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三章
新作発表会1
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「飛鳥!」
ケンブリッジ駅の自動改札前で待っている飛鳥を見つけ、吉野は安心しきった笑顔で片手を振り、急ぎ改札を抜ける。
飛鳥も嬉しそうに吉野を見ると、自分よりも高い位置にあるその頭をくしゃっと撫でた。
「元気そうだね。少し痩せた?」
「食い物不味すぎ! 飛鳥、よく我慢できていたな!」
「そうかな? 直に慣れたよ」
そうだった……。飛鳥も食えりゃ何でもいい奴なんだった。と、吉野は苦笑いしながら、二日前に英国に着いたばかりの兄を嬉しそうに眺める。心配した割に血色も良く元気そうだ。
「日本はどうだった? デヴィは大人しくしてたか? アルは料理上手くなった?」
「うん。デザイン学校が始まってから、すごく楽しそうに頑張っているよ。例のゲーム、少しだけどできるよ。やってみる?」
「へぇ……。ゲーム機用? それともアプリ?」
「今のところはブラウザだよ」
飛鳥は悪戯っぽく微笑んだ。
「それからアルも。父さんの秘書の仕事だけでも大変そうなのに、家事もちゃんとしてくれている。デイヴも余りアルの作ったものに文句をつけなくなったよ」
「アルの従兄弟が俺の寮の寮長なんだ」
「凄い偶然だね。そういえばアルもエリオットの出身だったね。吉野の制服、スカラーのローブもあるんだろう? 兄ちゃん、お前の制服姿見たかったのにな」
飛鳥は、日本にいた時分と変わらない黒のトレーナーとカーゴパンツ姿の吉野に、残念そうな目を向ける。
「あんな恥ずかしい恰好して道歩けるかよ」
「そうかい? 僕はすぐに慣れて街に出る時もあのローブを羽織っていたけどなぁ。あれ、薄い割に暖かいだろ」
「飛鳥は見かけより実用重視だもんな」
吉野は肩を竦めてクスリと笑った。
「二十分程かかるけれど歩いていこうか」
駅を出たところで、一旦立ち止まったものの呑気に辺りを見まわしながら歩き出した飛鳥に、一抹の不安を覚えながらも吉野は黙って従った。
「で、ここ、どこか判った?」
そろそろ一時間は経ったかな、というところで、吉野は自分の携帯を取り出した。
「川だよ、川。とにかく川に出ればいいんだ」
飛鳥は地図を睨み、横にしたりひっくり返したりしながら現在位置を探している。
「うん、それは分かった。飛鳥の方向音痴はこんな狭い街でも変わりなく発揮されるってこともよーく判った」
吉野は携帯で現在地を確認しながら、渡された住所を検索する。そして、「こっちだ。もう近くまで来ているよ。飛鳥にしてはマシだったな」と苦笑いして、先にたって歩き出した。
「これ?」
やっとフラットに帰り着き安堵する飛鳥とは逆に、吉野は、とても信じられない、と眉根を寄せて眼前にそびえる建物を見上げている。
「ごめん、吉野。大回りさせちゃって」
頷いた飛鳥は申し訳なさそうに謝った。どこをどう間違ったのかさえ判らなかったが、ここであることは間違いない。今度こそは確かなのだ。
「いいよ、別に。いつものことだろ? それにしても贅沢な場所に借りたな、て思ってさ」
街の中心地。それも、どうみても高級住宅街の一画だ。赤いレンガ造りに白塗りの出窓、広い玄関――。
「ここ、家賃、幾らするんだ?」
「ああ、ここはラザフォード家の持ち物なんだ。だから学生寮と同じでいいって」
「まじかよ……」
飛鳥は鍵を開け吉野に中に入るように促すと、ずんずんと進んで三階へ上がって行く。吉野はまたしても外観からは想像のつかないモダンな内装に、うんざりしたようなため息をついて、飛鳥に従った。ロンドンのヘンリーの家と良く似た印象だった。落ち着かないのだ。
「それに、みんなでシェアするしね。ここが吉野の部屋」
階段の踊り場から通りに面した部屋のドアを開け、飛鳥は中に入るようにと手招きする。
「みんなって?」
吉野は部屋の中をぐるりと見廻しながら訊ねた。
「ヘンリーとアーニー、彼はこの一年で卒業だけどね。来年、入れ替わりでデヴィッドが入居すると思う。でもアーニーも、大学院に進むか迷っているから、」
「それだけ?」
訝し気な吉野の様子に、いったい何が気に掛かっているのか、と飛鳥は、じっと視線を注ぐ。
「ああ、ウィルのこと? 彼は学生寮にいるよ」
「え? ウィリアムって飛鳥より下だろ? ウイスタンに戻ったんじゃないの?」
ぱっ、と納得したように頷いた飛鳥に反して、今度は吉野の方が驚いている。
「スキップして僕と同じ工学部に入ったよ」
「あいつ、口だけじゃなくて本当にできるんだな……」
吉野は素直に感心した様子を見せ、窓を開けた。通りを挟んだ向こう側には、屋根の間に至るところに緑が広がっている。
贅沢な景色――。結局、デヴィん家の世話になるんじゃ同じないか。
あいつらの世話にならないために、自分が来たのに――。吉野の脳裏では、ヘンリーがいるから何も心配いらない、と言っていたデヴィッドの言葉が蘇っていた。ここでの飛鳥にとって吉野は必要ない存在だ、と言わんばかりの。だから執事だの、コックだのでもいるのかと思ったのだが、そういう訳でもないらしい。
「飛鳥も寮にすれば良かったのに……」
吉野は残念そうに口の端で笑った。その方が余程気楽だろうに。あの気取った二人と暮らすくらいなら。
「それは駄目だよ。コズモスの製品開発をしているだろ? 寮じゃプライバシーが保てないらしいから。この家だって僕たち以外、立ち入り禁止なんだよ」
「じゃあ、俺がいるのもまずいんじゃないの?」
「本当はね。でも吉野は、ヘンリーがいいって言ってくれているから、いいんだよ。」
一瞬腹立たしそうに眉をしかめた、そんな吉野の表情を、飛鳥は過敏に捉えて顔を曇らせる。
「吉野……。お前、まさか彼に失礼な態度を取ったりしてないよね?」
「別に何も」
吉野は飛鳥から顔を背けて、また窓の外に視線を移した。
「吉野!」
飛鳥が眉をしかめて吉野の腕を掴むと、「飛鳥、腹が減った。久しぶりにまともなものが食いたい」と吉野はにっこりと屈託ない笑みを見せた。
「どうせ何もないんだろ? 買い出しに行こう」
話をはぐらかされ苦笑いしながらも、吉野のいつもの邪気のない笑顔にほだされて、飛鳥も話題を切り替えた。
「そうだね、夜にはアーニーも帰って来るし……」
「あいつは?」
「ヘンリー? 彼はどうだろう……。暫く戻らないんじゃないかな? 会社の方が大変そうだし……」
「会社ってコズモスが? なんで? 順調なんじゃなかったのかよ?」
「コズモスじゃなくてお父さんの会社の方。僕も詳しいことは知らないんだ。こっちに来てから、まだ彼には会ってないしね」
飛鳥は少し淋しそうに微笑んで、窓を閉めながら小首を傾げた。
「行こうか。吉野は何が食べたい? コーヒーも買ってこないとね」
ケンブリッジ駅の自動改札前で待っている飛鳥を見つけ、吉野は安心しきった笑顔で片手を振り、急ぎ改札を抜ける。
飛鳥も嬉しそうに吉野を見ると、自分よりも高い位置にあるその頭をくしゃっと撫でた。
「元気そうだね。少し痩せた?」
「食い物不味すぎ! 飛鳥、よく我慢できていたな!」
「そうかな? 直に慣れたよ」
そうだった……。飛鳥も食えりゃ何でもいい奴なんだった。と、吉野は苦笑いしながら、二日前に英国に着いたばかりの兄を嬉しそうに眺める。心配した割に血色も良く元気そうだ。
「日本はどうだった? デヴィは大人しくしてたか? アルは料理上手くなった?」
「うん。デザイン学校が始まってから、すごく楽しそうに頑張っているよ。例のゲーム、少しだけどできるよ。やってみる?」
「へぇ……。ゲーム機用? それともアプリ?」
「今のところはブラウザだよ」
飛鳥は悪戯っぽく微笑んだ。
「それからアルも。父さんの秘書の仕事だけでも大変そうなのに、家事もちゃんとしてくれている。デイヴも余りアルの作ったものに文句をつけなくなったよ」
「アルの従兄弟が俺の寮の寮長なんだ」
「凄い偶然だね。そういえばアルもエリオットの出身だったね。吉野の制服、スカラーのローブもあるんだろう? 兄ちゃん、お前の制服姿見たかったのにな」
飛鳥は、日本にいた時分と変わらない黒のトレーナーとカーゴパンツ姿の吉野に、残念そうな目を向ける。
「あんな恥ずかしい恰好して道歩けるかよ」
「そうかい? 僕はすぐに慣れて街に出る時もあのローブを羽織っていたけどなぁ。あれ、薄い割に暖かいだろ」
「飛鳥は見かけより実用重視だもんな」
吉野は肩を竦めてクスリと笑った。
「二十分程かかるけれど歩いていこうか」
駅を出たところで、一旦立ち止まったものの呑気に辺りを見まわしながら歩き出した飛鳥に、一抹の不安を覚えながらも吉野は黙って従った。
「で、ここ、どこか判った?」
そろそろ一時間は経ったかな、というところで、吉野は自分の携帯を取り出した。
「川だよ、川。とにかく川に出ればいいんだ」
飛鳥は地図を睨み、横にしたりひっくり返したりしながら現在位置を探している。
「うん、それは分かった。飛鳥の方向音痴はこんな狭い街でも変わりなく発揮されるってこともよーく判った」
吉野は携帯で現在地を確認しながら、渡された住所を検索する。そして、「こっちだ。もう近くまで来ているよ。飛鳥にしてはマシだったな」と苦笑いして、先にたって歩き出した。
「これ?」
やっとフラットに帰り着き安堵する飛鳥とは逆に、吉野は、とても信じられない、と眉根を寄せて眼前にそびえる建物を見上げている。
「ごめん、吉野。大回りさせちゃって」
頷いた飛鳥は申し訳なさそうに謝った。どこをどう間違ったのかさえ判らなかったが、ここであることは間違いない。今度こそは確かなのだ。
「いいよ、別に。いつものことだろ? それにしても贅沢な場所に借りたな、て思ってさ」
街の中心地。それも、どうみても高級住宅街の一画だ。赤いレンガ造りに白塗りの出窓、広い玄関――。
「ここ、家賃、幾らするんだ?」
「ああ、ここはラザフォード家の持ち物なんだ。だから学生寮と同じでいいって」
「まじかよ……」
飛鳥は鍵を開け吉野に中に入るように促すと、ずんずんと進んで三階へ上がって行く。吉野はまたしても外観からは想像のつかないモダンな内装に、うんざりしたようなため息をついて、飛鳥に従った。ロンドンのヘンリーの家と良く似た印象だった。落ち着かないのだ。
「それに、みんなでシェアするしね。ここが吉野の部屋」
階段の踊り場から通りに面した部屋のドアを開け、飛鳥は中に入るようにと手招きする。
「みんなって?」
吉野は部屋の中をぐるりと見廻しながら訊ねた。
「ヘンリーとアーニー、彼はこの一年で卒業だけどね。来年、入れ替わりでデヴィッドが入居すると思う。でもアーニーも、大学院に進むか迷っているから、」
「それだけ?」
訝し気な吉野の様子に、いったい何が気に掛かっているのか、と飛鳥は、じっと視線を注ぐ。
「ああ、ウィルのこと? 彼は学生寮にいるよ」
「え? ウィリアムって飛鳥より下だろ? ウイスタンに戻ったんじゃないの?」
ぱっ、と納得したように頷いた飛鳥に反して、今度は吉野の方が驚いている。
「スキップして僕と同じ工学部に入ったよ」
「あいつ、口だけじゃなくて本当にできるんだな……」
吉野は素直に感心した様子を見せ、窓を開けた。通りを挟んだ向こう側には、屋根の間に至るところに緑が広がっている。
贅沢な景色――。結局、デヴィん家の世話になるんじゃ同じないか。
あいつらの世話にならないために、自分が来たのに――。吉野の脳裏では、ヘンリーがいるから何も心配いらない、と言っていたデヴィッドの言葉が蘇っていた。ここでの飛鳥にとって吉野は必要ない存在だ、と言わんばかりの。だから執事だの、コックだのでもいるのかと思ったのだが、そういう訳でもないらしい。
「飛鳥も寮にすれば良かったのに……」
吉野は残念そうに口の端で笑った。その方が余程気楽だろうに。あの気取った二人と暮らすくらいなら。
「それは駄目だよ。コズモスの製品開発をしているだろ? 寮じゃプライバシーが保てないらしいから。この家だって僕たち以外、立ち入り禁止なんだよ」
「じゃあ、俺がいるのもまずいんじゃないの?」
「本当はね。でも吉野は、ヘンリーがいいって言ってくれているから、いいんだよ。」
一瞬腹立たしそうに眉をしかめた、そんな吉野の表情を、飛鳥は過敏に捉えて顔を曇らせる。
「吉野……。お前、まさか彼に失礼な態度を取ったりしてないよね?」
「別に何も」
吉野は飛鳥から顔を背けて、また窓の外に視線を移した。
「吉野!」
飛鳥が眉をしかめて吉野の腕を掴むと、「飛鳥、腹が減った。久しぶりにまともなものが食いたい」と吉野はにっこりと屈託ない笑みを見せた。
「どうせ何もないんだろ? 買い出しに行こう」
話をはぐらかされ苦笑いしながらも、吉野のいつもの邪気のない笑顔にほだされて、飛鳥も話題を切り替えた。
「そうだね、夜にはアーニーも帰って来るし……」
「あいつは?」
「ヘンリー? 彼はどうだろう……。暫く戻らないんじゃないかな? 会社の方が大変そうだし……」
「会社ってコズモスが? なんで? 順調なんじゃなかったのかよ?」
「コズモスじゃなくてお父さんの会社の方。僕も詳しいことは知らないんだ。こっちに来てから、まだ彼には会ってないしね」
飛鳥は少し淋しそうに微笑んで、窓を閉めながら小首を傾げた。
「行こうか。吉野は何が食べたい? コーヒーも買ってこないとね」
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