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一章
10.夏の日
しおりを挟む「田村くん、何かいいことあった?」
バイト中に皿を片していると、大将にそんなことを聞かれた。
「え? 俺、そんなに浮かれてました?」
「浮かれてるってほどじゃないけど、いつもよりニコニコしてるかなって」
「友達が俺の料理を褒めてくれたんです」
友達? 友達ではないけど、他に俺たちの関係を表すに適当な名前が浮かばなかった。名前のない関係。連絡先も知らないし、セフレよりももっと割り切った関係だけど、どこか心を許しているような部分もあって、なんと表していいのか迷った。
信長と利家の関係? いや、それだと主君と家臣になってしまう。それはおかしいな。
政略結婚した何番目かの妻と殿の関係か? 世継ぎを作るためだけの関係。自分からは望めず、愛もなく、殿の渡を待つのだとしたら、当たらずとも遠からずか?
そんな馬鹿なことを考えながら過ごしていたが、発情期というものには終わりがくる。
「遥希、最後にキスしたい」
「はい」
俺より小さい政宗さんが爪先立ちするの、本当に可愛い。
キスだけじゃなくてギュッと抱きしめる。
「もう一回して?」
「はい」
何度ももう一回、もう一回とキスを繰り返して抱きしめた。政宗さんにも少しは名残惜しい気持ちがあると思っていいのか?
「ごめん、キリないよね。遥希、ありがと。また三ヶ月頑張れそうだよ。じゃあまたね」
「はい。また」
三ヶ月頑張れそうってことは、また三ヶ月後に来てくれるということなんだろうか?
「また」なんて言い合うのに、次の約束はしない。
いつも通り期待はしないでおく。でも、わずかな希望を捨てたくもない。
政宗さんが帰ってしまうと俺は、大学の勉強はそこそこに、料理の腕を磨くこととメニュー開発に力を入れた。
政宗さんってなんの仕事してるんだろう?
仕事のことは話したがらないから、話したくないのかもしれない。
専門的な話とかされても分からないだろうし別にいいんだけど。
でもまあ、発情期にちゃんと休暇を取れるんだから、大手のクリーンな会社なんだろう。もしくはフリーランスとか?
夏休みはバイトを多く入れた。学生の俺にとっては稼ぎどきだから。
念のため、もしかしたらという淡い期待を込めてお盆の前後だけは休みにしてもらった。
これで政宗さんが来なかったら寂しいけど、その時はその時で料理の勉強に明け暮れよう。
ピンポーン
政宗さんは来てくれた。
前回、我慢しすぎだと、フェロモン撒き散らして歩くのは危ないと言ったからか、切羽詰まった様子ではなく普通に訪ねてきた。
「遥希、またお世話になってもいい?」
「いいですよ。どうぞ」
この人は真夏でも長袖なんだな。長袖のパーカーを着て暑そうな様子だったけど、少し腕を捲るくらいで脱ぐ様子はない。そんなに上半身を見せたくないのか。
「あ、これ今回の分な」
また政宗さんはポケットから半分に折り畳まれた万札の束を出した。その量は財布に入れようと思うとかなり大きい財布でないと入らないかもしれない。しかしそのままポケットに入れるなんて、危なくないんだろうか?
「また増えてません?」
「俺の気持ちだから受け取って。返却禁止ね」
「そんな増やさないでください。これ以上増やすなら受け取りませんからね」
「分かった」
分かってなさそうな満遍の笑みだ。可愛いけど、ちゃんと約束は守ってくださいね。
「夕飯食べますか? これから作るんですけど」
「うん。食べたい」
「今日は買い物行ってないので有り合わせのものですがいいですか?」
「いいよ」
ツナと生姜の炊き込みご飯を炊飯器にセットして、暑いから冷しゃぶサラダだな。
ご飯が炊けてからでいいか。
「ご飯が炊けるまで四十分くらいかかりますが大丈夫ですか? お腹空いてます?」
「大丈夫。それより……」
「それより?」
パーカーの裾を握って少し頬を染めるから、思わず期待しそうになる。
「遥希としたい」
「いいですよ。政宗さん暑そうだからエアコンの設定温度下げますね。寒かったら言ってください」
「うん。ありがと」
「あぁ……はるき……キス、いっぱいしたい」
「いいですよ」
政宗さんはキスが本当に好きだ。いつもいっぱいしたいと唇に吸い付いてくる。それがたまらなく可愛い。
「気持ちいいですか?」
「ん……気持ちいい……あ、だめ……」
発情期でない時の政宗さんが見たくて、知りたくて、政宗さんの好きなところを優しく指で攻めた。
俺の腕を必死に掴んでくるから、指を絡めて手を握ってあげると、ギュッと握り返す時に潤んだ目で見つめられた。その目に今は俺だけを映してください。
「挿れていいですか?」
「いいよ、きて……あぁ……」
フェロモンに当てられていない時はヤバイ。
本当に政宗さんは俺のこと好きなんじゃないかと思えてくる。クリーンな頭で、なるべく冷静に見つめるんだけど、発情期とあんまり変わらない。
違うところは、早く挿れてと言わないところと、もっともっとと煽ってこないところだろうか?
相変わらず可愛いし、ちゃんと感じてくれているみたいだ。
「はるき……ごめん……」
ごめん? それは何に対しての謝罪だ?
そう思っていたら一気にフェロモンの香りが強くなった。
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