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二章

19.組み上がっていく未来

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 田舎の一般家庭で育った俺が、このような場所にいることがいまだに信じられない。これは夢かもしれないない、などと思いながらボーッとしていると、目の前にはいつの間にか食事が用意されていた。昼間から酒が用意され、周りは宴会騒ぎになっていく。
 容姿は異なれど、大学の飲みサーの集まりみたいだ。
 確かに見た目は怖いが、ノリは大学生の飲み会と変わらないように見える。
 ここにいる全員が初対面のようなものなのに、政宗さんのところだけでなく俺のところにも興味津々という感じで寄ってきた。

「『俺のもんに手え出すんじゃねえ!』って格好よかったっす! 兄さん!」
 見た目に反してとても軽い口調で、なんならちょっと馴れ馴れしいくらいの距離感でそんなことを言われた。
 何を言っているのかと思い、思わず「へ?」と間の抜けたような返答をしてしまった。

「お前言うなよ。兄貴にバレたら怒られるぞ?」
「Ωってこと明かしてくれたんで時効っすよ」
「知らねーぞ?」
 なんの話をしているのかと思ったが、そのセリフには聞き覚えが……いや、言った覚えがある。蘇る記憶、あの日からそれほど日にちは経っていない。政宗さんと添い遂げると決めた日、気分が昂って俺が口走ったセリフだ。
 嘘だろ? まさか見られてたのか? 恥ずかしすぎる。今思い出すと格好つけすぎだろ俺。しかも兄さんって、この人俺より年上だろ?

「兄さんが兄貴を守ったのは、ここにいる全員が知ってるっす。ムービー見て感動してたし。だからみんな兄さんのこと好きっすよ」

 全員……? それより聞き逃せない単語が含まれていたんだが……
 ムービー? 見られていたどころか撮影されてたのか? 完全なる黒歴史……
 どんどん顔に熱が集まっていくのを感じて、俺は俯いて両手で顔を覆った。

「お前ら遥希に何した?」
 地獄の底から閻魔様が話してるような恐ろしい声が聞こえて顔を上げると、政宗さんが鬼の形相で周りの人を睨んでいた。
 いつもの可愛い政宗さんじゃない……
 これが『若』や『兄貴』と呼ばれている時の政宗さんなんだ。

「いやー、その……」
 あたふたと手を上下させながら男は焦っている。男が政宗さんを助ける時の様子をムービーで撮っていたという話をすると、政宗さんは「今すぐ俺にも送れ」と男に詰め寄った。
 は? そこは「今すぐ消せ」じゃないのか?
 俺は今すぐにスマホの中からも、みんなの記憶の中からも消してほしいのに。
 怖い顔の男たちが大盛り上がりする姿に、消してほしいとは言えず、ただ俯いているしかなかった。

 その後、俺はあれよあれよという間にこの大きな日本家屋に引っ越しをさせられて、バイトにも組の人が付き添って送迎され、夏休みが終わると大学へも送迎されることになった。
 この共同生活のような暮らしを同棲と呼んでいいのか分からないが、すぐに一緒に住むなどとは考えてなかった。この急展開にただただ驚いているが、嫌じゃない。
 嫌なわけがない。三ヶ月に一度、発情期という期間限定でしか会えない関係だったのが、急に毎日一緒にいられることになった。隣には政宗さんがいて、明日も明後日も隣に居られるんだ。

 大学は4年の後期なんかはそんなに講義もなく大学よりバイトの方が多い。話をするのは政宗さんより、送迎してくれる中島さんの方が多い日もあるくらいだ。

 政宗さんは「バイトなんかしなくても、店の一軒や二軒、俺が買ってやる」と言ったけど、それでは俺の気が済まなかった。家にも住まわせてもらっているのに店まで買ってもらうなど頼りすぎだ。俺はバイトを続けた。
 政宗さんの好意を受け取りたくないわけではない。政宗さんの隣に堂々と立てる自分でいたいからだ。

「遥希さん、この物件なんてどうですか?」
「こんないいところ買えませんって」
「ここは若の持ちものなんでタダで借りれますよ。嫌なら安値で買い取ればいいんです。なかなか設備もいいですよ」
 俺が料理屋を出したいと考えていることは、政宗さん以下のみんなに知れている。細い眼鏡をかけた、政宗さんの右腕的な片倉さんにいくつか物件を勧められて、その資料を眺めていた。

 ん? この人の名前、片倉とか言った?
 マジか。片倉だよな? 偶然?
 初めて会った日は、その場の空気に圧倒されて気付かなかったし、ずっとそんなこと気にも留めていなかったけど、伊達政宗の右腕と言えば片倉小十郎だよな?
 政宗さんの右腕が片倉さんなんて偶然、できすぎている。

「片倉さん、でしたよね?」
「ええ、それが何か?」
「政宗さんの側近が片倉さんなんですね」
「ええ、まあそうですね」

 凄い。政宗さんの側近が片倉さんなんて奇跡だ。
 俺はそれだけで少しテンションが上がった。

「この物件とかいかがですか? 綺麗ですよ。見に行ってみますか?」
 こんないい立地のおしゃれな店なんて気にならないわけないけど、こんなところは買えないだろ。
 でもちょっと見てみたい。先ほど上がったテンションのまま、思わず「見てみるだけなら」と言ってしまった。
「ではさっそく行きましょう」
「え? 今からですか?」
 すぐに車が用意されて、断るタイミングを失ったまま運ばれていった。
 案内された店は入り口は狭いけど、中に入るとカウンターは一枚板で作られていて、顔が映るほど綺麗に磨かれていた。
 座敷の欄間というんだったか? 襖と天上の間の部分にとても繊細な彫刻がしてあったり、襖も取手の部分、引手と言うらしいそこには虹色の何かが埋め込まれていたり、完全予約制の高級店という感じだ。

 俺はこんなTシャツやパーカーでは入れないような高級店ではなく、もっと気軽に立ち寄れる店がいい。

「もっと下町で、気軽に入れる店がいいです」
「そうですか。ちょっと狭いですが、一軒思い当たる店があります。そんなに離れてないんで行ってみますか?」
 片倉さんは眼鏡の奥の目がちょっと怖い。俺は断れなくて「はい」と答えてしまった。嫌なわけではないし、断ったとしても殴られたり文句を言われたりすることはないと思うが、圧に怯んでしまいそうになる自分がいる。

 次に案内された店は、座敷がニテーブル、普通のテーブルが三つにカウンターも五席ほどのこぢんまりした店だった。
 中に入った瞬間に胸が高鳴った。想像できてしまったんだ。ここで自分が店を出す姿が。

 畳は日に当たりすぎて色褪せているし、椅子はぐらついている。壁紙も一部剥がれているし、キッチンに至ってはかなり使い込まれて油汚れも酷いんだが、この店だと思った。

「片倉さん、ここ、いくらですか?」
「こんなところはタダでいいんじゃないですか? これも先日、若の持ちものになったところです」

 タダは無理だけど、帰ったら政宗さんに聞いてみよう。ここがダメでも自分が持ちたい店のイメージが具体的にできた。それを軸に進めていけばいい。自分の理想とする形が固まった瞬間だった。どこか輪郭が曖昧だった夢の形が、次々と頭の中で組み上がっていく。
 このことは政宗さんに一番最初に知らせたいと思った。初めて夢を語り、応援すると言ってくれた彼に伝えたくてたまらない。早く帰ろう。

 
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