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第三章
影 7
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僕がコウを気持ち悪がる?
なぜそんなことをいきなり言いだすんだ。まるで話が見えないじゃないか。
彼の言わんとすることが掴めなくて、小首を傾げて見つめることしかできなかった。続く言葉はまた脈絡なく変わっている。もっとも先よりはよほど現状に即していて、今度は僕にも理解できた。
「アル、怒ってるんだろ? 僕が、黙ってここに来てしまったから――。ごめん、僕はもっときみの気持ちを考えるべきだったんだ。それなのに――、」
コウは顔を伏せたまま訥々と喋っている。面と向かって僕を見つめる勇気すらもてないまま。だらりと下ろされた腕の先で、拳だけが固く握られている。きっと自分自身を勇気づけるためだ。
コウのようなタイプは決して珍しくない。自己開示が苦手なのだ。本当の自分が受け容れられるはずがないと固く信じているから、自己表現が苦痛でたまらない。自分自身を拒否されるのが怖くてたまらないのだ。
そんな彼の頑なな態度が僕を傷つけた。
だから彼はここに来たのだ。僕のために。僕を傷つけたことを心から謝るために。
恐怖と罪悪感、今こうしている間も彼はその狭間の葛藤を闘っている。
僕はそんなコウの個性をもう充分に知っている。だからこそ追い詰めすぎることのないようにと、待ち続けていたのだから。
時が来たのだ。
こんなコウのいじらしい態度は、たちまちのうちに僕の凝り固まっていた心を溶かしていた。僕の拒絶をなによりも怖れているコウ。僕の一番見たかったコウの姿。
怒ってなんかいないよ。
そう言ってあげようと口を開きかけたとき、
「きみは、見たんだろ、僕の身体。気持ち悪いだろ、こんな――、だから、」
と、コウの震える声が告げていた。「だから、」の後の言葉が続かない。泣きだしそうに喉をひくつかせて、噛みちぎりそうに唇を噛んでいる。
その姿があまりにも痛々しくて。
僕はベッドからおりて、コウをそっと抱きしめた。
「こっちを向いて。僕を見て」
コウの頬を両手で掬いあげる。涙で潤んだトパーズの瞳。こんなにも可愛いらしい僕のコウを、僕が拒絶するはずがないじゃないか。
「気持ち悪いなんて、そんなこと、」
「とれないかもしれないんだ。どうやっても」
僕から視線を逸らして、コウは苦しげに呟いた。
「え?」
「――気がついたら、彼の入れ墨と同じ火焔が身体に入っていた。それで、きみに知られるのが嫌で――、なんとかしなくちゃって、」
「自分からここに来たの?」
入れ墨、それも赤毛と同じ……。冗談じゃない。
「きみが話してくれているのは、きみの身体の赤い痣のことでいいんだよね?」
とても信じられなくて、念を押して尋ねていた。コウは唇を結んだまま、コクンと頷く。
信じられない、いや、信じたくなかった。コウを抱きしめる自分の腕が、自分のものじゃないように、小刻みに震えていた。
「それで、それを僕に知られるのが怖くて、きみは僕から隠れていたの?」
このままこの話題を続けていると、僕は怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「そうじゃない。きみの声がするのに気がついて、すぐに起きてきたんだ。でも、きみの顔を見たらやっぱり言えなくて、思わず嘘をついていた」
嘘――。
「ドラコの主治医に診てもらったっていうのは嘘なんだ。ごめん。でも、僕は病気なんかじゃない」
そんなどうでもいいことを告白しにきてくれたのなら、笑って済ますこともできたのに。
「見せて」
無自覚なまま、僕はコウをベッドにつき倒していた。
火焔……。
蛍光色の赤が、昼間見たときよりもいっそう濃く鮮やかに発色して、コウの滑らかな肌に絡みついていた。まるで彼を拘束する焔鎖のように。赤毛のような精緻な入れ墨ではないように思えた。けれど確かに違うと言えるほど僕の記憶は定かじゃない。まじめに奴を眺めたことなんてないのだから。これが入れ墨なのかさえも僕には判らなかった。こんな発色を目にしたことがないような気がするのだ。
けれどそんなことよりも、どうして? どうやって?
「僕のものなのに――」
コウは僕のものなのに。こんな勝手をされて許せるわけがないじゃないか。たとえ、コウの責任ではないにしても。こんなことをする赤毛を許しているコウが許せない。
「きみは、僕を愛してるんだろ? それなのに、どうしてきみは僕に対して責任を持とうとしないの?」
そんなことを言ったところで、こんなにも幼い僕の恋人は返す言葉を持たないことくらい解っている。コウは怯えたように震える瞳で僕を見つめるだけだ。
「これは僕の身体だろ?」
僕だけが好きにしていい身体だ。誰にも触れさせたりしないはずの。
「アル、ごめ――」
コウの口を塞いでいた。もう何も聴きたくない。コウはただ応えてくれればいいのだ。僕に反応を返してくれればそれでいい。もう、それだけしか信じられない。きっと初めから、僕はそれしか信じてない。
コウ、僕を愛して。証拠を見せて。きみの身体で――。
なぜそんなことをいきなり言いだすんだ。まるで話が見えないじゃないか。
彼の言わんとすることが掴めなくて、小首を傾げて見つめることしかできなかった。続く言葉はまた脈絡なく変わっている。もっとも先よりはよほど現状に即していて、今度は僕にも理解できた。
「アル、怒ってるんだろ? 僕が、黙ってここに来てしまったから――。ごめん、僕はもっときみの気持ちを考えるべきだったんだ。それなのに――、」
コウは顔を伏せたまま訥々と喋っている。面と向かって僕を見つめる勇気すらもてないまま。だらりと下ろされた腕の先で、拳だけが固く握られている。きっと自分自身を勇気づけるためだ。
コウのようなタイプは決して珍しくない。自己開示が苦手なのだ。本当の自分が受け容れられるはずがないと固く信じているから、自己表現が苦痛でたまらない。自分自身を拒否されるのが怖くてたまらないのだ。
そんな彼の頑なな態度が僕を傷つけた。
だから彼はここに来たのだ。僕のために。僕を傷つけたことを心から謝るために。
恐怖と罪悪感、今こうしている間も彼はその狭間の葛藤を闘っている。
僕はそんなコウの個性をもう充分に知っている。だからこそ追い詰めすぎることのないようにと、待ち続けていたのだから。
時が来たのだ。
こんなコウのいじらしい態度は、たちまちのうちに僕の凝り固まっていた心を溶かしていた。僕の拒絶をなによりも怖れているコウ。僕の一番見たかったコウの姿。
怒ってなんかいないよ。
そう言ってあげようと口を開きかけたとき、
「きみは、見たんだろ、僕の身体。気持ち悪いだろ、こんな――、だから、」
と、コウの震える声が告げていた。「だから、」の後の言葉が続かない。泣きだしそうに喉をひくつかせて、噛みちぎりそうに唇を噛んでいる。
その姿があまりにも痛々しくて。
僕はベッドからおりて、コウをそっと抱きしめた。
「こっちを向いて。僕を見て」
コウの頬を両手で掬いあげる。涙で潤んだトパーズの瞳。こんなにも可愛いらしい僕のコウを、僕が拒絶するはずがないじゃないか。
「気持ち悪いなんて、そんなこと、」
「とれないかもしれないんだ。どうやっても」
僕から視線を逸らして、コウは苦しげに呟いた。
「え?」
「――気がついたら、彼の入れ墨と同じ火焔が身体に入っていた。それで、きみに知られるのが嫌で――、なんとかしなくちゃって、」
「自分からここに来たの?」
入れ墨、それも赤毛と同じ……。冗談じゃない。
「きみが話してくれているのは、きみの身体の赤い痣のことでいいんだよね?」
とても信じられなくて、念を押して尋ねていた。コウは唇を結んだまま、コクンと頷く。
信じられない、いや、信じたくなかった。コウを抱きしめる自分の腕が、自分のものじゃないように、小刻みに震えていた。
「それで、それを僕に知られるのが怖くて、きみは僕から隠れていたの?」
このままこの話題を続けていると、僕は怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「そうじゃない。きみの声がするのに気がついて、すぐに起きてきたんだ。でも、きみの顔を見たらやっぱり言えなくて、思わず嘘をついていた」
嘘――。
「ドラコの主治医に診てもらったっていうのは嘘なんだ。ごめん。でも、僕は病気なんかじゃない」
そんなどうでもいいことを告白しにきてくれたのなら、笑って済ますこともできたのに。
「見せて」
無自覚なまま、僕はコウをベッドにつき倒していた。
火焔……。
蛍光色の赤が、昼間見たときよりもいっそう濃く鮮やかに発色して、コウの滑らかな肌に絡みついていた。まるで彼を拘束する焔鎖のように。赤毛のような精緻な入れ墨ではないように思えた。けれど確かに違うと言えるほど僕の記憶は定かじゃない。まじめに奴を眺めたことなんてないのだから。これが入れ墨なのかさえも僕には判らなかった。こんな発色を目にしたことがないような気がするのだ。
けれどそんなことよりも、どうして? どうやって?
「僕のものなのに――」
コウは僕のものなのに。こんな勝手をされて許せるわけがないじゃないか。たとえ、コウの責任ではないにしても。こんなことをする赤毛を許しているコウが許せない。
「きみは、僕を愛してるんだろ? それなのに、どうしてきみは僕に対して責任を持とうとしないの?」
そんなことを言ったところで、こんなにも幼い僕の恋人は返す言葉を持たないことくらい解っている。コウは怯えたように震える瞳で僕を見つめるだけだ。
「これは僕の身体だろ?」
僕だけが好きにしていい身体だ。誰にも触れさせたりしないはずの。
「アル、ごめ――」
コウの口を塞いでいた。もう何も聴きたくない。コウはただ応えてくれればいいのだ。僕に反応を返してくれればそれでいい。もう、それだけしか信じられない。きっと初めから、僕はそれしか信じてない。
コウ、僕を愛して。証拠を見せて。きみの身体で――。
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