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一章

4.温かい時間

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「学校サボりたいな」
 政宗さんを前に、思わず本音が出てしまう。

「それはダメ。ちゃんと学校には行かないと」
 ここで「休んじゃえよ」なんて言う人だったら、俺は政宗さんを追い出していたかもしれない。こうやって間違いそうになる俺を注意してくれる政宗さんだから、俺は彼を受け入れたんだと思う。

「俺が学校行ってる間にいなくなったりしないですよね?」
 既に離れ難くなっている自分がいた。でも、せめてお別れする時は知らないうちに消えるんじゃなく、さよならを言いたい。

「ちゃんといるから安心して」
「分かりました。なるべく早く帰るので待っていてください」
「うん。待ってる」

 まるで恋人みたいな会話だ。
 勘違いしそうになって俺は頭を振った。

「遥希どうした?」
「なんでもない。薬ちゃんと飲んでくださいね」
「分かってるよ。ありがと」

 その笑顔に俺は後ろ髪引かれる思いで大学に向かう。
 政宗さんみたいなちゃんとした大人になるためにも、講義はちゃんと受けなきゃいけない。

 大学が終わると急いで家に帰った。
 ドアを開けると、むせ返りそうに濃いフェロモンの香りに包まれる。クラリとしたがなんとか理性の細い糸を手繰り寄せて部屋の奥へと進んでいく。一歩進むごとに体が熱くなって政宗さんを求めている。抱きたい。今すぐめちゃくちゃに抱きたい。

「政宗さん?」

 ベッドに丸まって苦しそうに息を荒げる政宗さんを抱きしめた。
「はるき……挿れて……」
「分かりました」

「キスして……ああ……早く奥まできて……」
「苦しいですか?」

「ん、気持ちいい……はるき……気持ちいいよ……」


「遥希、ありがとう。落ち着いた」
 ちょっと理性が飛んで、無茶な抱き方をしたのに、政宗さんはケロッとしている。パーカーに隠れている筋肉質な体は伊達ではないようだ。

「政宗さん、すみません俺、これからバイトで……」
「そうなの? なんかごめん。もう大丈夫だから行っておいで。体キツイなら無理しなくていい。休んだ分の時給くらい俺が出してあげるから」
「いえ、大丈夫です。行ってきます」

 また俺は後ろ髪引かれる思いで部屋を出た。できることならば、あのまま政宗さんを抱きしめてゴロゴロしていたかった……


「田村くん、疲れてるんじゃない?」
「大丈夫です」
「もう片付けだけだから、今日は帰りなさい」
「ありがとうございます、女将さん。ではお先に失礼します」

 午前0時まではきっちり働いて、女将さんに心配されて、営業終了と同時に上がらせてもらった。
 疲れた体を引きずるように家に帰る。
 寝不足な上に激しい運動もしているし、ちょっとしんどいな。なんて思いながらゆっくりと歩みを進める。心が満たされているのと、肉体的な疲労とはまた別の問題だ。

 そしたら、俺の帰る部屋には灯りがついていて、ドアを開けたら政宗さんがいた。
「おかえり、お疲れ様」
 笑顔で迎えてくれた。なんだか美味しそうないい匂いまでしている。ほわっと温かい気持ちに包まれた。

「ごめん、キッチン勝手に使った」
「全然いいですけど、体調は大丈夫ですか?」
「うん。今は薬が効いてるみたい」
「そうですか」
 本当に薬が効いているようで、政宗さんは俺に優しく微笑んでくれた。

「俺あんまり料理とかできないから大したもんじゃないけど、鍋焼きうどん作った」
 少し視線をずらして、政宗さんが言った。得意ではないのに作ってくれたという事実だけで嬉しい。

「ありがとうございます。食べましょう」
 家で誰かが待っていてくれて、ご飯を作ってくれるなんて久々だ。
 小さい頃は当たり前にあった、温かい食卓を囲むという環境が崩れてしまう瞬間を見てきたから、この期間限定の幸せは崩れずにそっと終わりを迎えてほしいと願った。

 失われた懐かしい日々、この温かい空間が一時的なものだということは知っているけど、そこに政宗さんの笑顔があって、俺は少し救われた。
 そんなことを思いながら、熱々のうどんにふーふーと息を吹きかけながらすすった。

 
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