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九章
空模様3
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「それできみは――、あの子のこんなやり方を分かっていて許してる、なんて言うんじゃないだろうね」
「僕がヨシノの“未必の故意”を認めるのかという意味なら、僕は、彼はそもそもそんなことを望んでいなかったと、あの子の良心を信じている」
伏せていた瞳を上げると、ヘンリーは苦々しげな口調で糾弾するアーネストを涼しげなセレストブルーで見つめ返した。あくまで落ち着いた調子で答えているその姿には、一片の迷いもない。
ヘンリーは、この映像よりも先にウィリアムから報告を受けていた。そこで、吉野は事の成り行きに予想外の驚愕を得ている、と聴いていたのだ。
王は「命が助かった」ことを、デヴィッドが推察したようには安堵することはなかった、逆に自らが狙われた事実に狂乱したという。それは吉野にとって、まったく想定外の反応だったのだ。
“未必の故意”を問うのであれば、吉野にではなく、その補佐に就いていたウィリアムに対してなさなければならないだろう。
ヘンリーはふっと瞳を自嘲的な色に染めると、重たげな息をつき長い指を軽く絡ませて結んだ。
「それに、このイベントの本当の目的は、国王だけではなかったはずだ、と僕は推察しているんだ」
「本当の目的――、きみはそれを事前に聴いていたわけではないのだろうね?」
「当然、知っていたら止めていたさ」
ヘンリーは微苦笑する。そこでアーネストも肩の力を抜き、なんともいえない、呆れたような諦めたような苦笑を浮かべた。だが、ヘンリーが許可したのではないことに安堵したにしろ、否応なく周囲を巻き込んでいく吉野のスタンドプレーを、ため息一つついて終わらせることはできない。すぐに笑みを引っこめると、さらに問いを重ねていった。
「そこのところ、ウィリアムは何て説明しているの? いったい、きみはこれから、」
「ちょっと、ちょっと待ってよ、二人とも!」
デヴィッドが顔をしかめて兄の口を遮った。彼だけがこの話題についていけていないのだ。当然のこととして拗ねたように唇を尖らせ、無言で説明を求めた。
「デイヴ、解らないかなぁ、エドだよ。彼もこれ、見ているはずだろ」
「は? どうしてエドが出てくるの?」
「あの子、殿下の帰国の折に専用機は使わないで、わざわざ民間機を利用してさ、英国情報部に警護を求めてきただろう? 今にして思えば、それも、この壮大な見世物を英国側に売り込むための口実だったんじゃないのか、ってことさ。エドだけじゃない、秘密情報部の人員もまだ王宮に残っているはずだしね」
「どういうこと?」
ますます困惑して、デヴィッドは眉間に皺を寄せている。アーネストはヘンリーへと視線を流して続きを託した。ヘンリーは若干厳しさを滲ませた瞳で後を継いだ。
「ヨシノは彼らに、要人の影武者はもちろんのこと、戸外であっても近衛師団1万兵規模の幻想を創生し、メディアを偽ることさえ可能になった、最新の仮想世界を披露したんだよ。――TSの新たな使い方を提示してみせたんだ」
軍事面での活用の可能性を――。
「そんなのアスカちゃんが許すはずがないよ!」
露骨に嫌悪感を露わにしたデヴィッドに、ヘンリーは皮肉げな笑みを浮かべたまま頷いた。そんなことは当然解っているとばかりに。
ヘンリーにしてみれば、会社のこれからの在り方に関わるこの重要な問題も、個人的な、とても個人的な自分への制裁なのだと受け取っているのだ。
もし、仮に飛鳥とサラの婚約が破談に終わったなら、飛鳥はまた日本に帰りたいと言いだすかもしれない、だからなのだ、と考えずにはいられなかったからだ。だから吉野は、婚約に替わる枷を飛鳥に掛けるつもりなのだ、と。
今後、吉野と彼らの間でどんな具合に話が進むかは判らないが、吉野の見せたTS世界は、情報部の人間にとって充分に軍事情報として魅力的なものに違いない。そして、それを生み出すことができる技術開発者である杜月飛鳥は、当然、軍事機密となり得る情報保持者として扱われることになるだろう。
吉野は彼らに飛鳥の持つ特殊な価値を示して見せることで、兄をそう簡単には英国から出国できないようにするつもりなのだ。ヘンリーに飛鳥を守ることができないのであれば、飛鳥自身の意志に背くことになっても国家に守らせる、その心つもりを示してみせたのだ。
かつて、それがために命まで脅かされてきた過去を逆手にとって、TSに潜在する軍事的価値という、飛鳥のもっとも忌み嫌う一面を明快に利用することで――。
この一連の推測を思い描く時ヘンリーが浮かべた自嘲的な笑みの理由を、ラザフォード兄弟は知らない。せいぜい、常々“軍事協力”への嫌悪を露わにしている飛鳥と、この吉野の行動の齟齬を皮肉に捉えているのだと受けとるくらいだろう。だから余計にヘンリーは、吉野を兄の信念に背かせるにいたった、自分の愚かしさを嗤わずにはいられなかったのだ。
「僕がヨシノの“未必の故意”を認めるのかという意味なら、僕は、彼はそもそもそんなことを望んでいなかったと、あの子の良心を信じている」
伏せていた瞳を上げると、ヘンリーは苦々しげな口調で糾弾するアーネストを涼しげなセレストブルーで見つめ返した。あくまで落ち着いた調子で答えているその姿には、一片の迷いもない。
ヘンリーは、この映像よりも先にウィリアムから報告を受けていた。そこで、吉野は事の成り行きに予想外の驚愕を得ている、と聴いていたのだ。
王は「命が助かった」ことを、デヴィッドが推察したようには安堵することはなかった、逆に自らが狙われた事実に狂乱したという。それは吉野にとって、まったく想定外の反応だったのだ。
“未必の故意”を問うのであれば、吉野にではなく、その補佐に就いていたウィリアムに対してなさなければならないだろう。
ヘンリーはふっと瞳を自嘲的な色に染めると、重たげな息をつき長い指を軽く絡ませて結んだ。
「それに、このイベントの本当の目的は、国王だけではなかったはずだ、と僕は推察しているんだ」
「本当の目的――、きみはそれを事前に聴いていたわけではないのだろうね?」
「当然、知っていたら止めていたさ」
ヘンリーは微苦笑する。そこでアーネストも肩の力を抜き、なんともいえない、呆れたような諦めたような苦笑を浮かべた。だが、ヘンリーが許可したのではないことに安堵したにしろ、否応なく周囲を巻き込んでいく吉野のスタンドプレーを、ため息一つついて終わらせることはできない。すぐに笑みを引っこめると、さらに問いを重ねていった。
「そこのところ、ウィリアムは何て説明しているの? いったい、きみはこれから、」
「ちょっと、ちょっと待ってよ、二人とも!」
デヴィッドが顔をしかめて兄の口を遮った。彼だけがこの話題についていけていないのだ。当然のこととして拗ねたように唇を尖らせ、無言で説明を求めた。
「デイヴ、解らないかなぁ、エドだよ。彼もこれ、見ているはずだろ」
「は? どうしてエドが出てくるの?」
「あの子、殿下の帰国の折に専用機は使わないで、わざわざ民間機を利用してさ、英国情報部に警護を求めてきただろう? 今にして思えば、それも、この壮大な見世物を英国側に売り込むための口実だったんじゃないのか、ってことさ。エドだけじゃない、秘密情報部の人員もまだ王宮に残っているはずだしね」
「どういうこと?」
ますます困惑して、デヴィッドは眉間に皺を寄せている。アーネストはヘンリーへと視線を流して続きを託した。ヘンリーは若干厳しさを滲ませた瞳で後を継いだ。
「ヨシノは彼らに、要人の影武者はもちろんのこと、戸外であっても近衛師団1万兵規模の幻想を創生し、メディアを偽ることさえ可能になった、最新の仮想世界を披露したんだよ。――TSの新たな使い方を提示してみせたんだ」
軍事面での活用の可能性を――。
「そんなのアスカちゃんが許すはずがないよ!」
露骨に嫌悪感を露わにしたデヴィッドに、ヘンリーは皮肉げな笑みを浮かべたまま頷いた。そんなことは当然解っているとばかりに。
ヘンリーにしてみれば、会社のこれからの在り方に関わるこの重要な問題も、個人的な、とても個人的な自分への制裁なのだと受け取っているのだ。
もし、仮に飛鳥とサラの婚約が破談に終わったなら、飛鳥はまた日本に帰りたいと言いだすかもしれない、だからなのだ、と考えずにはいられなかったからだ。だから吉野は、婚約に替わる枷を飛鳥に掛けるつもりなのだ、と。
今後、吉野と彼らの間でどんな具合に話が進むかは判らないが、吉野の見せたTS世界は、情報部の人間にとって充分に軍事情報として魅力的なものに違いない。そして、それを生み出すことができる技術開発者である杜月飛鳥は、当然、軍事機密となり得る情報保持者として扱われることになるだろう。
吉野は彼らに飛鳥の持つ特殊な価値を示して見せることで、兄をそう簡単には英国から出国できないようにするつもりなのだ。ヘンリーに飛鳥を守ることができないのであれば、飛鳥自身の意志に背くことになっても国家に守らせる、その心つもりを示してみせたのだ。
かつて、それがために命まで脅かされてきた過去を逆手にとって、TSに潜在する軍事的価値という、飛鳥のもっとも忌み嫌う一面を明快に利用することで――。
この一連の推測を思い描く時ヘンリーが浮かべた自嘲的な笑みの理由を、ラザフォード兄弟は知らない。せいぜい、常々“軍事協力”への嫌悪を露わにしている飛鳥と、この吉野の行動の齟齬を皮肉に捉えているのだと受けとるくらいだろう。だから余計にヘンリーは、吉野を兄の信念に背かせるにいたった、自分の愚かしさを嗤わずにはいられなかったのだ。
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