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三章
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「次年度の生徒会役員と監督生、それに各寮の寮長が出揃ったよ」
チャールズは自室に戻るなり、ソファーに寝そべってうたた寝している吉野の額を、持っていた紙の束でポンと叩いて言った。
「遅い。人を呼び出しておいて遅れるなよ」
吉野は、うっとおしそうに顔をしかめ、身体を起こす。
「ほら、きみのリクエストだ」
チャールズは持っていた用紙を渡した。吉野はそのリストにざっと目を通す。
「ほぼ予想通りだな。こいつと、こいつは、俺、知らないな。でも、監督生は当たり障りがない感じだ」
「その分、次年度の生徒会は厄介だぞ。ベンが監督生に移ったからね。カレッジ寮の子は、四学年のアボット一人だ」
「解ってるよ。で、銀ボタンは、誰?」
「きみ」
「はぁ?」
吉野は、訝し気にリストから顔を上げ、チャールズに視線を向けた。
「冗談だろ。最優秀生徒だぞ、下級生が選ばれる訳がないじゃないか」
「次年度、ケンブリッジに願書を出すんだろ? すでにハワード教授から受諾の返事を貰っているって? Aレベルも合格圏内だし、何十年ぶりかの低年齢合格者になるからね」
「何べらべら喋っているんだよ、あの校長――」
腹立たしそうに呟くと、吉野は手にしていたリストをテーブルに叩き付ける。
「その銀ボタン、断れないの?」
「無理だね。ほら、そんな顔するなよ」
チャールズはクスクス笑って、吉野の頭を撫でた。
「俺の早期受験、飛鳥や、ヘンリーは反対しているんだ。だからまだどうなるか判らないよ。それに、監督生を差し置いて睨まれるのは面倒くさい
。生徒会の連中は馬鹿ばっかりだから別にいいけど――」
「ベンが仕切ってくれるさ」
チャールズは別段気にしているふうでもなく朗らかに笑った。
「あいつ、人望だけはあるもんな。でも監督生って成績上位者だろ? よくあれで選ばれたな……」
「自分以外は、皆、馬鹿に見えるかい? ベンは見かけよりもずっと優秀だよ。きみがいなかったら彼が銀ボタンだったはずだからね」
チャールズは苦笑して、意外感を隠そうともしない吉野をたしなめる。
「皆、ベンだと思っていたんだ。けれど当の本人はそんなことを気にするような奴じゃない。この決定に文句を言う奴がいたら、彼が率先してきみを庇うさ」
「俺が文句をつけるよ。この学校、何よりも秩序を重んじるくせに、こんなのおかしい」
吉野は、イライラと爪を噛み始めている。
「ヨシノ、また……。せっかく最近は治まっていたのに。そうカリカリするなよ。別に大した事じゃないさ、銀ボタンくらい」
チャールズは小さくため息をついて、吉野の手を押さえた。
「俺、反省室の常連だぞ。誰も納得できるかよ。それにそんなもので俺を縛ろうとする、そのやり口が気に入らない」
オンラインカジノ事件の誤解は解かれたが、反省室から脱走した罰として一週間ほど逆戻りさせられた。その後も寮の部屋から抜け出していたのが寮監にバレて、また反省室だ。生徒会の連中と遊んでいて門限に遅れた時も――。チャールズも、もう俺を庇うのが面倒になったのか、さっさと反省室に叩き込んでくれるようになった。おまけに今では窓から逃げられないように、ご丁寧に窓枠に格子まで嵌められている。
「銀ボタンは、成績優秀者に与えられるからねぇ」
「お前らみたいに、権威を有難がると思ったらお門違いだ」
吉野は吐き捨てるように言って顔を背けた。
「その権威をどう使うかは、きみ次第だよ」
チャールズは、もう一度ぽんっと吉野の頭を撫でてやる。
「それより、ベンがきみの入り浸っているパブの女の子に惚れて、足繁く通っているって本当かい?」
吉野はゆっくりと振り向いて、チャールズをじっと見つめた。
「誰がそんなこと言っているの?」
「最上級生の間じゃ有名だよ」
吉野の瞳を真っ直ぐに見つめ返していたチャールズは、困ったように唇を歪めて嗤い、「ミイラ取りがミイラになってどうするんだよ……」と重たげな吐息を漏らす。
「さて、どうするかな――。全く、卒業間近だってのに、こんなことじゃ安心してベンに後を任せていけないじゃないか……」
「あいつには遠回しにいろいろ言ってはみたんだけれどな。俺が口出ししていいことでもないし……。俺からアンに言うよ。こういう時って、傷つくのは女の子の方だもんな」
珍しく真面目な顔をして淡々とした口調で喋る吉野に、「おや、意外にフェミニストなんだね、きみは」とチャールズは揶揄うように笑みをのせる。
「アンは親が階級差からくるギャップで離婚しているんだよ。ベンは貴族の嫡男だろ? 今時、身分だの、階級だの、冗談みたいな国だよな、ここは」
やるせない表情で嗤う吉野に、チャールズは真剣に尋ねた。
「きみは? きみはどうなの、その彼女のことどう思っているんだ」
「俺? アンはいい子だよ、働き者だし、気も利くし頭も悪くない」
真面目に答える吉野に、チャールズは思わず吹き出しながら頷いた。
「それで?」
「上流階級が、遊びで手を出していいような相手じゃないよ」
堪えきれず笑い出しながら、チャールズは、吉野の頭をわしわしと撫でた。
「やめろよ、犬じゃないんだぞ」
「ああ、そうだね、きみってそんな感じだ」
嫌そうに頭を揺する吉野の肩をぽんぽんと叩く。
「ほんと、きみって子は、可愛いねぇ」
訳が判らず、不愉快そうにぎろっと睨みつける吉野を面白そうに見返すと、チャールズは、身体を小刻みに震わせて本格的に笑い出した。
チャールズは自室に戻るなり、ソファーに寝そべってうたた寝している吉野の額を、持っていた紙の束でポンと叩いて言った。
「遅い。人を呼び出しておいて遅れるなよ」
吉野は、うっとおしそうに顔をしかめ、身体を起こす。
「ほら、きみのリクエストだ」
チャールズは持っていた用紙を渡した。吉野はそのリストにざっと目を通す。
「ほぼ予想通りだな。こいつと、こいつは、俺、知らないな。でも、監督生は当たり障りがない感じだ」
「その分、次年度の生徒会は厄介だぞ。ベンが監督生に移ったからね。カレッジ寮の子は、四学年のアボット一人だ」
「解ってるよ。で、銀ボタンは、誰?」
「きみ」
「はぁ?」
吉野は、訝し気にリストから顔を上げ、チャールズに視線を向けた。
「冗談だろ。最優秀生徒だぞ、下級生が選ばれる訳がないじゃないか」
「次年度、ケンブリッジに願書を出すんだろ? すでにハワード教授から受諾の返事を貰っているって? Aレベルも合格圏内だし、何十年ぶりかの低年齢合格者になるからね」
「何べらべら喋っているんだよ、あの校長――」
腹立たしそうに呟くと、吉野は手にしていたリストをテーブルに叩き付ける。
「その銀ボタン、断れないの?」
「無理だね。ほら、そんな顔するなよ」
チャールズはクスクス笑って、吉野の頭を撫でた。
「俺の早期受験、飛鳥や、ヘンリーは反対しているんだ。だからまだどうなるか判らないよ。それに、監督生を差し置いて睨まれるのは面倒くさい
。生徒会の連中は馬鹿ばっかりだから別にいいけど――」
「ベンが仕切ってくれるさ」
チャールズは別段気にしているふうでもなく朗らかに笑った。
「あいつ、人望だけはあるもんな。でも監督生って成績上位者だろ? よくあれで選ばれたな……」
「自分以外は、皆、馬鹿に見えるかい? ベンは見かけよりもずっと優秀だよ。きみがいなかったら彼が銀ボタンだったはずだからね」
チャールズは苦笑して、意外感を隠そうともしない吉野をたしなめる。
「皆、ベンだと思っていたんだ。けれど当の本人はそんなことを気にするような奴じゃない。この決定に文句を言う奴がいたら、彼が率先してきみを庇うさ」
「俺が文句をつけるよ。この学校、何よりも秩序を重んじるくせに、こんなのおかしい」
吉野は、イライラと爪を噛み始めている。
「ヨシノ、また……。せっかく最近は治まっていたのに。そうカリカリするなよ。別に大した事じゃないさ、銀ボタンくらい」
チャールズは小さくため息をついて、吉野の手を押さえた。
「俺、反省室の常連だぞ。誰も納得できるかよ。それにそんなもので俺を縛ろうとする、そのやり口が気に入らない」
オンラインカジノ事件の誤解は解かれたが、反省室から脱走した罰として一週間ほど逆戻りさせられた。その後も寮の部屋から抜け出していたのが寮監にバレて、また反省室だ。生徒会の連中と遊んでいて門限に遅れた時も――。チャールズも、もう俺を庇うのが面倒になったのか、さっさと反省室に叩き込んでくれるようになった。おまけに今では窓から逃げられないように、ご丁寧に窓枠に格子まで嵌められている。
「銀ボタンは、成績優秀者に与えられるからねぇ」
「お前らみたいに、権威を有難がると思ったらお門違いだ」
吉野は吐き捨てるように言って顔を背けた。
「その権威をどう使うかは、きみ次第だよ」
チャールズは、もう一度ぽんっと吉野の頭を撫でてやる。
「それより、ベンがきみの入り浸っているパブの女の子に惚れて、足繁く通っているって本当かい?」
吉野はゆっくりと振り向いて、チャールズをじっと見つめた。
「誰がそんなこと言っているの?」
「最上級生の間じゃ有名だよ」
吉野の瞳を真っ直ぐに見つめ返していたチャールズは、困ったように唇を歪めて嗤い、「ミイラ取りがミイラになってどうするんだよ……」と重たげな吐息を漏らす。
「さて、どうするかな――。全く、卒業間近だってのに、こんなことじゃ安心してベンに後を任せていけないじゃないか……」
「あいつには遠回しにいろいろ言ってはみたんだけれどな。俺が口出ししていいことでもないし……。俺からアンに言うよ。こういう時って、傷つくのは女の子の方だもんな」
珍しく真面目な顔をして淡々とした口調で喋る吉野に、「おや、意外にフェミニストなんだね、きみは」とチャールズは揶揄うように笑みをのせる。
「アンは親が階級差からくるギャップで離婚しているんだよ。ベンは貴族の嫡男だろ? 今時、身分だの、階級だの、冗談みたいな国だよな、ここは」
やるせない表情で嗤う吉野に、チャールズは真剣に尋ねた。
「きみは? きみはどうなの、その彼女のことどう思っているんだ」
「俺? アンはいい子だよ、働き者だし、気も利くし頭も悪くない」
真面目に答える吉野に、チャールズは思わず吹き出しながら頷いた。
「それで?」
「上流階級が、遊びで手を出していいような相手じゃないよ」
堪えきれず笑い出しながら、チャールズは、吉野の頭をわしわしと撫でた。
「やめろよ、犬じゃないんだぞ」
「ああ、そうだね、きみってそんな感じだ」
嫌そうに頭を揺する吉野の肩をぽんぽんと叩く。
「ほんと、きみって子は、可愛いねぇ」
訳が判らず、不愉快そうにぎろっと睨みつける吉野を面白そうに見返すと、チャールズは、身体を小刻みに震わせて本格的に笑い出した。
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