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一章

5.最初の終わり

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「ごめん遥希。ネギ、繋がってた……」
「ふふふ、可愛い。慣れないのに俺のために作ってくれてありがとうございます」

 刻まれたネギを箸で摘んだら、ズラーっと全部繋がっていた。
 少しだけ感傷的な気分になっていたけど、ここにきて連なったネギ。政宗さんにそんな意図はなくても、ほっこりと温かい気持ちが湧き上がってきた。
 政宗さんを抱きしめたい。温かい気持ちにさせてくれたこの可愛い政宗さんを、叶ことなら俺の腕の中に閉じ込めてしまいたい。

「遥希、今落ち着いてるんだけどさ、抱きついて寝ていい?」
 落ち着いている時は、お互いがよく知らない他人に戻ってしまいそうで不安だった。だけど政宗さんはそんな俺の不安を壊してくれた。

「いいですよ。甘えたですね」
「発情期はなんでか甘えたくなるんだ」
「政宗さんは本当に可愛いですね」
「そんなことない。遥希、キスしていい? 寝る前のキス」
「いいですよ」
「いっぱいしたい」

 政宗さんありがとう。俺の心の中を読んだんじゃないかと思うような提案に、少し驚いて、そして感謝した。しかもキスというオマケ付きだ。いっぱいなんて言われたら、どれだけでもしていたくなる。
 今日は政宗さんの甘えたな性格と可愛さに救われた。
 俺は政宗さんを腕の中にそっと閉じ込めて、心もお腹も満たされ、幸せを感じながら眠りについた。

 そんな日も六日目になると、政宗さんは少し寂しそうな顔をした。
 そうか……もう、俺たちの時間は残り少ないんだな。互いに分かっていた。言わなくても、分かっている。
 分かりたくないけど、時間が過ぎるのは止められないことだ。

「遥希、お別れの時がきたみたいだ」
「そうですか。分かりました」
「「…………」」
 お互いが無言になってしまった。

 寂しい。助けたようにみえて、助けられた。温かかった日々に終わりが来ることが寂しくてたまらない。大切なものを無くしてしまうようなそんな不安がある。

 でもこれは初めから分かってたことだ。引き止めてはいけない。忘れなければならない。
 今の俺にはまだ政宗さんをずっと守っていけるほどの甲斐性が無い。
 俺が社会人だったら、政宗さんを引き止めることができたんだろうか? それでも無理かもしれない。
 なんていうか、政宗さんは高嶺の花みたいな気がする。
 普段であれば、おいそれと俺が近づけるような世界の人じゃない。そんな気がした。

 俺もいつか店を出して、でっかくしてやろうと思っているが、それは未来の展望で今じゃない。
 今はまだ、ただの大学生だ。

「もしまた困った時はいつでも来てください」
「ありがとう遥希」

 夢のような時間だった。もう二度と会うこともないだろう。
 社交辞令にも似た別れの挨拶。さよならとは言いたくなかった。終わってしまうのが決定事項だとしても、別れの言葉は口にしたくなかった。

 俺を愛してくれとは言わない。この時間を無かったことにはしてほしくない。
 俺も覚えていますから、政宗さんの心の片隅にも、こんなこともあったと記憶に残してほしいと願った。

 政宗さんを見送って、俺は元の生活に戻った。
 数日後、玄関の郵便受けに十万円と政宗さんからの手紙が入った封筒が投函されていた。
 宿代と飯代は出すとか言ってたけど、これはもらいすぎ。

 手紙は『助かったありがとう』とそれだけだったけど、名前の代わりに伊達政宗が着けていた三日月があしらわれた兜の絵が描いてあって嬉しくなった。戦国武将が好きだと話したことを覚えていてくれたのかもしれない。

 お金は使えるはずもなく、引き出しに封筒ごとしまってある。
 あんなに素敵な人、そして過ごした時間も、しばらくは忘れられそうにないな。

 いやいやいや、そんなことより今は十月に受けた試験の結果が気になる。もうすぐ届くと思うけど。
 高校の時に家を出て今の店で調理をさせてもらって実務経験を積んだから、大学二年の俺でも十月の調理師免許の試験が受けられた。
 落ちたらまた来年があるけど、できることなら今年受かっておきたい。
 落ちるわけないと謎の自信があるのが困りものだ。αであっても俺は謙虚でいたい。

 大学が冬休みに入ってバイトに明け暮れていると、やっと合否通知が届いた。
 深呼吸をしながら開封する。結果は合格でホッとした。
 合格の文字を見て最初に浮かんだのは政宗さんの顔だった。政宗さんには将来店をやりたいことは言ってないし、合格したところで伝えられるわけでもないのに。俺は未練たらしいな。

「女将さん、大将、合格しました」
「あら、おめでとう。免許持ってるんだから時給上げなきゃね」
「そんな、いいんですか?」
「もちろんいいわよ。頑張ったご褒美。それにお祝いしなきゃね」

 調理師免許の合格を伝えると、店のみんなと、常連さんも来てくれて、みんなでお祝いしてくれた。
 みんな本当に温かい。俺はこの店で働けて良かったな。
 あとは店を出すために金を貯めて、経営と料理ももっと勉強したい。

 まだ先日二十歳になったばかりで酒も覚えたて。
 これが酔っているって状態なのかと思いながら、ふわふわした気持ちで家に帰る。

 空を見上げると三日月が出ていて、その月は政宗さんと出会った日に出ていた月に似ていた。そして伊達政宗の兜にも三日月。こじ付けだが意味があるように思えてしまう。

 政宗さんが帰ってから、初めは誰もいない冷たい空気の部屋に帰るのが、寂しくて仕方なかったけど、店のみんなの温かさに癒された。試験の合格にも安心して、あの時間は俺が作り出した幻だったんじゃないかと、燃え上がりそうだった気持ちもいつもの生活に消されていった。
 やっぱり時間が解決してくれるという話は本当らしい。まだ恋にもなっていない熱を冷ますのに、それほど多くの時間はかからなかった。

 しかし二月に入ると、政宗さんのことが気になった。Ωの発情期の周期って3ヶ月だよな? 大丈夫だろうか?
 連絡手段は無い。お互いこれっきりだと分かっていたから連絡先の交換はしなかったし、苗字も明かさなかった。俺の苗字は郵便物やなんかで政宗さんに知られているかもしれないが、俺は彼のことを何も知らない。
「政宗」という名前だって偽名かもしれない。

 家族にΩであることを言っていないと聞いたから心配だったけど、俺にできることは何もない。
 無事でいますようにと祈ることしかできなかった。

 
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