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三章
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「胸糞悪い」
一言呟いて、吉野は寮長のチャールズ・フレミングにデジタルカメラを渡した。中身を確認するにつけ、徐々に顔色を無くしていくチャールズを観察するように眺めていた吉野だが、「まずいよ……。まさか、この中に彼がいるなんて……」との彼の第一声に、ぴくっと眉根を寄せる。
「セドリック・ブラッドリー?」
握りつぶす気か――?
頷くチャールズに目を据えたまま、ローテーブルに戻されたデジタルカメラを、さりげなく取り上げポケットに戻す。
「こいつがラグビー部のエースだからか? じきに大会だから?」
低く、押し殺したような声音で呟かれた問いに、チャールズは小さくため息を吐く。
「そんな事じゃない。彼は先輩をね、ソールスベリー先輩を憎んでいるんだよ」
ヘンリーがエリオットを去った際に、一番の親友と言われていたエドワード・グレイも彼を追ってウイスタンに転校した。その年、優勝候補と言われていたエリオット・ラグビー部はボロボロの成績で終わり、エドワードの抜けた後を必死の思いで立て直し、統率してきたのがセドリックだったのだ。
「グレイ先輩は、生徒会役員でもあったしね。それにクリスマスコンサートの一件も……」
チャールズは、額を押さえて自嘲的にクックッと嗤った。
「先輩、それなりの恨みは買っていた、ってことだね」
「それがアレン・フェイラーに向かうのは、筋が違うだろ?」
「理屈通りにはいかないものさ」
「自分の感情うんぬんよりも、『相手に敬意を示し、思いやりの心を持って行動する』のが、ジェントルマンシップじゃないのかよ」
「フェイラーが敬意に値する人間なら、こうはなっていないよ」
チャールズは冷めた視線を吉野に返しながら、優雅な仕草で考え込むように、人差し指を立て頬に当てた。
「飛鳥が言っていた。ヘンリーは自分のことを軽蔑して嫌っていたのに、嫌がらせを受けた時には身をていして庇ってくれた、って」
「その話は知らない!」
驚いてすっと姿勢を正すと、チャールズは、好奇心に瞳を輝かせて身を乗り出す。
「タダで教えるかよ」
だが挑発的な吉野の一言に、今度は背を反らせ、残念そうにドサリとソファーにその身を戻した。と、また我慢しきれない様子で、楽しそうに声を立てて笑い出す。
「きみのそういうところ、気に入っているよ。それで、どうして欲しいの?」
「俺、本当に気分悪いんだよ。あいつの見張りをするのも、もう嫌だ」
吉野はポケットから、それまでチェックしておいた要注意人物リストを取り出した。小さく畳まれた紙がローテーブルに置かれたとき、ふと目に留まった吉野の手を見とがめ、チャールズはかすかに眉根を寄せた。親指の爪がボロボロに噛みしだかれ、薄っすらと血の跡が残っているのだ。
「あの地図の危険区域の三か所はもう押さえているんだろ? 目星をつけていた池と、後は厩舎くらいだろ? あいつだって、こんな目に遭ったんだからもう行かないだろ?」
吉野は、黙ったまま聞いているチャールズに、早口で捲したてるように続けた。
「この寮の下級生組には、フェイラーにちょっかいかけるな、って話はつけた。だから後は、上級生をあんたが押さえてくれればいいんだ」
「餌づけ完了?」
チャールズはにっこりと微笑んで、意地悪く目を細めている。
「寮則は破っていない」
「そうだね。しばらくは目を瞑るよ。敷地内でキャンプされるよりはマシだからね」
吉野は、にこやかに笑う寮長をキッと睨みつける。
「スパイだらけかよ、この学校は?」
「卒業生の何割が政治の中枢に入ると思っているんだい? 政治を学ぶためにここにいるんだよ、僕たちはね」
顔をしかめる吉野の前に、おもむろに腕を伸ばし掌を向ける。
「データを」
「コピーは取ってある。握り潰したり、悪用したりしたらネットにばら撒くからな」
「怖い子だね、きみは」
言葉とは裏腹に、楽し気に笑いながら上品に指を曲げて催促する。
吉野は不承不承カメラからSDカードを抜くと、その手に載せた。
チャールズは、カードごと吉野の指を掴んでぐいっと眼前まで引き寄せると、残念そうにため息を漏らす。
「爪を噛むのは止めた方がいい。せっかく綺麗な形をしているのに」
吉野はその手を勢い良く弾き飛ばした。
「触るなよ、気色悪い!」
目を見開いて驚くチャールズを前に、ソファーから立ち上がった吉野は、勢い込んで想いのたけを吐露していた。
「アレン・フェイラーみたいなのは嫌いだけど、理解はできる。俺だって、ただ単にその肌の色だけで、お前らが嫌いだ。お前に恨みはなくても、その容姿に対する憎しみは消せない。だから、絶対に俺に触るな!」
突然の怒りにたぎる瞳を真っ直ぐに受け留めるチャールズは、「なぜ?」と静かに問うた。
「欧米人に生まれた以上、それ以外の人種に恨まれて当然の歴史を刻んできたことを、自覚して生きろ!」
吉野は、吐き捨てるように言うと真っ直ぐドアに向かう。チャールズはその背中に、宥める様な穏やかな声をかけた。
「ヨシノ、爪を噛むなよ。綺麗な爪は紳士のたしなみだ」
一言呟いて、吉野は寮長のチャールズ・フレミングにデジタルカメラを渡した。中身を確認するにつけ、徐々に顔色を無くしていくチャールズを観察するように眺めていた吉野だが、「まずいよ……。まさか、この中に彼がいるなんて……」との彼の第一声に、ぴくっと眉根を寄せる。
「セドリック・ブラッドリー?」
握りつぶす気か――?
頷くチャールズに目を据えたまま、ローテーブルに戻されたデジタルカメラを、さりげなく取り上げポケットに戻す。
「こいつがラグビー部のエースだからか? じきに大会だから?」
低く、押し殺したような声音で呟かれた問いに、チャールズは小さくため息を吐く。
「そんな事じゃない。彼は先輩をね、ソールスベリー先輩を憎んでいるんだよ」
ヘンリーがエリオットを去った際に、一番の親友と言われていたエドワード・グレイも彼を追ってウイスタンに転校した。その年、優勝候補と言われていたエリオット・ラグビー部はボロボロの成績で終わり、エドワードの抜けた後を必死の思いで立て直し、統率してきたのがセドリックだったのだ。
「グレイ先輩は、生徒会役員でもあったしね。それにクリスマスコンサートの一件も……」
チャールズは、額を押さえて自嘲的にクックッと嗤った。
「先輩、それなりの恨みは買っていた、ってことだね」
「それがアレン・フェイラーに向かうのは、筋が違うだろ?」
「理屈通りにはいかないものさ」
「自分の感情うんぬんよりも、『相手に敬意を示し、思いやりの心を持って行動する』のが、ジェントルマンシップじゃないのかよ」
「フェイラーが敬意に値する人間なら、こうはなっていないよ」
チャールズは冷めた視線を吉野に返しながら、優雅な仕草で考え込むように、人差し指を立て頬に当てた。
「飛鳥が言っていた。ヘンリーは自分のことを軽蔑して嫌っていたのに、嫌がらせを受けた時には身をていして庇ってくれた、って」
「その話は知らない!」
驚いてすっと姿勢を正すと、チャールズは、好奇心に瞳を輝かせて身を乗り出す。
「タダで教えるかよ」
だが挑発的な吉野の一言に、今度は背を反らせ、残念そうにドサリとソファーにその身を戻した。と、また我慢しきれない様子で、楽しそうに声を立てて笑い出す。
「きみのそういうところ、気に入っているよ。それで、どうして欲しいの?」
「俺、本当に気分悪いんだよ。あいつの見張りをするのも、もう嫌だ」
吉野はポケットから、それまでチェックしておいた要注意人物リストを取り出した。小さく畳まれた紙がローテーブルに置かれたとき、ふと目に留まった吉野の手を見とがめ、チャールズはかすかに眉根を寄せた。親指の爪がボロボロに噛みしだかれ、薄っすらと血の跡が残っているのだ。
「あの地図の危険区域の三か所はもう押さえているんだろ? 目星をつけていた池と、後は厩舎くらいだろ? あいつだって、こんな目に遭ったんだからもう行かないだろ?」
吉野は、黙ったまま聞いているチャールズに、早口で捲したてるように続けた。
「この寮の下級生組には、フェイラーにちょっかいかけるな、って話はつけた。だから後は、上級生をあんたが押さえてくれればいいんだ」
「餌づけ完了?」
チャールズはにっこりと微笑んで、意地悪く目を細めている。
「寮則は破っていない」
「そうだね。しばらくは目を瞑るよ。敷地内でキャンプされるよりはマシだからね」
吉野は、にこやかに笑う寮長をキッと睨みつける。
「スパイだらけかよ、この学校は?」
「卒業生の何割が政治の中枢に入ると思っているんだい? 政治を学ぶためにここにいるんだよ、僕たちはね」
顔をしかめる吉野の前に、おもむろに腕を伸ばし掌を向ける。
「データを」
「コピーは取ってある。握り潰したり、悪用したりしたらネットにばら撒くからな」
「怖い子だね、きみは」
言葉とは裏腹に、楽し気に笑いながら上品に指を曲げて催促する。
吉野は不承不承カメラからSDカードを抜くと、その手に載せた。
チャールズは、カードごと吉野の指を掴んでぐいっと眼前まで引き寄せると、残念そうにため息を漏らす。
「爪を噛むのは止めた方がいい。せっかく綺麗な形をしているのに」
吉野はその手を勢い良く弾き飛ばした。
「触るなよ、気色悪い!」
目を見開いて驚くチャールズを前に、ソファーから立ち上がった吉野は、勢い込んで想いのたけを吐露していた。
「アレン・フェイラーみたいなのは嫌いだけど、理解はできる。俺だって、ただ単にその肌の色だけで、お前らが嫌いだ。お前に恨みはなくても、その容姿に対する憎しみは消せない。だから、絶対に俺に触るな!」
突然の怒りにたぎる瞳を真っ直ぐに受け留めるチャールズは、「なぜ?」と静かに問うた。
「欧米人に生まれた以上、それ以外の人種に恨まれて当然の歴史を刻んできたことを、自覚して生きろ!」
吉野は、吐き捨てるように言うと真っ直ぐドアに向かう。チャールズはその背中に、宥める様な穏やかな声をかけた。
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