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第四章
化身 7
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コウの心のなか――。
そう言われてしげしげと辺りの景色を見回した。特に僕の記憶と違いがあるわけじゃない森のなかだ。月明りに照らされた紺青の樹々は不気味さよりも神秘的な美しさの方が勝っていて、恐怖感は感じられない。
コウがくいっと僕の手を引いた。振り返ると、「そんなふうに見られると恥ずかしいよ」とかわいく唇を尖らせている。思わずキスしそうになったけれど、直前で赤毛の顔が浮かんできて止めにした。
「どうすれば奴をきみから追いだせるのかな? ここから出るよりもそっちの方を先に取りかかりたいな――」と、深いため息がついてでる。
「ショーンが受肉の儀式を取り仕切ったって言っただろ?」
唐突に切り替わった問いに、頭がついていかない。
コウは真っすぐに前方の道を見据えている。その視線の先を目で追った。つい先ほどまでの青々とした大地は、黒く固い冬の地面に変わっていた。樹々は枯れはて、梢は天に鋭い切っ先を向けている。そこに広がる満天の星と、頭上に垂直にかかる満月――。
「きみの知っているドラコ、僕の魂の半分と融合している彼は、新しい火の精霊の人形のなかに捕まってしまっているんだ。僕のなかにいる彼は、本来はただの彼のエネルギーだよ。僕は彼のエネルギーに生かされているんだ。だから――」
コウにとっての赤毛、火の精霊は、生命力なのか――。
ちょっと自分の欲動が煩く指図したり文句を言ったりするのを想像してみた。ぞっとしないな。僕だって充分に制御できているとは思わないが、喋らないだけましかもしれない。
「アル」
コウが手を強く握って僕の注意を引く。僕たちはほとんど同時に足を止めていた。
樹々の狭間から漏れる、煌々とした焔。浮かびあがるように囲われた空間、――ここはあの空き地だ。人影が蠢いている。
「地の精霊と水の精霊が、異界の扉の儀式を執り行っているんだ。ほら、あの木陰にアーノルドとスティーブがいる」
「スティーブ?」
コウの指差した方向に僕が見えるのは、影だけだ。魔法陣の上に二人、そして木陰に二人――。
「彼は立会人だ。彼に、この魔法を継続させるか否かの権利が託されたんだ。儀式に使われたアビーの人形を壊せば、この術は解ける。けれどそれは儀式に則った魔法陣の上でなされなければならない。必要なのは、精霊の人形に閉じ込められた四大精霊の力。スティーブは立会人として、扉となる人形と四大精霊の人形、そしてきみの養育を地の精霊から託された。ところが、水の精霊が火の精霊の隔離を永続させるために、火の精霊の人形だけを奪って隠したんだよ」
「それじゃ、スティーブは他の3体の人形をすでに持っているってこと?」
「そうなるね。彼の探していたのは火の精霊の人形だよ。だけどそれは、僕たちの受肉の儀式で、閉じ込められていた精霊の力を解放するために壊してしまった。おまけに、僕はここでも騙されて彼に魂を半分採られちゃうし――」
「それって、どういうこと?」
受肉の儀式――。
僕とショーンが精霊の使役の儀式だと思いこんでいたのは、身体を持たない精霊に人間の形を与える儀式だったのだ。それも人間の魂を用いてあたかも人間であるかのように見せるだなんて、あの赤毛野郎、よくもそんなマネをコウにしてくれたな!
「ごめん」と、コウがすかさず悄然と呟く。
「まったくだよ」
さすがに怒り心頭だ。やっぱり赤毛は赤毛なのだ。奴のこのいけ好かなさには、ちゃんと正当な理由があったのだ。コウもコウだ。そんなことをされて、尚かつ文句も言わずに奴に従っているなんて――。
「ごめん」
またコウが謝る。辺りがどんどん暗闇に包まれていく。月明りを浴びて儀式を仕切っている影も、闇に呑まれみるみる薄くなっていく。気温は一段と冷えこんで地面をピシピシと霜が被っていく。
コウの内的世界にいるというのはそういうことなのか――。
だから、コウに身を屈め、頬を支えてキスをした。いきなりすぎて固まってしまった身体をあまった腕で抱きしめる。彼の舌を絡めとりながら周囲に視線を走らせると、この冬景色に碧が芽吹き、梢には愛らしい蕾が生まれていた。
「コウが落ちこむと、僕が凍える」
唇を離してそう告げたけれど、コウはとろんとしたまましばらく返事をくれなかった。ようやく唇から零れ落ちたのは、やっぱり「ごめん」という一言。
「その言葉、もう一回僕が呑みこもうか?」
だめだ、かわいすぎる。
コウのなかには奴がいるっていうのに。もうそんなことさえどうでもよくて。このまま押し倒してしまいたかったけれど、さすがに内的世界で衝動を解き放つと何が起きるか予測できない。それに、コウが警戒している。空気がピンと張りつめた。遠巻きに、風がざわざわぐるぐると不穏な勢いで駆けまわりだす。
判りやすすぎるだろ!
投げたボールが跳ね返るように、コウはこんなにも反応してくれていたんだね。
ああ、見ごとだ――。
「ここは、きみの故郷なのかな。綺麗だね」
僕に見せてくれる、きみの世界。
一斉に光を帯びる。
頬を染めたきみのような、樹々を彩る一面の薄紅色。
春、絢爛。
そう言われてしげしげと辺りの景色を見回した。特に僕の記憶と違いがあるわけじゃない森のなかだ。月明りに照らされた紺青の樹々は不気味さよりも神秘的な美しさの方が勝っていて、恐怖感は感じられない。
コウがくいっと僕の手を引いた。振り返ると、「そんなふうに見られると恥ずかしいよ」とかわいく唇を尖らせている。思わずキスしそうになったけれど、直前で赤毛の顔が浮かんできて止めにした。
「どうすれば奴をきみから追いだせるのかな? ここから出るよりもそっちの方を先に取りかかりたいな――」と、深いため息がついてでる。
「ショーンが受肉の儀式を取り仕切ったって言っただろ?」
唐突に切り替わった問いに、頭がついていかない。
コウは真っすぐに前方の道を見据えている。その視線の先を目で追った。つい先ほどまでの青々とした大地は、黒く固い冬の地面に変わっていた。樹々は枯れはて、梢は天に鋭い切っ先を向けている。そこに広がる満天の星と、頭上に垂直にかかる満月――。
「きみの知っているドラコ、僕の魂の半分と融合している彼は、新しい火の精霊の人形のなかに捕まってしまっているんだ。僕のなかにいる彼は、本来はただの彼のエネルギーだよ。僕は彼のエネルギーに生かされているんだ。だから――」
コウにとっての赤毛、火の精霊は、生命力なのか――。
ちょっと自分の欲動が煩く指図したり文句を言ったりするのを想像してみた。ぞっとしないな。僕だって充分に制御できているとは思わないが、喋らないだけましかもしれない。
「アル」
コウが手を強く握って僕の注意を引く。僕たちはほとんど同時に足を止めていた。
樹々の狭間から漏れる、煌々とした焔。浮かびあがるように囲われた空間、――ここはあの空き地だ。人影が蠢いている。
「地の精霊と水の精霊が、異界の扉の儀式を執り行っているんだ。ほら、あの木陰にアーノルドとスティーブがいる」
「スティーブ?」
コウの指差した方向に僕が見えるのは、影だけだ。魔法陣の上に二人、そして木陰に二人――。
「彼は立会人だ。彼に、この魔法を継続させるか否かの権利が託されたんだ。儀式に使われたアビーの人形を壊せば、この術は解ける。けれどそれは儀式に則った魔法陣の上でなされなければならない。必要なのは、精霊の人形に閉じ込められた四大精霊の力。スティーブは立会人として、扉となる人形と四大精霊の人形、そしてきみの養育を地の精霊から託された。ところが、水の精霊が火の精霊の隔離を永続させるために、火の精霊の人形だけを奪って隠したんだよ」
「それじゃ、スティーブは他の3体の人形をすでに持っているってこと?」
「そうなるね。彼の探していたのは火の精霊の人形だよ。だけどそれは、僕たちの受肉の儀式で、閉じ込められていた精霊の力を解放するために壊してしまった。おまけに、僕はここでも騙されて彼に魂を半分採られちゃうし――」
「それって、どういうこと?」
受肉の儀式――。
僕とショーンが精霊の使役の儀式だと思いこんでいたのは、身体を持たない精霊に人間の形を与える儀式だったのだ。それも人間の魂を用いてあたかも人間であるかのように見せるだなんて、あの赤毛野郎、よくもそんなマネをコウにしてくれたな!
「ごめん」と、コウがすかさず悄然と呟く。
「まったくだよ」
さすがに怒り心頭だ。やっぱり赤毛は赤毛なのだ。奴のこのいけ好かなさには、ちゃんと正当な理由があったのだ。コウもコウだ。そんなことをされて、尚かつ文句も言わずに奴に従っているなんて――。
「ごめん」
またコウが謝る。辺りがどんどん暗闇に包まれていく。月明りを浴びて儀式を仕切っている影も、闇に呑まれみるみる薄くなっていく。気温は一段と冷えこんで地面をピシピシと霜が被っていく。
コウの内的世界にいるというのはそういうことなのか――。
だから、コウに身を屈め、頬を支えてキスをした。いきなりすぎて固まってしまった身体をあまった腕で抱きしめる。彼の舌を絡めとりながら周囲に視線を走らせると、この冬景色に碧が芽吹き、梢には愛らしい蕾が生まれていた。
「コウが落ちこむと、僕が凍える」
唇を離してそう告げたけれど、コウはとろんとしたまましばらく返事をくれなかった。ようやく唇から零れ落ちたのは、やっぱり「ごめん」という一言。
「その言葉、もう一回僕が呑みこもうか?」
だめだ、かわいすぎる。
コウのなかには奴がいるっていうのに。もうそんなことさえどうでもよくて。このまま押し倒してしまいたかったけれど、さすがに内的世界で衝動を解き放つと何が起きるか予測できない。それに、コウが警戒している。空気がピンと張りつめた。遠巻きに、風がざわざわぐるぐると不穏な勢いで駆けまわりだす。
判りやすすぎるだろ!
投げたボールが跳ね返るように、コウはこんなにも反応してくれていたんだね。
ああ、見ごとだ――。
「ここは、きみの故郷なのかな。綺麗だね」
僕に見せてくれる、きみの世界。
一斉に光を帯びる。
頬を染めたきみのような、樹々を彩る一面の薄紅色。
春、絢爛。
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