝不足でボーッとしてただけです」
「そっか。今日は早く寝よ」

 周りの目が嫌で家を出た過去を思い出して気分を悪くしたなんて、ダサすぎて政宗さんには言えない。
 政宗さんは何も聞かなかった。きっとここは色んな事情を抱えた奴が多くいるからだろう。

 
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