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八章
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二週間にわたる夏の特設イベント期間中、ケンブリッジの館は忙しなく、時はばたばたと駆けぬけていた。
飛鳥とサラは、アンケートや現場スタッフの要望に応じて毎日どこかしらイベント映像に手を加えていた。そしてその後の空いた時間に、飛鳥は吉野のための映像にとり組んだ。
デヴィッドは日々会場の管理に出向き、アレンは一度クリスとフレデリックを誘って会場見学に行った以外は、飛鳥の横で彼の色彩設計の手伝いに勤しんだ。ヘンリーは、イベント後に欧州各国と米国の支店に振り分けられることになる立体映像の取り扱いと、TSタブレットの販売戦略を隅々にまでいき渡らせるため、ロンドン本店と移転したケンブリッジ本社とを往復している。アーネストとなると、休日と称したのは一日だけで、後は顔を見せることさえない忙しさだ。
そんな中、砂漠から戻ってからもあまり外出することもなくひきこもっているアレンを心配して、フレデリックとクリスが訪ねてきた。
芝生に面した庭にでて広々とした斜面をのんびりとあがりながら、フレデリックは感嘆と戸惑いの入りまじる吐息をついていた。視線は出てきたばかりの背後のコンサバトリーを眺めながら。
「ヨシノも、サウードも、本当に信じているんだね、あんな未来を――」
「僕も信じるよ!」
クリスが頬を紅潮させて大声で応える。アレンはにっこりと頷き返している。
「僕は――、さすがにそう手放しでは応援できないよ。いろんな問題が山積みだろ?」
「ヨシノならやってのけるよ!」
威勢のいいクリスの声に続いて、アレンも肯定するように繰り返し頷く。
「夢、なんだと思う。苦しい立ち位置にいる人が前を向いて進むには、解りやすい夢や理想が必要なんだよ」
僕のように……。
アレンの笑みは、そういっているようにみえる。哀しげで、淋しげで、どこか虚ろな瞳をしている。そんな彼に眉をひそめ、フレデリックは表情を引きしめて立ち止まった。
「あんな理想を抱えていたんじゃ、ヨシノは当分帰ってこられない」
「解っている」
瞼を伏せたアレンの背中を、クリスが勢いよく叩く。
「いいじゃないか! 僕たちが逢いにいけば! もう向こうの情勢は落ち着いたんだろう? 怖い大臣もいないんだしさ、平気だよ! ヨシノとサウードに逢いにいこうよ!」
一瞬、アレンもフレデリックも、ぽかんと目を瞠ってクリスを眺めた。次いで顔を見合わせて苦笑を漏らす。フレデリックはそのまま芝生の傾斜に腰をおろし、くいっと頭を傾げて二人を誘った。
「その通りだね。きみには叶わないよ、クリス」
「ずっと前にね、ヨシノに言われたんだよ。卒業したらそれで終わる。今は友人でもそれまでの関係でしかない、って。僕はその時、とても悲しかったんだ。ちょっと泣いてしまったよ。子どもだったからね。でも今なら解るよ。ヨシノは、あの頃からずっと僕たちの暮らしていたエリオットよりもずっと広い世界を生きていて、時間の流れさる速さを知っていて、そんな中で友情を保つことの難しさも知っていて――」
声を詰まらせたクリスに、残る二人はそっと彼の肩に手を重ねおいた。
「だから、そんな彼と友人でいたいなら、僕らの方が彼を追いかけて近づかなきゃいけないんだ。ヨシノは決して、歩みを止める奴じゃないんだからさ。でも、待っていてくれてるんだよ、ちゃんと。僕たちが追いつくのをさ。僕は、そんな彼をずっと見てきたんだ。だから僕は彼を信じることができるんだ」
にっこりと微笑んで胸を張って語るクリスを、アレンは瞳を揺らめかせて唖然と見つめ、口籠りながら呟いた。
「追いかけても――、いいのかな?」
「もちろんだよ」
「でも……」
「だって、相手はヨシノだよ! 追いかけなきゃどこに行ってしまうか判らないような奴じゃないか! 来られて困る時は身を隠すよ。これまでしていたみたいにさ。だから、今はいいんだよ。隠れているわけでも逃げているわけでもないんだからさ!」
クリスはあくまで屈託なく言い放つ。フレデリックは戸惑うアレンを心配そうに見つめている。
そんな単純なことではない。と口にしたいのに、本当は、そんな単純なことなのかもしれない、とも思う。相手は吉野なのだ。こちらがどんな行動を起こそうと、すべてを知っていたかのように笑ってあしらってきた吉野なのだ。
今さら、少々のことで驚くはずがない――。
声をたてて笑いだしたフレデリックに驚いて、アレンはびくりと身を震わせる。
「本当だね。僕は忘れていたよ。僕たちは、あの自由奔放なヨシノの認めてくれた友人なんだ。クリスの言う通り、ヨシノが僕たちを拒むのは、僕らに危害が及びかねない時だけで――。それ以外で、彼が僕らを拒んだことなんてなかった」
目尻に薄っすらと浮かんだ涙を指先で拭い、フレデリックはアレンに笑いかけた。
いつの間に、自分も、アレンも、こんなに憶病になってしまっていたのだろうか――。
吉野はただ真っ直ぐに歩き続ける。脇目も振らずに。それは、決して自分たちを避けているわけでも、逃げているわけでもないのだ。
ただひたすらに、理想を、夢を追い続けるその姿があまりにも眩しくて。その足許の不確かさがあまりにも恐ろしくて。
声をかけることすら躊躇うのは、自分の弱さのせいだったのに。
「一緒に、ヨシノに、それにサウードやイスハークに逢いにいこうよ。アスカさんの作った映像を届けにいこうよ!」
ぱぁっと面を輝かせるクリスと、不安げに唇を歪めるアレンとを交互に見比べながら、フレデリックはいつもの落ち着いた声音でとんでもない提案をさらりと告げていた。
飛鳥とサラは、アンケートや現場スタッフの要望に応じて毎日どこかしらイベント映像に手を加えていた。そしてその後の空いた時間に、飛鳥は吉野のための映像にとり組んだ。
デヴィッドは日々会場の管理に出向き、アレンは一度クリスとフレデリックを誘って会場見学に行った以外は、飛鳥の横で彼の色彩設計の手伝いに勤しんだ。ヘンリーは、イベント後に欧州各国と米国の支店に振り分けられることになる立体映像の取り扱いと、TSタブレットの販売戦略を隅々にまでいき渡らせるため、ロンドン本店と移転したケンブリッジ本社とを往復している。アーネストとなると、休日と称したのは一日だけで、後は顔を見せることさえない忙しさだ。
そんな中、砂漠から戻ってからもあまり外出することもなくひきこもっているアレンを心配して、フレデリックとクリスが訪ねてきた。
芝生に面した庭にでて広々とした斜面をのんびりとあがりながら、フレデリックは感嘆と戸惑いの入りまじる吐息をついていた。視線は出てきたばかりの背後のコンサバトリーを眺めながら。
「ヨシノも、サウードも、本当に信じているんだね、あんな未来を――」
「僕も信じるよ!」
クリスが頬を紅潮させて大声で応える。アレンはにっこりと頷き返している。
「僕は――、さすがにそう手放しでは応援できないよ。いろんな問題が山積みだろ?」
「ヨシノならやってのけるよ!」
威勢のいいクリスの声に続いて、アレンも肯定するように繰り返し頷く。
「夢、なんだと思う。苦しい立ち位置にいる人が前を向いて進むには、解りやすい夢や理想が必要なんだよ」
僕のように……。
アレンの笑みは、そういっているようにみえる。哀しげで、淋しげで、どこか虚ろな瞳をしている。そんな彼に眉をひそめ、フレデリックは表情を引きしめて立ち止まった。
「あんな理想を抱えていたんじゃ、ヨシノは当分帰ってこられない」
「解っている」
瞼を伏せたアレンの背中を、クリスが勢いよく叩く。
「いいじゃないか! 僕たちが逢いにいけば! もう向こうの情勢は落ち着いたんだろう? 怖い大臣もいないんだしさ、平気だよ! ヨシノとサウードに逢いにいこうよ!」
一瞬、アレンもフレデリックも、ぽかんと目を瞠ってクリスを眺めた。次いで顔を見合わせて苦笑を漏らす。フレデリックはそのまま芝生の傾斜に腰をおろし、くいっと頭を傾げて二人を誘った。
「その通りだね。きみには叶わないよ、クリス」
「ずっと前にね、ヨシノに言われたんだよ。卒業したらそれで終わる。今は友人でもそれまでの関係でしかない、って。僕はその時、とても悲しかったんだ。ちょっと泣いてしまったよ。子どもだったからね。でも今なら解るよ。ヨシノは、あの頃からずっと僕たちの暮らしていたエリオットよりもずっと広い世界を生きていて、時間の流れさる速さを知っていて、そんな中で友情を保つことの難しさも知っていて――」
声を詰まらせたクリスに、残る二人はそっと彼の肩に手を重ねおいた。
「だから、そんな彼と友人でいたいなら、僕らの方が彼を追いかけて近づかなきゃいけないんだ。ヨシノは決して、歩みを止める奴じゃないんだからさ。でも、待っていてくれてるんだよ、ちゃんと。僕たちが追いつくのをさ。僕は、そんな彼をずっと見てきたんだ。だから僕は彼を信じることができるんだ」
にっこりと微笑んで胸を張って語るクリスを、アレンは瞳を揺らめかせて唖然と見つめ、口籠りながら呟いた。
「追いかけても――、いいのかな?」
「もちろんだよ」
「でも……」
「だって、相手はヨシノだよ! 追いかけなきゃどこに行ってしまうか判らないような奴じゃないか! 来られて困る時は身を隠すよ。これまでしていたみたいにさ。だから、今はいいんだよ。隠れているわけでも逃げているわけでもないんだからさ!」
クリスはあくまで屈託なく言い放つ。フレデリックは戸惑うアレンを心配そうに見つめている。
そんな単純なことではない。と口にしたいのに、本当は、そんな単純なことなのかもしれない、とも思う。相手は吉野なのだ。こちらがどんな行動を起こそうと、すべてを知っていたかのように笑ってあしらってきた吉野なのだ。
今さら、少々のことで驚くはずがない――。
声をたてて笑いだしたフレデリックに驚いて、アレンはびくりと身を震わせる。
「本当だね。僕は忘れていたよ。僕たちは、あの自由奔放なヨシノの認めてくれた友人なんだ。クリスの言う通り、ヨシノが僕たちを拒むのは、僕らに危害が及びかねない時だけで――。それ以外で、彼が僕らを拒んだことなんてなかった」
目尻に薄っすらと浮かんだ涙を指先で拭い、フレデリックはアレンに笑いかけた。
いつの間に、自分も、アレンも、こんなに憶病になってしまっていたのだろうか――。
吉野はただ真っ直ぐに歩き続ける。脇目も振らずに。それは、決して自分たちを避けているわけでも、逃げているわけでもないのだ。
ただひたすらに、理想を、夢を追い続けるその姿があまりにも眩しくて。その足許の不確かさがあまりにも恐ろしくて。
声をかけることすら躊躇うのは、自分の弱さのせいだったのに。
「一緒に、ヨシノに、それにサウードやイスハークに逢いにいこうよ。アスカさんの作った映像を届けにいこうよ!」
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