【短編】翼を失くした青い鳥

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常連の男と彼との再会

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 全然寝れなかった。体は怠いし、眠気はあったけど、寝れなかった。
 午後になると、主に言って、回復ポーションをもらって、僕はやっと少しだけ落ち着いた。

「ファルシュ指名だがいけるか? 体調悪いか? やっぱりあいつら断った方がよかったな」
「大丈夫。何ともない。行ってきます」

 お昼と、さっきも治癒をかけたから、もう体の痛みは無い。


 コンコン
「ファルシュです」
「入って」

「あぁ、ファルシュ、今日も可愛いな。おいで」
「はい」

 この人は優しい常連さん。たくさんキスをしたがるけど、尿を飲まされるけど、それ以外の痛いこととかはしない。

「泣きながら私の尿に溺れそうになるファルシュは可愛すぎるな」

 全部飲み込むと、一度浄化をかける。

 感情と感覚を遮断して抱かれる。
 遮断したはずなのに、少し苦しいのは気のせい。きっと気のせいだと言い聞かせて、涙の止まらない目で客の行為を見つめる。

「ファルシュ、今日もよかったよ」
「うん。ありがとう」

 僕は上手く笑えているだろうか?
 挨拶だけは笑顔でと決めているけど、笑えている自信がない。
 僕にとって逃げるはイコール『死』だけど、もう逃げたくなっちゃったな。



「ファルシュ、おかえり。次の指名が来てるがいけるか? 新規だ」
「分かった」

 新規か。でも指名ってことは誰かの知り合いなんだろうな。


 コンコン
「ファルシュです」
「どうぞ」

「え?」

 指定された宿の部屋のドアを開けたら、扉の向こうにいたのはヴァールだった。

 やっぱり体か。
 でも、求めてもらえるならいい。
 まだ僕は必要とされてるって分かるから。


「ふ、服脱ぐね」
「脱がなくていい」

「分かった」

 着たままやりたいタイプだったか。

「隣、座ってくれる?」
「はい」

 いつもはそんなことないのに、少し緊張して手に汗をかいていた。
 少しの沈黙が、何とも気まずい。
 いつも部屋に入ったらすぐに始めるから。ベッドの隣に座っても触られないのは初めて。
 シャイな人なんだろうか? 僕から積極的に行くべき?

「あの、キスしていいですか?」
「いや、しなくていい」
「分かりました。えっと、じゃあ抱きしめていいですか?」
「それなら」

 何だか妙に恥ずかしい。もしかしたら男を抱くのが初めてなのかもしれない。キスは嫌で服も脱がないってことは、本当に入れるだけの穴なら何でもいいんだろうか?
 初めてでもだいたいがっついてくる人が多いのに、珍しい。


「失礼します」

 僕はヴァールの膝の上に跨がって座ると、ヴァールを抱きしめた。
 その瞬間、体に稲妻が走ったみたいにビクッと痙攣して力が抜けて、ヴァールに撓垂れ掛かった。
 何だか体の奥から熱が湧いてくる気がする。
 フワフワして、感覚がよく分からない。こんな感覚は初めて。

 よろけた僕をヴァールはギュッと抱きしめてくれた。成長期に劣悪環境でちゃんと食事が取れなかった僕は、男にしては小さくて肩幅もなく華奢だから、大きな体のヴァールの胸にすっぽり収まった。

「俺がファルシュに惹かれたのは、必然だったようだ。出会ったのも。抱きしめて確信した」
「え?」

「俺は、ファルシュに惹かれた。確かに外見は可愛らしいし好みだが、ファルシュが乱暴され傷だらけで倒れていたことが、身を切るように痛く、辛かった。守らなければならないと思った。
 惹かれているから、抱きたくないわけじゃない。でも今日は、もう一度会いたくて、ただ話をしたかった。きっとキミを買えば会えると思った。俺に仕事なんてしなくていい」
「そっか。そんな風に言われたのは初めて」

「今すぐにファルシュを解放してやる。店に行こう。俺が身請けする。
 キミは俺の月の定。世界にたった1人、会えることが奇跡だと言われている、俺の唯一」
「月の定……」

 胸の鼓動が高鳴る。おじいちゃんから聞いた『月の定』の話、本当なの? ただの物語じゃないの?
 でも、本当にヴァールの腕の中は心地いい。おじいちゃんと一緒に中庭で日向ぼっこをした時の、春の暖かい陽だまりみたい。

「……眠い。眠れなかったから」
「あぁ、寝ていいよ。起きたら一緒に行こう。俺の愛しい人」

 暖かくて心地よくて、僕はどんどん力が抜けて意識も薄れていった。

 
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