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四章
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やっぱり、一筋縄ではいかないな、あいつは――。
二階の防音室の床に座り込み、スマートフォンに残された着信履歴とメールを確認すると、吉野はため息をついてソファーの座面に頭をもたせかけた。コンコン、とノックの音がしたが、返事をする気力もない。
「ヨシノ~、」
キョロキョロと辺りを見回すデヴィッドに、「ここだよ」と気だるげに片腕を持ち上げてひらひらと振る。
ちょうど入り口から死角になっていたデヴィッドは、ソファーの背もたれから身を乗りだして覗き込み、ふくれっ面をしてだらしなく身体を投げだしている吉野を見て、クックッと含み哂う。
「ヘンリーと連絡取れたよ~」
「メール、読んだよ」
「よかったねぇ、ヨシノ。ヘンリー応援してくれるってさ」
「ふざけるなよ、なんだよこの3%って――。三十倍にして金、返せってことかよ?」
唇を尖らせて不満顔の吉野に、「3%以上の株主には、帳簿閲覧権に、株主総会の招集請求権があるでしょ~? そんなことも知らないで大株主になる~、とか言っていたの、きみ? もし~、きみの言う通りフェイラー社が巨額損失を出すのなら、株主代表控訴で責任追及して、なおかつ帳簿閲覧で不明瞭な金の流れを追って、政治家との癒着や贈賄まで一気に叩くくらいするでしょ、ヘンリーならね」
「あいつ、自分の祖父さんの会社にそこまでやるわけ?」
「昔、そこまでやられたからねぇ、リチャード叔父さんは」
かすかに眉を寄せた吉野に、デヴィッドは、仕方なさそうに肩をすくめた。
「教えてあげるよ。ヘンリーがきみを巻き込むんなら、知っていないとフェアじゃないからね」よいしょっと、デヴィッドはソファーを乗り越えて吉野の横に座り直す。
「リチャード叔父さん、ヘンリーのお父さんってね、そっくりなんだよ、今のヘンリーとさぁ――。解るかなぁ、一言で言えば、理想的な紳士、なおかつマーシュコート伯爵で、伝統あるジョサイア貿易のオーナーで、美貌、知性、財力を兼ねそろえた非の打ちどころのない社交界の花型だったんだ」
「親父さんもあいつと同じようにひねくれた性格なの?」
「いや、ヘンリーと違って――。て、ちゃちゃ入れるんじゃないよ、ヨシノ!」
デヴィッドは、パシっと吉野の頭を叩くと軽く睨めつける。
「そのリチャード叔父さんに一目惚れしたヘンリーのお母さんのエレン・フェイラーが、もう、あの手この手で叔父さんにアプローチしたんだけど、まったく相手にされなくてさ、最後には父親の財力にものをいわせてジョサイア貿易をボロボロにして、株式を買い占めて結婚に漕ぎ着けたってわけ。エレンの父親とエレンに、発行株式の33%を握られて、離婚すらできずにいたんだよ、リチャード叔父さんは。去年だっけ、ヘンリーがやっとお祖父さまの持ち分の株式を買い戻したんだけど、まだ、エレンに10%分は握られているからねぇ――」
「でも、エレン・フェイラーは好きで結婚したんだろ?」
「それがさぁ、ヘンリーが生まれた後は英国に寄りつきもしないで、ヘンリーのことは使用人に任せっぱなし。自分は世界中で遊び回って、結局は、伯爵夫人の肩書が欲しかっただけ、ってもっぱらの噂だよ。まぁ、夫婦のことは、判んないけれどねぇ。ヘンリーは、ソールスベリー家の跡取りとして育てられてるからね。母親であろうと、祖父であろうと、ソールスベリー家を窮地に追い込むような相手は、敵でしかないんだよ」
ため息をつくデヴィッドから視線を逸らし、吉野は釈然としないままポツリと呟いた。
「だから、アレンも憎いのか? 弟なのに――」
「ソールスベリーじゃないからね、あの子は。――でも、僕は、憎んではいないと思ってる。彼はそこまで愚かじゃない。あの子を見ていると、もどかしいんだと思う。昔の自分を見ているようで」
遠い目をして哂うデヴィッドに、「どういう意味?」と吉野は訝しげに視線を戻す。
「サラが屋敷に来て、ヘンリーは初めてフェイラーに歯向かえるだけの武器を手に入れた。フェイラーに握り潰されていた自分の未来を取り戻したんだ」
「よく判んねぇよ」
「ヨシノ~、きみって、意外に馬鹿なの?」
「そんなの、判るわけないだろ! なんでサラが来たことが武器に繋がるんだよ? 反対じゃないのか? ややこしい子どもがもう一人増えて」
「だからさ、アレンを見ていて判らない? サラに出会って初めて、ヘンリーは自分で考えるってことを知ったんだよ。そして気がついたんだ、今までどんなふうに、自分がフェイラーに支配されていたかってことにね。アレンが、きみに出会って変わったのと同じ!」
「あいつ、変わったか?」
吉野はふっと表情を和らげて、デヴィッドを見あげた。
「頭を高く上げて、空を見あげられるほどにね」
デヴィッドは、首を傾げて考え込むように黙り込んだ吉野の頭を、わしわしと撫でて続けた。
「『僕はたとえ胡桃の殻の中にいようとも、無限の世界を我が物と思うことができる』」
「ハムレット?」
戸惑う吉野に、「男の子はねぇ、空の広さに憧れた時初めて、自分が住んでいるのが胡桃の中だってことに気がつくんだよ」と諭すように言い、「まぁ、きみには判らないだろうけれどねぇ」と、さも可笑しそうにクスクスと笑った。
二階の防音室の床に座り込み、スマートフォンに残された着信履歴とメールを確認すると、吉野はため息をついてソファーの座面に頭をもたせかけた。コンコン、とノックの音がしたが、返事をする気力もない。
「ヨシノ~、」
キョロキョロと辺りを見回すデヴィッドに、「ここだよ」と気だるげに片腕を持ち上げてひらひらと振る。
ちょうど入り口から死角になっていたデヴィッドは、ソファーの背もたれから身を乗りだして覗き込み、ふくれっ面をしてだらしなく身体を投げだしている吉野を見て、クックッと含み哂う。
「ヘンリーと連絡取れたよ~」
「メール、読んだよ」
「よかったねぇ、ヨシノ。ヘンリー応援してくれるってさ」
「ふざけるなよ、なんだよこの3%って――。三十倍にして金、返せってことかよ?」
唇を尖らせて不満顔の吉野に、「3%以上の株主には、帳簿閲覧権に、株主総会の招集請求権があるでしょ~? そんなことも知らないで大株主になる~、とか言っていたの、きみ? もし~、きみの言う通りフェイラー社が巨額損失を出すのなら、株主代表控訴で責任追及して、なおかつ帳簿閲覧で不明瞭な金の流れを追って、政治家との癒着や贈賄まで一気に叩くくらいするでしょ、ヘンリーならね」
「あいつ、自分の祖父さんの会社にそこまでやるわけ?」
「昔、そこまでやられたからねぇ、リチャード叔父さんは」
かすかに眉を寄せた吉野に、デヴィッドは、仕方なさそうに肩をすくめた。
「教えてあげるよ。ヘンリーがきみを巻き込むんなら、知っていないとフェアじゃないからね」よいしょっと、デヴィッドはソファーを乗り越えて吉野の横に座り直す。
「リチャード叔父さん、ヘンリーのお父さんってね、そっくりなんだよ、今のヘンリーとさぁ――。解るかなぁ、一言で言えば、理想的な紳士、なおかつマーシュコート伯爵で、伝統あるジョサイア貿易のオーナーで、美貌、知性、財力を兼ねそろえた非の打ちどころのない社交界の花型だったんだ」
「親父さんもあいつと同じようにひねくれた性格なの?」
「いや、ヘンリーと違って――。て、ちゃちゃ入れるんじゃないよ、ヨシノ!」
デヴィッドは、パシっと吉野の頭を叩くと軽く睨めつける。
「そのリチャード叔父さんに一目惚れしたヘンリーのお母さんのエレン・フェイラーが、もう、あの手この手で叔父さんにアプローチしたんだけど、まったく相手にされなくてさ、最後には父親の財力にものをいわせてジョサイア貿易をボロボロにして、株式を買い占めて結婚に漕ぎ着けたってわけ。エレンの父親とエレンに、発行株式の33%を握られて、離婚すらできずにいたんだよ、リチャード叔父さんは。去年だっけ、ヘンリーがやっとお祖父さまの持ち分の株式を買い戻したんだけど、まだ、エレンに10%分は握られているからねぇ――」
「でも、エレン・フェイラーは好きで結婚したんだろ?」
「それがさぁ、ヘンリーが生まれた後は英国に寄りつきもしないで、ヘンリーのことは使用人に任せっぱなし。自分は世界中で遊び回って、結局は、伯爵夫人の肩書が欲しかっただけ、ってもっぱらの噂だよ。まぁ、夫婦のことは、判んないけれどねぇ。ヘンリーは、ソールスベリー家の跡取りとして育てられてるからね。母親であろうと、祖父であろうと、ソールスベリー家を窮地に追い込むような相手は、敵でしかないんだよ」
ため息をつくデヴィッドから視線を逸らし、吉野は釈然としないままポツリと呟いた。
「だから、アレンも憎いのか? 弟なのに――」
「ソールスベリーじゃないからね、あの子は。――でも、僕は、憎んではいないと思ってる。彼はそこまで愚かじゃない。あの子を見ていると、もどかしいんだと思う。昔の自分を見ているようで」
遠い目をして哂うデヴィッドに、「どういう意味?」と吉野は訝しげに視線を戻す。
「サラが屋敷に来て、ヘンリーは初めてフェイラーに歯向かえるだけの武器を手に入れた。フェイラーに握り潰されていた自分の未来を取り戻したんだ」
「よく判んねぇよ」
「ヨシノ~、きみって、意外に馬鹿なの?」
「そんなの、判るわけないだろ! なんでサラが来たことが武器に繋がるんだよ? 反対じゃないのか? ややこしい子どもがもう一人増えて」
「だからさ、アレンを見ていて判らない? サラに出会って初めて、ヘンリーは自分で考えるってことを知ったんだよ。そして気がついたんだ、今までどんなふうに、自分がフェイラーに支配されていたかってことにね。アレンが、きみに出会って変わったのと同じ!」
「あいつ、変わったか?」
吉野はふっと表情を和らげて、デヴィッドを見あげた。
「頭を高く上げて、空を見あげられるほどにね」
デヴィッドは、首を傾げて考え込むように黙り込んだ吉野の頭を、わしわしと撫でて続けた。
「『僕はたとえ胡桃の殻の中にいようとも、無限の世界を我が物と思うことができる』」
「ハムレット?」
戸惑う吉野に、「男の子はねぇ、空の広さに憧れた時初めて、自分が住んでいるのが胡桃の中だってことに気がつくんだよ」と諭すように言い、「まぁ、きみには判らないだろうけれどねぇ」と、さも可笑しそうにクスクスと笑った。
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