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一章
春の訪れ1
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ウイスタン校内の、中庭の片隅にも黄水仙が咲き誇り、春の訪れを告げている。
回廊の石段に腰かけた杜月飛鳥は、こちらへ向かってくるヘンリー・ソールスベリーとロレンツォ・ルベリーニを眺めて、クスクス笑う。
「またやっているよ……」
最近、ヘンリーとロレンツォはよく一緒にいる。大抵、ロレンツォが手を振り回しながら声高に喋りまくり、ヘンリーが煩そうに一言二言返答する。その繰り返し。それから、
ほら、やっぱり、いつもと同じだ。
「もう、いい」
ヘンリーが立ち止まって冷たく言い放ち、ロレンツォはがっくりと肩を落としたかと思うと、飛鳥の所まで靴音を高く響かせながら走ってくる。
「今日は、話は進んだ?」
飛鳥は苦笑しながら立ち上がる。
「何も」
ロレンツォは、大げさに腕を広げてため息をつく。
「何だって、あいつはあんなに気が短いんだ!」
「きみが、いいかげんすぎるからだろう」
ヘンリーの冷たい声が、背後から追い打ちをかける。
「アスカはどう思う? どっちの味方?」
ロレンツォは飛鳥を盾にでもするように、その肩に腕を回した。
「わからないよ。きみ達いつもイタリア語で話しているだろ!」
この二人、本当に仲がいいのか悪いのか……。
一緒に行動する時間は確かに増えている。ヘンリーにそっぽを向かれながらも、やっぱりロレンツォは嬉しそうだ。でも、ヘンリーは判らない。寮の部屋に戻るのはいつも消灯時間ぎりぎりで、最近ほとんど話をしていないような気がする。
僕よりも、ロレンツォの方が沢山話しているんじゃないかな……。
少し寂しい気もするけれど、飛鳥は飛鳥で、自分を庇って利き腕を怪我したウィリアム・マーカスの世話を焼くのに忙しい。
ハーフタームが終わり学校が始まってみると、十数名もの退学生が出ていた。学寮の寮長ロバート・ウイリアムズもその一人で、暫くの間、新しい寮長の選定や空きがでた数名の監督生の選抜やらで、寮内も学校もばたばたしていた。
同じころ、オックスフォードのDクラブの起こした傷害事件が大衆紙にスクープされた。その事件をきっかけに、芋づる式にドラッグパーティーだの過去の傷害・暴行事件だのまで暴かれて、連日紙面を賑わせている。現在のDクラブに、ウイスタンの卒業生が含まれていたことから、まことしやかに退学した生徒との関係性が取り沙汰され、校内はどこかぴりぴりしている。
「パブリックスクールの名門校でも、物騒な事件があるんだねぇ」と、自分がその渦中にいたことを忘れたような飛鳥の物言いに、「滅多に表沙汰にならないだけでよくある話だ」「みんな金と暇を持て余して、なおかつ抑圧のはけ口を常に探しているからね」と、ロレンツォはヘンリーと顔を見合わせ、苦笑する。
「お金と暇があって、やりたいことがお酒を飲んで暴れることなんて可哀想だね。叶えたい夢はないのかな? 僕は、六月祭の化学発明コンクールのことでもう頭が一杯だよ。お金も暇もないけど、やりたいことは山ほどある」
そんな飛鳥の真っ直ぐな瞳を、ヘンリーは優しく見つめ返す。
「そうだね。彼らは、夢を持つことを諦めていることの方が多いかもしれないね」
「貴族だから? きみは? きみの夢は?」
ヘンリーは一瞬驚いたように息を止めた。そして少し考えてから、「今は、あるよ」と、微笑んだ。
「何?」
「復讐」
「To be or not to be ? (生か死か?)」
古典舞台の台詞らしく、飛鳥は大袈裟で大仰に発音し、怪訝な顔をして訊き返す。
「僕は、迷わないよ」
「不健全な夢だね」
困ったように顔をしかめる飛鳥に、「そうかな?」と、ヘンリーは穏やかな笑顔を崩さない。
その笑顔が余りにも静かで、言葉からイメージされるような恨みつらみを感じることができなくて、飛鳥はからかわれたのかと思ってしまう。これ以上追求する気にもなれず、傍らのロレンツォに話題を振った。
「きみは?」
「世界征服かな」
思わず吹き出して、「二人とも、僕は真面目に聞いているのに!」と、飛鳥はわざとふくれっ面をしてみせる。
「大真面目だとも!」
ロレンツォは、いつものように大げさなジェスチャーで、朗らかに笑っている。
「それより、コンクールが楽しみだな」
一気に和み、自分から逸れた飛鳥の視線を取り戻すように、ヘンリーはさりげなく話を逸らす。
「うん。奨学金を貰っているからね。結果をださないと」
飛鳥は振り返り、瞳を輝かせてヘンリーを見上げた。
「プレッシャーはないの?」
ヘンリーの問いに、勢い良く首を横に振る。
「発表の機会を貰えることに感謝しているよ」
この自信――。
普段の彼の言動からは想像も出来ないような、この自信はどこから来るのか、もうヘンリーは知っている。それが現実の上に凝縮されるさまを見たいのだ。そのためにここにいるのだ、と胸の内に強く刻み、ヘンリーは目を細め、飛鳥に満足げな笑みを向けた。
回廊の石段に腰かけた杜月飛鳥は、こちらへ向かってくるヘンリー・ソールスベリーとロレンツォ・ルベリーニを眺めて、クスクス笑う。
「またやっているよ……」
最近、ヘンリーとロレンツォはよく一緒にいる。大抵、ロレンツォが手を振り回しながら声高に喋りまくり、ヘンリーが煩そうに一言二言返答する。その繰り返し。それから、
ほら、やっぱり、いつもと同じだ。
「もう、いい」
ヘンリーが立ち止まって冷たく言い放ち、ロレンツォはがっくりと肩を落としたかと思うと、飛鳥の所まで靴音を高く響かせながら走ってくる。
「今日は、話は進んだ?」
飛鳥は苦笑しながら立ち上がる。
「何も」
ロレンツォは、大げさに腕を広げてため息をつく。
「何だって、あいつはあんなに気が短いんだ!」
「きみが、いいかげんすぎるからだろう」
ヘンリーの冷たい声が、背後から追い打ちをかける。
「アスカはどう思う? どっちの味方?」
ロレンツォは飛鳥を盾にでもするように、その肩に腕を回した。
「わからないよ。きみ達いつもイタリア語で話しているだろ!」
この二人、本当に仲がいいのか悪いのか……。
一緒に行動する時間は確かに増えている。ヘンリーにそっぽを向かれながらも、やっぱりロレンツォは嬉しそうだ。でも、ヘンリーは判らない。寮の部屋に戻るのはいつも消灯時間ぎりぎりで、最近ほとんど話をしていないような気がする。
僕よりも、ロレンツォの方が沢山話しているんじゃないかな……。
少し寂しい気もするけれど、飛鳥は飛鳥で、自分を庇って利き腕を怪我したウィリアム・マーカスの世話を焼くのに忙しい。
ハーフタームが終わり学校が始まってみると、十数名もの退学生が出ていた。学寮の寮長ロバート・ウイリアムズもその一人で、暫くの間、新しい寮長の選定や空きがでた数名の監督生の選抜やらで、寮内も学校もばたばたしていた。
同じころ、オックスフォードのDクラブの起こした傷害事件が大衆紙にスクープされた。その事件をきっかけに、芋づる式にドラッグパーティーだの過去の傷害・暴行事件だのまで暴かれて、連日紙面を賑わせている。現在のDクラブに、ウイスタンの卒業生が含まれていたことから、まことしやかに退学した生徒との関係性が取り沙汰され、校内はどこかぴりぴりしている。
「パブリックスクールの名門校でも、物騒な事件があるんだねぇ」と、自分がその渦中にいたことを忘れたような飛鳥の物言いに、「滅多に表沙汰にならないだけでよくある話だ」「みんな金と暇を持て余して、なおかつ抑圧のはけ口を常に探しているからね」と、ロレンツォはヘンリーと顔を見合わせ、苦笑する。
「お金と暇があって、やりたいことがお酒を飲んで暴れることなんて可哀想だね。叶えたい夢はないのかな? 僕は、六月祭の化学発明コンクールのことでもう頭が一杯だよ。お金も暇もないけど、やりたいことは山ほどある」
そんな飛鳥の真っ直ぐな瞳を、ヘンリーは優しく見つめ返す。
「そうだね。彼らは、夢を持つことを諦めていることの方が多いかもしれないね」
「貴族だから? きみは? きみの夢は?」
ヘンリーは一瞬驚いたように息を止めた。そして少し考えてから、「今は、あるよ」と、微笑んだ。
「何?」
「復讐」
「To be or not to be ? (生か死か?)」
古典舞台の台詞らしく、飛鳥は大袈裟で大仰に発音し、怪訝な顔をして訊き返す。
「僕は、迷わないよ」
「不健全な夢だね」
困ったように顔をしかめる飛鳥に、「そうかな?」と、ヘンリーは穏やかな笑顔を崩さない。
その笑顔が余りにも静かで、言葉からイメージされるような恨みつらみを感じることができなくて、飛鳥はからかわれたのかと思ってしまう。これ以上追求する気にもなれず、傍らのロレンツォに話題を振った。
「きみは?」
「世界征服かな」
思わず吹き出して、「二人とも、僕は真面目に聞いているのに!」と、飛鳥はわざとふくれっ面をしてみせる。
「大真面目だとも!」
ロレンツォは、いつものように大げさなジェスチャーで、朗らかに笑っている。
「それより、コンクールが楽しみだな」
一気に和み、自分から逸れた飛鳥の視線を取り戻すように、ヘンリーはさりげなく話を逸らす。
「うん。奨学金を貰っているからね。結果をださないと」
飛鳥は振り返り、瞳を輝かせてヘンリーを見上げた。
「プレッシャーはないの?」
ヘンリーの問いに、勢い良く首を横に振る。
「発表の機会を貰えることに感謝しているよ」
この自信――。
普段の彼の言動からは想像も出来ないような、この自信はどこから来るのか、もうヘンリーは知っている。それが現実の上に凝縮されるさまを見たいのだ。そのためにここにいるのだ、と胸の内に強く刻み、ヘンリーは目を細め、飛鳥に満足げな笑みを向けた。
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