夏の扉を開けるとき

萩尾雅縁

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第二章

夜 7

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 画面を覆いつくしていた幻想的な焔が金粉に分解されて掻き消えると、コウはほっと息をついて赤毛と顔を見合わせた。

『ありがとう、ドラコ。でも約束して、人前ではもう二度としないで』
『どうして? お前だって喜んで見てたくせに。どうして駄目なんだ?』
『駄目だよ、きみの焔は普通じゃないもの。きみだって解ってることだろ』

 こういう言い方はコウだな。小気味良いほどぴしゃりと言い切る。対する赤毛は当然不満だろう。

 翻訳テロップを目で追いながら思わず苦笑にがわらってしまった。

『解らない。あれくらいのことが、なんだっていうんだ――。それに、どいつもこいつも喜んでただろ? 怒るのなんてお前だけじゃないか』
『そういうことじゃないんだよ。駄目なことは駄目なんだ。ごめん、僕がいけなかった。きみにこの世界の規則ルールが判らないのは仕方がないことなのに。僕がもっと配慮するべきだったんだ。ごめん、ドラコ』

 もどかしげに眉をよせ、首を横に振るコウ。赤毛はもちろん、そんな彼の言い様には納得いかないだろう。拗ねたように唇を噛んでいる。
 僕だってそう思うよ。説明になってない。コウはいったいどこまで赤毛を過保護に扱うつもりなんだろう。いくらここが奴にとって異国で、不慣れなのだといっても、いつまでも赤ん坊扱いでは奴だって堪らないだろうに――。

『きみがもっと楽に呼吸できるように、僕がもっと頑張るから――。ごめん、僕が、』
『お前が悪いわけないだろ。それよりもあいつが、』
『アルは関係ないだろ。もう何度も言ったはずだよ。僕がきみの計画に賛同したのは、地の精霊グノームの宝は細工物かなにかだと思っていたからだ。人だなんて、それが、彼だなんて想像もしてなかった。彼を巻き込まないで。他の手段でなら、僕はいくらでも協力するから』
『他の手段って、なにがあるってんだ? お前、本当に馬鹿だな。今だってお前はあいつの瘴気しょうきに、たんに、当てられてるだけなんだぞ。こんなことになることじたい、おかしいと思えよ!』

 赤毛の高飛車な言いぶりに、コウは表情を強張らせて哀しそうに俯いた。
 
 胸糞悪い――。これだからコウと奴の二人きりでの話し合いなんて、いい気がしなかったんだ。可哀想なコウ。あんな脳味噌が蒸発してしまっている馬鹿の言い分になんて、耳を貸す必要なんてない。
 だいたいなんの話をしているのか、こうして聴いてみたところでちっとも見えてこない。地の精霊グノームの宝になんらかの意味があるらしいことは想像がつくにせよ――。腹だたしさに拍車がかかるだけだ。

「瘴気――。ずいぶんな言われようだね、アル。ああ、でも分かるような気もするな。僕がきみを欲しくて堪らなくなるのも、きっとその瘴気ってやつにやられたんだな」
「僕のせいだって? ――冗談じゃないよ」

 エリックは僕の背中に面をくっつけたまま、くっくと笑っている。冗談だというのは解っている。彼は自分の行動を人のせいにするような、そんな情けない奴ではなかったはずだ。

『きみに僕の心が解るもんか。人間の心をもっていないのに――』

 コウは今にも泣きだしそうな顔で赤毛を睨んでいる。と、ふいにモニターの映像がぶつりと途切れた。エリックが電源を切ったのだ。

「お終い。アル、約束だよ。僕を見て――」
「ここで?」

 苛立ちを抑えきれないまま応えていた。
 なぜそんな気になったのか、後から考えてみたが解らなかった。たんに赤毛とコウのあの親密さが許せなかった。それだけだったような気がする。暗く幕のおりたモニター画面の向こうで、エリックが僕に甘えるように赤毛がコウに甘える妄想が、僕の脳内に喰らいついてどうしようもなかったのだ。そんなあり得ない妄想を振り払いたかった。
 分かっているはずなのに――。僕のコウは赤毛を受け入れたりはしない。僕のように、おざなりのセックスでその場を誤魔化したりしない。

 コウは、僕を愛してくれているもの――。




 身なりを整えてコウの待つ部屋に戻ると、ショーンとバズ、そしてマリーが先に戻ってきていた。だが赤毛がいない。それにミラも。
 どこか重苦しい空気に支配され、皆、黙りこくっている。

「また何かあったの?」
「べつに何も! 俺があいつにふられただけだよ!」

 ショーンが吐き捨てるように言って、口の端を歪める。マリーはそんな彼を憐れむようにちらちらと見ている。

「止めたのよ、私は――」

 口籠りながら言い訳するマリーにショーンは苛立たしげな視線を向けたけれど、「気にするなよ、きみのせいじゃないんだから」とおざなりの慰めを口にする。バズも、コウもなにも言い様がないのか、黙りこくることでこの二人を気遣っているようだった。

「それで彼の方は?」
「あ、ドラコはなんでもないんだ。先に帰るって」

 顔をあげたコウは、無理に作ったような笑みを浮かべていた。





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