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第二章
ショーン 4.
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口をへの字に曲げ、なんとも悲愴な顔をして僕を見つめるショーンがあまりにも滑稽で、彼の気持ちを解すために努めて柔らかく微笑みかけた。
「ショーン、自意識過剰だな。僕はきみのプライベートにとやかく口を挟むようなくだらない倫理観は持ち合わせてないよ。もちろんマリーに対してもね。いくら妹のような存在だといっても、自分の行動に責任をもつのは、自分自身しかないじゃないか」
そうだね、きみの相手がコウでさえないのなら、なにも文句はない。マリーときみの問題だもの。好きにやってくれ。
そんな投げやりな想いが優っていた。むしろショーンの衝動が、コウではなくマリーに向いたことに感謝しているくらいだ。もしも、そこにいたのがマリーでなくコウだったら――。想像するだけでこいつを殴りたくなる。ショーンにしたところで、要は誰だってよかったはずだ。その程度のことに過ぎないんじゃないの?
「アル、そうはいうけどさ。やっぱりきみにも、彼女にも申し訳なくて――。彼女は誠実に俺を慰めてくれようとしたんだ。そんなまっとうな気持ちにつけこんだみたいで、堪らないんだ。きみだって、いつもミラのことを良いようには言わなくて、俺にあいつの本性を教えようとしてくれていただろ? それなのに俺はぜんぜん解ろうとしなくてさ――。恥ずかしいよ。まったく、あの女はさ――」
べつにショーンのためを思って喋っていたわけじゃない。僕がミラを嫌いなだけだ。すべてが自分中心に回っているショーンにとって、誰の言葉も自分への金言、有益なアドバイスに聴こえるのだろうが――。
べらべらと始まったショーンの語る昨夜の経緯は、まったくもってミラらしいエピソードだった。
エリックにナイトクラブのステージでは名の知れたバンドのメンバーを紹介され、舞い上がった彼女は、いくら酒の席の上とはいえ、ショーンやマリーなどそっちのけで目にあまるほど羽目を外した。そしてついには意気投合したそのメンバーの一人と、どこかへ消えてしまったのだそうだ。残されたショーンの惨めさは想像に難くない。二人の関係性を察した残るメンバーに同情的に慰められるほどだ。それがまた火に油で、彼のプライドをいちじるしく抉ったというわけだ。
もともとミラに対する愛なんて欠片もなかったくせに。こういうプライドの傷つけられ方は許せないらしい。喪失感というほどのものさえ、本当はないに違いない。ただぺしゃんこにされた自尊心を立て直すためだけに、ミラの友人でもあるマリーに衝動をぶつけたのだ。だからあとになって沸々と罪悪感が湧いてくることになる。マリーの善意を、萎んだ風船に空気を吹き込み膨らませるように取り込んで、自分を満たしたのだから。
昨夜は逃げ果せたと思ったのに、結局、僕は彼のいまだ解消されない鬱憤を聴く羽目に陥っている。彼にとっても、僕に、こんな話をしたところで何にもなりはしないのに――。
よく回るショーンの舌は、ミラの悪口から自分の擁護へと移っていた。ただのセフレに過ぎなかった相手に、よくも愛だの誠意だのという言葉を口にできるものだ。
「それで、きみはどうしたいの? ミラとよりを戻したいの? それとも一度関係した以上、マリーとつき合うの?」
どうでもいい話を終わらせたくて、つい口を挟んでしまった。
「もうごめんだよ、あんな性悪女。でもマリーとはつき合うってわけにはいかないだろ――。こんな成り行きみたいな形でさ。俺の手には負えないよ、あんなお嬢さまはさ――」
深いため息に語尾がかき消される。確かに、ショーンとマリーは住んでいる世界が違う。生活も、嗜好も、おそらく接点などほとんどないと言っていいだろう。ああ、ただひとつの接点がコウだ。だがミラは違う。
マリーにとってのミラはある種の憧れだった。統合性がなく臆病な彼女にとって、彼女のあの奔放さが魅力だったのだ。だがショーンは、ミラのその奔放さがただの依存でしかないことを見抜いたうえで利用していた。マリーの同調しやすい流されやすさを利用したのと同じように――。ただミラと違ってマリーは面倒な相手、それだけの差に過ぎない。けれど躊躇するには充分な差ではある。
だが僕としては、ショーンの意識は女性に向いておいて欲しいのだ。フリーになられて、彼の関心がコウに集中するのは何としても避けたい。これまでだって、充分過ぎるほど鬱陶しい存在であったのだから。
「そうだね――、マリーにも好きな相手がいることだしね」
僕はいかにも残念そうに吐息を漏らした。
「きみみたいな現実的でしっかりした相手が、ふわふわと地に足のつかない彼女を支えてくれたら安心なのだけど、そうも上手くはいかないね――」、と。
僕に肯定されることで、ショーンの自尊心は色彩を取り戻して立ちあがる。信頼が彼を回復させる。
「今回のことが僕たちの同居生活の溝にならないように、僕も最善を尽くすよ。それに、できたらコウの前ではいつも通りに振る舞ってほしいね。彼は情動面では幼いところがあるだろ? きみたちのことに巻き込みたくないんだ。動揺させたくない」
「ああ、解るよ! コウはな――、いい奴なんだけどさ。きっと怒るだろうしな、なんたって前にもさ、」
「ん?」と首を傾げてみせた。コウとの間になにがあったんだ?
こうして僕が聴く構えを見せただけで、ショーンはまた堰を切ったように話し始めていた。
「ショーン、自意識過剰だな。僕はきみのプライベートにとやかく口を挟むようなくだらない倫理観は持ち合わせてないよ。もちろんマリーに対してもね。いくら妹のような存在だといっても、自分の行動に責任をもつのは、自分自身しかないじゃないか」
そうだね、きみの相手がコウでさえないのなら、なにも文句はない。マリーときみの問題だもの。好きにやってくれ。
そんな投げやりな想いが優っていた。むしろショーンの衝動が、コウではなくマリーに向いたことに感謝しているくらいだ。もしも、そこにいたのがマリーでなくコウだったら――。想像するだけでこいつを殴りたくなる。ショーンにしたところで、要は誰だってよかったはずだ。その程度のことに過ぎないんじゃないの?
「アル、そうはいうけどさ。やっぱりきみにも、彼女にも申し訳なくて――。彼女は誠実に俺を慰めてくれようとしたんだ。そんなまっとうな気持ちにつけこんだみたいで、堪らないんだ。きみだって、いつもミラのことを良いようには言わなくて、俺にあいつの本性を教えようとしてくれていただろ? それなのに俺はぜんぜん解ろうとしなくてさ――。恥ずかしいよ。まったく、あの女はさ――」
べつにショーンのためを思って喋っていたわけじゃない。僕がミラを嫌いなだけだ。すべてが自分中心に回っているショーンにとって、誰の言葉も自分への金言、有益なアドバイスに聴こえるのだろうが――。
べらべらと始まったショーンの語る昨夜の経緯は、まったくもってミラらしいエピソードだった。
エリックにナイトクラブのステージでは名の知れたバンドのメンバーを紹介され、舞い上がった彼女は、いくら酒の席の上とはいえ、ショーンやマリーなどそっちのけで目にあまるほど羽目を外した。そしてついには意気投合したそのメンバーの一人と、どこかへ消えてしまったのだそうだ。残されたショーンの惨めさは想像に難くない。二人の関係性を察した残るメンバーに同情的に慰められるほどだ。それがまた火に油で、彼のプライドをいちじるしく抉ったというわけだ。
もともとミラに対する愛なんて欠片もなかったくせに。こういうプライドの傷つけられ方は許せないらしい。喪失感というほどのものさえ、本当はないに違いない。ただぺしゃんこにされた自尊心を立て直すためだけに、ミラの友人でもあるマリーに衝動をぶつけたのだ。だからあとになって沸々と罪悪感が湧いてくることになる。マリーの善意を、萎んだ風船に空気を吹き込み膨らませるように取り込んで、自分を満たしたのだから。
昨夜は逃げ果せたと思ったのに、結局、僕は彼のいまだ解消されない鬱憤を聴く羽目に陥っている。彼にとっても、僕に、こんな話をしたところで何にもなりはしないのに――。
よく回るショーンの舌は、ミラの悪口から自分の擁護へと移っていた。ただのセフレに過ぎなかった相手に、よくも愛だの誠意だのという言葉を口にできるものだ。
「それで、きみはどうしたいの? ミラとよりを戻したいの? それとも一度関係した以上、マリーとつき合うの?」
どうでもいい話を終わらせたくて、つい口を挟んでしまった。
「もうごめんだよ、あんな性悪女。でもマリーとはつき合うってわけにはいかないだろ――。こんな成り行きみたいな形でさ。俺の手には負えないよ、あんなお嬢さまはさ――」
深いため息に語尾がかき消される。確かに、ショーンとマリーは住んでいる世界が違う。生活も、嗜好も、おそらく接点などほとんどないと言っていいだろう。ああ、ただひとつの接点がコウだ。だがミラは違う。
マリーにとってのミラはある種の憧れだった。統合性がなく臆病な彼女にとって、彼女のあの奔放さが魅力だったのだ。だがショーンは、ミラのその奔放さがただの依存でしかないことを見抜いたうえで利用していた。マリーの同調しやすい流されやすさを利用したのと同じように――。ただミラと違ってマリーは面倒な相手、それだけの差に過ぎない。けれど躊躇するには充分な差ではある。
だが僕としては、ショーンの意識は女性に向いておいて欲しいのだ。フリーになられて、彼の関心がコウに集中するのは何としても避けたい。これまでだって、充分過ぎるほど鬱陶しい存在であったのだから。
「そうだね――、マリーにも好きな相手がいることだしね」
僕はいかにも残念そうに吐息を漏らした。
「きみみたいな現実的でしっかりした相手が、ふわふわと地に足のつかない彼女を支えてくれたら安心なのだけど、そうも上手くはいかないね――」、と。
僕に肯定されることで、ショーンの自尊心は色彩を取り戻して立ちあがる。信頼が彼を回復させる。
「今回のことが僕たちの同居生活の溝にならないように、僕も最善を尽くすよ。それに、できたらコウの前ではいつも通りに振る舞ってほしいね。彼は情動面では幼いところがあるだろ? きみたちのことに巻き込みたくないんだ。動揺させたくない」
「ああ、解るよ! コウはな――、いい奴なんだけどさ。きっと怒るだろうしな、なんたって前にもさ、」
「ん?」と首を傾げてみせた。コウとの間になにがあったんだ?
こうして僕が聴く構えを見せただけで、ショーンはまた堰を切ったように話し始めていた。
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