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四章
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店員のコーディネートした、ふわふわの白黒モヘアのボーダーニットに、黒のダメージスキニーデニム、レースアップブーツを身に着けたアレンは、最後のコートの段になって、そんなのは駄目だ、という吉野と、いや、これが一押しで譲れない、という店員の言い争いを、他人事のようにぼんやり聞いていた。
銀のロングコートを手にした店員が、「この銀色がいいんじゃないの! あの子の天使のイメージにぴったりで!」と、叫ぶ。
「何が天使だ! あいつはただの人間だ! ただでさえ目立つのに、そんな派手なもの着せられるか!」と、吉野は、真っ黒の地味なコートを指さしている。しばらく、ぎゃあぎゃあと言い合った後、そのどちらでもない、黒のナポレオンジャケットに決まった。
「はい、これがこっちで受け取るお品の合計額で、これがお買い上げ金額、で、これがその差額分ね」と、店員は歌うように楽し気に、伝票と、売り払った服の残金を、細い指先で摘まんで吉野に渡し、おもむろにショーケースから銀のクロスのネックレスを取り出すと、アレンの首にかけてやった。
「これは、プレゼントよ。メリークリスマス」
「ありがとう。メリークリスマス」
黙りこくったままのアレンに代わって吉野がお礼を言う。そして最後にカウンターに残っていた黒のキャスケットを目深にアレンの頭に被せた。
「あんまり、ポッシュなお坊ちゃんを振り回すんじゃないよ。さっさと家に帰りな!」
店員は、吉野の耳許で真面目な顔をして忠告し、その肩をポンと叩く。吉野は、にっと笑って軽く手を振って応えた。
「さぁ、メシにしよう。何が食いたい?」
吉野は買ったばかりの色褪せたモッズコートを翻し、足早に歩きながら真っ直ぐに進んでいく。
アレンは、広い通りの両側に並ぶ、シャッターの閉められた店舗の上に掲げられた巨大なスニーカーや、ジーンズのオブジェに目を見張り、ネオンで飾られた派手なデザインの大看板に呆気に取られて辺りをキョロキョロと見廻している。吉野の声にはっとして、遅れまいと小走りで追いかけ、「なんでもいいよ」と、その顔を見上げる。
「いいわけないだろ? お前、めちゃくちゃ好き嫌い多いくせに」
吉野は息を弾ませているアレンにチラリと目をやると、歩調を緩めながら、「エスニックは食えるの? カレーは苦手だろ? 肉なら大丈夫か?」と、矢継ぎ早に質問する。
「えっと、どうだろう? たぶん、大丈夫――」
「見てから決めよう」
吉野は『ステイブルズ・マーケット』と書かれた大看板の掛かった一画を指さした。
入り口の門をくぐってまず目に飛び込んできた二体のメタル巨像に、あんぐりと口を開けて圧倒されているアレンを尻目に、そんなものには関心もなさそうな吉野は、さっさと来い、とばかりに顎をしゃくってアレンを呼ぶ。
夜も更けているというのに、人通りが切れないばかりか、かえってどんどんと増えてきているようだ。吉野は急に足を止め、その背中を見失わないようにと緊張して少し後ろを歩いていたアレンを振り返る。そしてその肩を抱いて今度はゆっくりと歩き出す。
「おい、絶対に逸れるなよ。こんなところで迷子になったりしたら、売り飛ばされるぞ」
フードコートに立ち並ぶ屋台を覗きながら、吉野は、これは? と、一つずつ確認するように尋ねている。アレンは困った顔をして首を傾げ、「きみが決めて。僕は本当に何でもいいよ」と、怖々と、気味悪いものでも見るように屋台に並ぶ、インドや、中国、ブラジルやアラブなどの世界各国の料理を見つめる。
吉野は小さくため息をついて、「ハンバーガーとか、ホットドッグなら食えるか?」とイライラした調子で言うと、アレンは申し訳なさそう、「食べたことがないんだ。でも、きっと大丈夫だよ」と、消え入りそうな声で応えた。
「じゃ、試してみよう」
吉野はやっと、むすっとした不機嫌そうな顔を崩してにっと笑った。
屋外に設置された古ぼけた木製のテーブルベンチに腰掛けて、小さな子どもの頭ほどもありそうなハンバーガーにかぶりつきながら、アレンはそっと、黙ったままテーブル一杯に並べられた、彼にはよく判らない料理を、片っ端から平らげている吉野を盗み見る。
いったい、この量の食べ物が、この細い身体のどこに収まるんだろう?
などと食べることを忘れて、ぼんやりと考えていると、「くたびれた?」と瞬く間にあらかた食事を終えた吉野が、コーヒーをゆっくりと飲みながら訊いた。
アレンは、ふるふると頭を振る。
「もう食わないの? お前、本当に食が細いよな」
吉野はテーブルに置かれた三分の一も食べられていないハンバーガーを手に取ると、二つに割って、「あと、これだけ食っとけ。明日は一日忙しいぞ」と、残りの半分を一口で平らげた。
帽子を脱ぎ、髪をかき上げて、大きなセレストブルーの瞳をもっと大きくして、不思議そうに自分を見つめるアレンに、吉野は、「明日はハイド・パークのウインター・ワンダーランドに行くからな。あそこならクリスマス・イブでも一日潰せるし、食いっぱぐれない」と、笑って言った。ついで、急に真面目な声で、「お前、もっと自己主張しろよ。俺、言われないと判らないよ。飛鳥みたいな、なんでも察してやれるタイプじゃないからな。嫌な事は、嫌だって言えよな」と言い、視線だけ動かしてアレンの背後を見廻した。
「――ごめんなさい、」
「謝るなよ。お前は、何も悪いことなんかしていないだろ? ――おい、帽子被っとけ」
テーブルに置かれたキャスケットをアレンの頭に被せると、吉野は勢いよく立ち上がる。
「行くぞ」
アレンの手首を掴むと、走り出した。
背後で、「ほらやっぱり、TSの天使よ!」と幾人かの声が微かに耳を掠める。人混みに紛れるように走り抜け、しばらくして息を弾ませて立ち止まった二人は、顔を見合わせて笑い出した。
「腹、痛ぇ――」
吉野は眉を寄せて、本当に苦しいのか、ただ可笑しいのか、アレンには判らないまま、自身の腹を片手で押さえ、まだまだ収まらないといったふうにクスクスと笑い続けていた。そして、やっと笑い止むと、膝を折って、目深に被った帽子の下のアレンを覗き込むように見つめ、悪戯な瞳で、「明日は、もっと上手く変装していかないとな」とにっと笑い、もう片方の腕をアレンの肩に廻して、歩き始めた。
銀のロングコートを手にした店員が、「この銀色がいいんじゃないの! あの子の天使のイメージにぴったりで!」と、叫ぶ。
「何が天使だ! あいつはただの人間だ! ただでさえ目立つのに、そんな派手なもの着せられるか!」と、吉野は、真っ黒の地味なコートを指さしている。しばらく、ぎゃあぎゃあと言い合った後、そのどちらでもない、黒のナポレオンジャケットに決まった。
「はい、これがこっちで受け取るお品の合計額で、これがお買い上げ金額、で、これがその差額分ね」と、店員は歌うように楽し気に、伝票と、売り払った服の残金を、細い指先で摘まんで吉野に渡し、おもむろにショーケースから銀のクロスのネックレスを取り出すと、アレンの首にかけてやった。
「これは、プレゼントよ。メリークリスマス」
「ありがとう。メリークリスマス」
黙りこくったままのアレンに代わって吉野がお礼を言う。そして最後にカウンターに残っていた黒のキャスケットを目深にアレンの頭に被せた。
「あんまり、ポッシュなお坊ちゃんを振り回すんじゃないよ。さっさと家に帰りな!」
店員は、吉野の耳許で真面目な顔をして忠告し、その肩をポンと叩く。吉野は、にっと笑って軽く手を振って応えた。
「さぁ、メシにしよう。何が食いたい?」
吉野は買ったばかりの色褪せたモッズコートを翻し、足早に歩きながら真っ直ぐに進んでいく。
アレンは、広い通りの両側に並ぶ、シャッターの閉められた店舗の上に掲げられた巨大なスニーカーや、ジーンズのオブジェに目を見張り、ネオンで飾られた派手なデザインの大看板に呆気に取られて辺りをキョロキョロと見廻している。吉野の声にはっとして、遅れまいと小走りで追いかけ、「なんでもいいよ」と、その顔を見上げる。
「いいわけないだろ? お前、めちゃくちゃ好き嫌い多いくせに」
吉野は息を弾ませているアレンにチラリと目をやると、歩調を緩めながら、「エスニックは食えるの? カレーは苦手だろ? 肉なら大丈夫か?」と、矢継ぎ早に質問する。
「えっと、どうだろう? たぶん、大丈夫――」
「見てから決めよう」
吉野は『ステイブルズ・マーケット』と書かれた大看板の掛かった一画を指さした。
入り口の門をくぐってまず目に飛び込んできた二体のメタル巨像に、あんぐりと口を開けて圧倒されているアレンを尻目に、そんなものには関心もなさそうな吉野は、さっさと来い、とばかりに顎をしゃくってアレンを呼ぶ。
夜も更けているというのに、人通りが切れないばかりか、かえってどんどんと増えてきているようだ。吉野は急に足を止め、その背中を見失わないようにと緊張して少し後ろを歩いていたアレンを振り返る。そしてその肩を抱いて今度はゆっくりと歩き出す。
「おい、絶対に逸れるなよ。こんなところで迷子になったりしたら、売り飛ばされるぞ」
フードコートに立ち並ぶ屋台を覗きながら、吉野は、これは? と、一つずつ確認するように尋ねている。アレンは困った顔をして首を傾げ、「きみが決めて。僕は本当に何でもいいよ」と、怖々と、気味悪いものでも見るように屋台に並ぶ、インドや、中国、ブラジルやアラブなどの世界各国の料理を見つめる。
吉野は小さくため息をついて、「ハンバーガーとか、ホットドッグなら食えるか?」とイライラした調子で言うと、アレンは申し訳なさそう、「食べたことがないんだ。でも、きっと大丈夫だよ」と、消え入りそうな声で応えた。
「じゃ、試してみよう」
吉野はやっと、むすっとした不機嫌そうな顔を崩してにっと笑った。
屋外に設置された古ぼけた木製のテーブルベンチに腰掛けて、小さな子どもの頭ほどもありそうなハンバーガーにかぶりつきながら、アレンはそっと、黙ったままテーブル一杯に並べられた、彼にはよく判らない料理を、片っ端から平らげている吉野を盗み見る。
いったい、この量の食べ物が、この細い身体のどこに収まるんだろう?
などと食べることを忘れて、ぼんやりと考えていると、「くたびれた?」と瞬く間にあらかた食事を終えた吉野が、コーヒーをゆっくりと飲みながら訊いた。
アレンは、ふるふると頭を振る。
「もう食わないの? お前、本当に食が細いよな」
吉野はテーブルに置かれた三分の一も食べられていないハンバーガーを手に取ると、二つに割って、「あと、これだけ食っとけ。明日は一日忙しいぞ」と、残りの半分を一口で平らげた。
帽子を脱ぎ、髪をかき上げて、大きなセレストブルーの瞳をもっと大きくして、不思議そうに自分を見つめるアレンに、吉野は、「明日はハイド・パークのウインター・ワンダーランドに行くからな。あそこならクリスマス・イブでも一日潰せるし、食いっぱぐれない」と、笑って言った。ついで、急に真面目な声で、「お前、もっと自己主張しろよ。俺、言われないと判らないよ。飛鳥みたいな、なんでも察してやれるタイプじゃないからな。嫌な事は、嫌だって言えよな」と言い、視線だけ動かしてアレンの背後を見廻した。
「――ごめんなさい、」
「謝るなよ。お前は、何も悪いことなんかしていないだろ? ――おい、帽子被っとけ」
テーブルに置かれたキャスケットをアレンの頭に被せると、吉野は勢いよく立ち上がる。
「行くぞ」
アレンの手首を掴むと、走り出した。
背後で、「ほらやっぱり、TSの天使よ!」と幾人かの声が微かに耳を掠める。人混みに紛れるように走り抜け、しばらくして息を弾ませて立ち止まった二人は、顔を見合わせて笑い出した。
「腹、痛ぇ――」
吉野は眉を寄せて、本当に苦しいのか、ただ可笑しいのか、アレンには判らないまま、自身の腹を片手で押さえ、まだまだ収まらないといったふうにクスクスと笑い続けていた。そして、やっと笑い止むと、膝を折って、目深に被った帽子の下のアレンを覗き込むように見つめ、悪戯な瞳で、「明日は、もっと上手く変装していかないとな」とにっと笑い、もう片方の腕をアレンの肩に廻して、歩き始めた。
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