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一章

6.お金の価値

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 ピンポーン、コンコンコン

 夜遅くに玄関のチャイムが鳴って、なんでか俺は期待してしまった。もしかしたらと。
 ドアをそっと開けてみると、ブワッとフェロモンの香りが舞い込んで、そこにはフラフラで真っ赤な顔をした政宗さんがいた。俺は慌てて政宗さんを支えながら中に招き入れた。

「ごめん、遥希。もう迷惑かけるつもりはなかったんだけど……」
「気にしないでください。政宗さんが無事でよかった」
「これ迷惑料、先に渡しておく」

 そう言いながら政宗さんはポケットから万札をぐちゃっと掴んで俺に差し出した。
 え? 二十、いやもっとあるか? そんな無造作にポケットに入れるような額ではない。
 迷惑をかけると思ってATMでわざわざおろしてきたのか? そんなこと気にしなくていいのに……
 机の引き出しには、前にもらいすぎて手をつけられないままの十万円があるのだし、こんなにもらえるわけがない。

「そんなに要りませんから、横になりますか? フラフラじゃないですか」
「受け取ってもらえないなら俺は出ていくよ」
  政宗さんは俺が受け取らないと本当に帰る気みたいで、玄関を入ったところから動かなくなった。当たり前だが可愛い政宗さんをこんな状態で外に出せるわけがない。俺だって、もう政宗さんのフェロモンに抗えないくらい欲望が湧き上がってきている。

「そんな状態で何言ってるんですか。危ないからやめてください」
「じゃあ受け取って?」
「分かりましたから」

 お金のことは後で話し合おう。俺は政宗さんが掴んでいる万札を受け取り、政宗さんを部屋に引き摺るように運んだ。
 今はとにかく、この辛そうな政宗さんと今にも理性を持っていかれそうな強いフェロモンの香りをどうにかしたい。

「遥希、キスしたい。今すぐして? お願い」
「はい」
「もっといっぱいして?」
 久しぶりに見た政宗さんは、相変わらず可愛すぎる。キスを強請るその表情は目がうるうると潤んで、俺の理性がプツリとキレる音がした。

「んんっ……あ……はるき……抱いて……」
「俺ももう待てません」

「はるき……はるきが一番気持ちいい……」
 そんなこと言われると勘違いしそうになるが、それはたぶん政宗さんが発情期だからだろう。

「はるき……会いたかった……キスして……もっといっぱいキスしてほしい……」

 やっぱり政宗さんは可愛い。
 これでパートナーがいないのが本当に不思議だ。こんなに可愛いんだから、どんなαもすぐに虜になるだろう。

「はるき……ああっ……だめぇ……もう……」

 久々に濃厚なフェロモンに当てられて、政宗さんも可愛すぎたから、俺は夢中で政宗さんを求めた。そして気がついたら政宗さんは意識を飛ばしていた。

 ああ、やってしまった。
 グッタリと意識を手放した政宗さんを前に、反省しながら政宗さんの体を綺麗にして、そっと抱きしめて眠る。
 先に薬を飲んでもらえばよかったな。前に政宗さんが残していったΩ用の抑制剤は、未練たらしく引き出しの奥に残してある。
 それにしても、また会えるなんて。

「遥希、俺寝ちゃったの?」
 しばらく抱きしめて髪を撫でていると政宗さんが目を覚ました。
「あ、すみません。気絶させてしまいました」
「気絶させられたの初めて。させたことはあるけど」
「え?」
「いや、なんでもない」

 気絶させたことはあるってことは、政宗さんはタチもいけるということか?
 もしかして普段はタチなのか? それとも女性相手なのか?
 俺に見せている政宗さんはきっとほんの一部なんだろうけど、意外な一面を知ってしまった俺は、政宗さんが攻める姿を想像してドキドキしていた。

「ありがと遥希」
「政宗さんの役に立てて嬉しいです」
「そんなこと言われると遥希のこと欲しくなっちゃうな。色んな意味で」

 色んな意味? 他にどんな意味があるんだろう?
 深く考えてはいけない。この人は、俺がおいそれと手を出せる人じゃないんだ。たぶん……

「遥希、金苦しいの?」
「え?」

 唐突にそんなことを聞かれて俺は戸惑った。
 なぜ突然金の話なんか。

「大学生なのに趣味に使ってる感じがなかったから。飲んでる感じにも見えないし。
 質素倹約みたいな部屋だしね」
 確かに俺の部屋はシンプルだ。漫画やゲームはほとんど置いてないし、本は学校の教科書や資料と料理や経営についての本だけだ。
 酒やお菓子などの嗜好品もほとんど無いし、着ている服もファストブランドの安いものだ。
 でもそれには理由がある。

「えっと、貯めてるんです」
「そうなの? なんか買いたいものがあるとか?」
 俺は一瞬迷った。政宗さんに言うか言わないか。言わないという選択肢もあったけど、それでも俺は口を開いた。

「笑わないでくださいね。店、出したいんです」
「笑わないけど、なんの店?」

 笑わないんだ。政宗さんは、まだ大学生の俺が店出すために金貯めてることを絵空事だと馬鹿にしたり笑ったりしなかった。
 これはまだ誰にも言っていなくて、大口を叩いて失敗するのも嫌だし、変に期待されることにトラウマがあるから言えなかった。

 でも俺は政宗さんに言いたかったんだと思う。調理師免許を取ったことも、店を出す夢があることも。
 本当にこれが最後で、次が無いって分かっているから言えるのかもしれない。

 俺が例え失敗しても、政宗さんに知られることはない。ただ大きな夢を抱えて頑張ってる奴だって記憶に残しておいてもらいたかったのかもしれない。見栄ってかつかな?
 これもαの性質だとしたら厄介なものだと思った。

「飲食店です。小料理屋みたいなのが出したくて」
「いいね。俺が店買ってあげようか?」
「はい? やめて下さいよ。冗談ですよね? 自分で買うので大丈夫です」

 そんな簡単にジュース買ってあげようか? みたいなノリで店買うとか言い出すなんて、やっぱり政宗さんは俺が簡単に関われるような人ではないんだと思った。
 冗談を言っただけかもしれないけど。彼の頭の中と俺の頭の中のスケールの違いに少しクラクラした。

 
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