胡桃の中の蜃気楼

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
171 / 739
三章

しおりを挟む
「次年度の生徒会役員と監督生、それに各寮の寮長が出揃ったよ」
 チャールズは自室に戻るなり、ソファーに寝そべってうたた寝している吉野の額を、持っていた紙の束でポンと叩いて言った。
「遅い。人を呼び出しておいて遅れるなよ」
 吉野は、うっとおしそうに顔をしかめ、身体を起こす。

「ほら、きみのリクエストだ」
 チャールズは持っていた用紙を渡した。吉野はそのリストにざっと目を通す。
「ほぼ予想通りだな。こいつと、こいつは、俺、知らないな。でも、監督生は当たり障りがない感じだ」
「その分、次年度の生徒会は厄介だぞ。ベンが監督生に移ったからね。カレッジ寮うちの子は、四学年のアボット一人だ」
「解ってるよ。で、銀ボタンは、誰?」
「きみ」
「はぁ?」
 吉野は、訝し気にリストから顔を上げ、チャールズに視線を向けた。

「冗談だろ。最優秀生徒だぞ、下級生が選ばれる訳がないじゃないか」
「次年度、ケンブリッジに願書を出すんだろ? すでにハワード教授から受諾の返事を貰っているって? Aレベルも合格圏内だし、何十年ぶりかの低年齢合格者になるからね」
「何べらべら喋っているんだよ、あの校長――」

 腹立たしそうに呟くと、吉野は手にしていたリストをテーブルに叩き付ける。

「その銀ボタン、断れないの?」
「無理だね。ほら、そんな顔するなよ」
 チャールズはクスクス笑って、吉野の頭を撫でた。
「俺の早期受験、飛鳥や、ヘンリーは反対しているんだ。だからまだどうなるか判らないよ。それに、監督生を差し置いて睨まれるのは面倒くさい
。生徒会の連中は馬鹿ばっかりだから別にいいけど――」


「ベンが仕切ってくれるさ」
 チャールズは別段気にしているふうでもなく朗らかに笑った。
「あいつ、人望だけはあるもんな。でも監督生って成績上位者だろ? よくあれで選ばれたな……」
「自分以外は、皆、馬鹿に見えるかい? ベンは見かけよりもずっと優秀だよ。きみがいなかったら彼が銀ボタンだったはずだからね」
 チャールズは苦笑して、意外感を隠そうともしない吉野をたしなめる。

「皆、ベンだと思っていたんだ。けれど当の本人はそんなことを気にするような奴じゃない。この決定に文句を言う奴がいたら、彼が率先してきみを庇うさ」
「俺が文句をつけるよ。この学校、何よりも秩序を重んじるくせに、こんなのおかしい」
 吉野は、イライラと爪を噛み始めている。
「ヨシノ、また……。せっかく最近は治まっていたのに。そうカリカリするなよ。別に大した事じゃないさ、銀ボタンくらい」
 チャールズは小さくため息をついて、吉野の手を押さえた。
「俺、反省室の常連だぞ。誰も納得できるかよ。それにそんなもので俺を縛ろうとする、そのやり口が気に入らない」


 オンラインカジノ事件の誤解は解かれたが、反省室から脱走した罰として一週間ほど逆戻りさせられた。その後も寮の部屋から抜け出していたのが寮監にバレて、また反省室だ。生徒会の連中と遊んでいて門限に遅れた時も――。チャールズも、もう俺を庇うのが面倒になったのか、さっさと反省室に叩き込んでくれるようになった。おまけに今では窓から逃げられないように、ご丁寧に窓枠に格子まで嵌められている。


「銀ボタンは、成績優秀者に与えられるからねぇ」
「お前らみたいに、権威を有難がると思ったらお門違いだ」
 吉野は吐き捨てるように言って顔を背けた。
「その権威をどう使うかは、きみ次第だよ」
 チャールズは、もう一度ぽんっと吉野の頭を撫でてやる。

「それより、ベンがきみの入り浸っているパブの女の子に惚れて、足繁く通っているって本当かい?」
 吉野はゆっくりと振り向いて、チャールズをじっと見つめた。
「誰がそんなこと言っているの?」
「最上級生の間じゃ有名だよ」
 吉野の瞳を真っ直ぐに見つめ返していたチャールズは、困ったように唇を歪めて嗤い、「ミイラ取りがミイラになってどうするんだよ……」と重たげな吐息を漏らす。

「さて、どうするかな――。全く、卒業間近だってのに、こんなことじゃ安心してベンに後を任せていけないじゃないか……」
「あいつには遠回しにいろいろ言ってはみたんだけれどな。俺が口出ししていいことでもないし……。俺からアンに言うよ。こういう時って、傷つくのは女の子の方だもんな」

 珍しく真面目な顔をして淡々とした口調で喋る吉野に、「おや、意外にフェミニストなんだね、きみは」とチャールズは揶揄うように笑みをのせる。
「アンは親が階級差からくるギャップで離婚しているんだよ。ベンは貴族の嫡男だろ? 今時、身分だの、階級だの、冗談みたいな国だよな、ここは」
 やるせない表情で嗤う吉野に、チャールズは真剣に尋ねた。
「きみは? きみはどうなの、その彼女のことどう思っているんだ」
「俺? アンはいい子だよ、働き者だし、気も利くし頭も悪くない」
 真面目に答える吉野に、チャールズは思わず吹き出しながら頷いた。
「それで?」
上流階級アッパーが、遊びで手を出していいような相手じゃないよ」

 堪えきれず笑い出しながら、チャールズは、吉野の頭をわしわしと撫でた。

「やめろよ、犬じゃないんだぞ」
「ああ、そうだね、きみってそんな感じだ」
 嫌そうに頭を揺する吉野の肩をぽんぽんと叩く。
「ほんと、きみって子は、可愛いねぇ」

 訳が判らず、不愉快そうにぎろっと睨みつける吉野を面白そうに見返すと、チャールズは、身体を小刻みに震わせて本格的に笑い出した。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

堕ちた父は最愛の息子を欲に任せ犯し抜く

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

処理中です...