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三章
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「どうしてエリオットの創立祭は平日にやるんだよ! 休めない――。抜けられない――。せっかく吉野がクリケットの試合に出るのに!」
「前夜祭は見にいけるじゃないか」
創立祭当日の特別講義が決まってから、思い出す度に悪態をつく飛鳥を今日もヘンリーが宥めている。
「久しぶりに会えるのは嬉しいけど、吉野の出番はないもの」と飛鳥は面白くなさそうに憮然とした顔を向ける。
「吉野の友達の演奏を聴いて、それだけだよ」
「ずいぶんな話だな。僕のクリケットの試合はちっとも見てくれなかったのに」
「見ていて怖いもの」
「クリケットは、そんな怪我をするようなスポーツじゃないよ」
「きみの試合は、相手チームが可哀想になるから見たくないの! 吉野はめったに球技はしないから応援してあげたいんだよ!」
思いっきり唇を尖らせて不貞腐れている飛鳥を、ヘンリーはクスクスと笑って眺めている。
「アスカ、またヨシノが写っているよ」
スマートフォンをチェックしていたアーネストの声に、飛鳥はソファーの背もたれ越しに、横にいるヘンリーは顔を寄せて、画面を覗き込む。
「またかい?」
「『エリオティアンの休日 隠れ家パブでじゃんけんに興じる若きエリートたち』……。まったく、チャールズまで何をやっているんだよ」
アーネストは苦笑いしながら画像をスクロールしていく。
「エリオットの天使くんとヨシノ、ずいぶん親しくなったんだね。たいてい一緒に写っているよ」
「目立つなと言っておくよ」
ヘンリーは、仕方がない、と小さくため息をつく。
「それは無理だね。きみの弟だから撮られている訳じゃないし。私服なのにねぇ……。それにしても、この子、きみに似ていないねぇ。中性的というか――。きみはドレスを着ていても男の子だったのにねぇ」
くすりと笑って上目使いにヘンリーを見上げるアーネスト。思い出したくもない黒歴史に当の本人は顔をしかめている。
「きみよりもアスカに似ているね、この子の雰囲気って」
「え?」
いきなり話を振られポカーンとした飛鳥は、「こんなに綺麗じゃないよ、僕は」となぜか恥ずかしそうにムキになって否定する。
「頼りなさそうなところとか――」
「世間慣れしていないところとか?」
納得したように苦笑いする飛鳥に、「だからヨシノがこいつに構うのか?」とヘンリーまでもがクスクスと笑った。
「削除要請、と」
「あ、待って、すぐに保存するから」
飛鳥は慌てて自分のスマートフォンを取り出した。
「OK、画像を送ってあげる」
「ありがとう、アーニー。吉野の貴重な学生生活の一枚だからね。あいつ写真嫌いだから、ぜんぜん学校の様子も判らないんだ」
「前夜祭で見られるだろ?」
ヘンリーは、ソファーの背もたれに身を乗り出している飛鳥の肩に手を添えて微笑んだ。
晴れ渡る初夏の青空の下、エリオット校内の駐車場には何百台もの高級車が並び、広大な敷地に特設された屋外パーティー会場に、続々と招待された生徒の父兄や友人たちがつめかけている。
「お兄さん、残念だったね。僕もお会いできるのを楽しみにしていたのに」
「本音を言うとな、ほっとしているんだ。来られなくて良かったって」
吉野は傍らに座るサウードに、にっと笑いかけて言った。飛鳥もヘンリーも、前夜祭には必ず、と言っていたのが、結局、飛鳥は大学の都合で、ヘンリーは会社の都合で中止になった。飛鳥は電話口で長々と文句と言い訳を言っていたが、吉野はそれを聞いて安心し、前日ぐっすりと眠ることができたのだ。
「魑魅魍魎の中に投げ込むようなものだろ、見ろよ」
サウードも、吉野の視線の先にいるアレン・フェイラーに目をやって、静かに笑った。
「彼ならともかく、だね。そう言えば、彼、僕たちに謝ってきたよ。すまなかった、て」
「そうか」
「それでね、ほら、よく彼を見ていて」
サウードは、次から次へとアレンの周りに寄っては挨拶をしていく大人たちの様子を、じっと見つめて指差した。
「みんなアレンが手を差し出すのを待っているんだ。大人たちでさえ」
会話はまったく聞こえなかったが、背筋をすっと伸ばし、鷹揚に頷きながら握手を交わしていくアレンは、群衆の中にいてもひと際目立つ存在に違いない。ずば抜けて上品で、美しく、その年齢に見合わない威圧感さえ漂わせている。握手を交わすどちらの立場が上なのかは、遠目からでも一目瞭然だ。
「こうして見ると、やっぱり彼もフェイラー一族なんだね」
サウードは可笑しそうに吉野を見あげる。
「僕たち三人だけだったんだよ。入学式で、彼よりも先に手を出して握手を求めたのは。それを彼は侮辱と受け取ったんだ」
「レイシストな訳ではなく?」
吉野は意外そうに軽く眉をしかめる。
「さぁ、そこまでは僕には判らない。――このままずっとここに隠れていたいけれど、そろそろ行かなくちゃ。イスハ―クが怒りだす頃だ」
サウードはおもむろに木の枝に立ちあがった。顔に当たる新緑の葉を愛おしげにそっと払い、「この時期の緑は美しいね」と呟いて、すいっと木から飛びおりた。
「ヨシノ、寮対抗戦、そろそろ始まるだろ? 遅れるなよ!」と振り仰ぎ、白い歯を見せて手招きした。
「前夜祭は見にいけるじゃないか」
創立祭当日の特別講義が決まってから、思い出す度に悪態をつく飛鳥を今日もヘンリーが宥めている。
「久しぶりに会えるのは嬉しいけど、吉野の出番はないもの」と飛鳥は面白くなさそうに憮然とした顔を向ける。
「吉野の友達の演奏を聴いて、それだけだよ」
「ずいぶんな話だな。僕のクリケットの試合はちっとも見てくれなかったのに」
「見ていて怖いもの」
「クリケットは、そんな怪我をするようなスポーツじゃないよ」
「きみの試合は、相手チームが可哀想になるから見たくないの! 吉野はめったに球技はしないから応援してあげたいんだよ!」
思いっきり唇を尖らせて不貞腐れている飛鳥を、ヘンリーはクスクスと笑って眺めている。
「アスカ、またヨシノが写っているよ」
スマートフォンをチェックしていたアーネストの声に、飛鳥はソファーの背もたれ越しに、横にいるヘンリーは顔を寄せて、画面を覗き込む。
「またかい?」
「『エリオティアンの休日 隠れ家パブでじゃんけんに興じる若きエリートたち』……。まったく、チャールズまで何をやっているんだよ」
アーネストは苦笑いしながら画像をスクロールしていく。
「エリオットの天使くんとヨシノ、ずいぶん親しくなったんだね。たいてい一緒に写っているよ」
「目立つなと言っておくよ」
ヘンリーは、仕方がない、と小さくため息をつく。
「それは無理だね。きみの弟だから撮られている訳じゃないし。私服なのにねぇ……。それにしても、この子、きみに似ていないねぇ。中性的というか――。きみはドレスを着ていても男の子だったのにねぇ」
くすりと笑って上目使いにヘンリーを見上げるアーネスト。思い出したくもない黒歴史に当の本人は顔をしかめている。
「きみよりもアスカに似ているね、この子の雰囲気って」
「え?」
いきなり話を振られポカーンとした飛鳥は、「こんなに綺麗じゃないよ、僕は」となぜか恥ずかしそうにムキになって否定する。
「頼りなさそうなところとか――」
「世間慣れしていないところとか?」
納得したように苦笑いする飛鳥に、「だからヨシノがこいつに構うのか?」とヘンリーまでもがクスクスと笑った。
「削除要請、と」
「あ、待って、すぐに保存するから」
飛鳥は慌てて自分のスマートフォンを取り出した。
「OK、画像を送ってあげる」
「ありがとう、アーニー。吉野の貴重な学生生活の一枚だからね。あいつ写真嫌いだから、ぜんぜん学校の様子も判らないんだ」
「前夜祭で見られるだろ?」
ヘンリーは、ソファーの背もたれに身を乗り出している飛鳥の肩に手を添えて微笑んだ。
晴れ渡る初夏の青空の下、エリオット校内の駐車場には何百台もの高級車が並び、広大な敷地に特設された屋外パーティー会場に、続々と招待された生徒の父兄や友人たちがつめかけている。
「お兄さん、残念だったね。僕もお会いできるのを楽しみにしていたのに」
「本音を言うとな、ほっとしているんだ。来られなくて良かったって」
吉野は傍らに座るサウードに、にっと笑いかけて言った。飛鳥もヘンリーも、前夜祭には必ず、と言っていたのが、結局、飛鳥は大学の都合で、ヘンリーは会社の都合で中止になった。飛鳥は電話口で長々と文句と言い訳を言っていたが、吉野はそれを聞いて安心し、前日ぐっすりと眠ることができたのだ。
「魑魅魍魎の中に投げ込むようなものだろ、見ろよ」
サウードも、吉野の視線の先にいるアレン・フェイラーに目をやって、静かに笑った。
「彼ならともかく、だね。そう言えば、彼、僕たちに謝ってきたよ。すまなかった、て」
「そうか」
「それでね、ほら、よく彼を見ていて」
サウードは、次から次へとアレンの周りに寄っては挨拶をしていく大人たちの様子を、じっと見つめて指差した。
「みんなアレンが手を差し出すのを待っているんだ。大人たちでさえ」
会話はまったく聞こえなかったが、背筋をすっと伸ばし、鷹揚に頷きながら握手を交わしていくアレンは、群衆の中にいてもひと際目立つ存在に違いない。ずば抜けて上品で、美しく、その年齢に見合わない威圧感さえ漂わせている。握手を交わすどちらの立場が上なのかは、遠目からでも一目瞭然だ。
「こうして見ると、やっぱり彼もフェイラー一族なんだね」
サウードは可笑しそうに吉野を見あげる。
「僕たち三人だけだったんだよ。入学式で、彼よりも先に手を出して握手を求めたのは。それを彼は侮辱と受け取ったんだ」
「レイシストな訳ではなく?」
吉野は意外そうに軽く眉をしかめる。
「さぁ、そこまでは僕には判らない。――このままずっとここに隠れていたいけれど、そろそろ行かなくちゃ。イスハ―クが怒りだす頃だ」
サウードはおもむろに木の枝に立ちあがった。顔に当たる新緑の葉を愛おしげにそっと払い、「この時期の緑は美しいね」と呟いて、すいっと木から飛びおりた。
「ヨシノ、寮対抗戦、そろそろ始まるだろ? 遅れるなよ!」と振り仰ぎ、白い歯を見せて手招きした。
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