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一章
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ヘンリー・ソールスベリーは、窓際の自分の机に頬杖をつき、窓の外に広がる中庭を見下ろしながらため息をついている。
「終わったかい?」
どうして東洋人というのは、こうも奥ゆかしいというのか、シャイというのか……。
時間が過ぎても現れなかった杜月飛鳥をようやく拾いあげて寮に連れ帰り、夕食に行くために制服に着替えるように、と急かしただけなのだ。入寮初日の晩餐から遅刻では、彼もきまずいことになるのではないか、という気遣いのつもりだった。
だが、たかがそれだけのことに、飛鳥は顔を赤くして固まってしまった。しかたなく、二人分のベッドと机に占められた、たいした空きのない部屋で、ヘンリーは紳士らしく彼に背を向け窓の外を眺めている。
日本人は、同性にでも女性並みの気遣いが必要なのか?
彼は、確かに外見は女性と区別がつかないくらい小柄で、きゃしゃに見える。髪も長すぎる。女性だと言われればそう見えなくもない。だが見た目はともかく、中身までそうである必要はないだろうが!
どうしてこの男をサラが気に入ったのか、彼には皆目見当がつかなかった。これからの一年間を同室で過ごすことを想い、自分の浅はかさを呪うしかないこの事態に、ヘンリーは落胆していたのだ。
「お待たせしてすみません。着替えました」
ヘンリーは内心の想いを押し殺して立ち上がり、窓から室内へと体を返した。そして今度は彼の方が、唖然として固まってしまった。
「――トヅキ、僕がこんなことを言うことで、気を悪くしないで欲しい。だが、その制服はきみの体形にあっていないんじゃないかな?」
明らかに高すぎるカラーの位置に始まって、指の先まですっぽりと収まって見えないほどの袖丈。肩も落ちている。トラウザーズはだぶついて、あれでは引きずってしまうだろう。ヘンリーには、とてもこれが自分の着ているのと同じ制服には見えなかったのだ。
「学校に用意していただいたんですけれど、僕は小柄で」
「真っ直ぐに立って」
机の引き出しからソーイング・セットを出し、ヘンリーは飛鳥の足元に膝をついた。
「え?」
「時間がないから仮留めだけしておく。大丈夫。これでも寮生活は長いからね。こういうことには慣れているんだ」
言いながら、彼はあっという間にスラックスの裾を折上げザクザクと縫っていく。両足とも縫い上げると、「腕を下して」と、今度は袖丈に取りかかる。飛鳥は驚きすぎて言葉がでてこないようで、されるがままに従っている。
「終わり。今日は仕方がないとして、すぐ近くに学校指定のテイラーがあるから早めに注文しておくといい」
ヘンリーは糸を切り終わると、膝をついたまま飛鳥を見上げた。
「制服――、高すぎて買えないから、お古を用意していただいたんです」
飛鳥はまた顔を真っ赤に染めあげ、消え入りそうな声で言い訳した。
「そう、じゃあ、後でもっとしっかり縫い直そう」
ヘンリーは立ち上がると、今度はだらしなく結ばれた飛鳥のネクタイを解き、結び直した。
「この結び方、なんて言うのか知らないけれど、日本式? きみにはプレーンノットの方が似合うと思うよ」
飛鳥はもう恥ずかしさと、いたたまれなさで、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「あとは、髪。僕のでかまわないなら」
返事も聞かずに、ヘンリーは自分の櫛と整髪料を取ってくると、手早く飛鳥の長い髪を七三に分けて撫でつけている。
「初めてきみの顔が見れたな」
東洋の神秘だな、とヘンリーは心の中だけで呟いた。至近距離から見る髪を上げた飛鳥は、顔まで性別の区別がつかなかったのだ。
長く濃いまつ毛に縁どられた切れ長の大きな鳶色の瞳に、こぢんまりとした鼻、唇、滑るような肌――。
だが、その瞳は怯えるような影を宿し、唇は所在なげに小刻みに震えて魅力を半減させている。
「ローブを忘れないで」
自分も漆黒のローブをはらりと羽織り、ヘンリーはドアを開けた。そしてふと思いだしたように振り返る。
「トヅキ、顔を上げて背筋を伸ばせ。堂々と歩くんだ。ここは英国だ。第一印象で階級が決まる」
そう言い捨てて、彼は返事を待つこともなく部屋を出ていった。
******
トラウザーズ:スーツの上着と共生地仕立てのパンツ
「終わったかい?」
どうして東洋人というのは、こうも奥ゆかしいというのか、シャイというのか……。
時間が過ぎても現れなかった杜月飛鳥をようやく拾いあげて寮に連れ帰り、夕食に行くために制服に着替えるように、と急かしただけなのだ。入寮初日の晩餐から遅刻では、彼もきまずいことになるのではないか、という気遣いのつもりだった。
だが、たかがそれだけのことに、飛鳥は顔を赤くして固まってしまった。しかたなく、二人分のベッドと机に占められた、たいした空きのない部屋で、ヘンリーは紳士らしく彼に背を向け窓の外を眺めている。
日本人は、同性にでも女性並みの気遣いが必要なのか?
彼は、確かに外見は女性と区別がつかないくらい小柄で、きゃしゃに見える。髪も長すぎる。女性だと言われればそう見えなくもない。だが見た目はともかく、中身までそうである必要はないだろうが!
どうしてこの男をサラが気に入ったのか、彼には皆目見当がつかなかった。これからの一年間を同室で過ごすことを想い、自分の浅はかさを呪うしかないこの事態に、ヘンリーは落胆していたのだ。
「お待たせしてすみません。着替えました」
ヘンリーは内心の想いを押し殺して立ち上がり、窓から室内へと体を返した。そして今度は彼の方が、唖然として固まってしまった。
「――トヅキ、僕がこんなことを言うことで、気を悪くしないで欲しい。だが、その制服はきみの体形にあっていないんじゃないかな?」
明らかに高すぎるカラーの位置に始まって、指の先まですっぽりと収まって見えないほどの袖丈。肩も落ちている。トラウザーズはだぶついて、あれでは引きずってしまうだろう。ヘンリーには、とてもこれが自分の着ているのと同じ制服には見えなかったのだ。
「学校に用意していただいたんですけれど、僕は小柄で」
「真っ直ぐに立って」
机の引き出しからソーイング・セットを出し、ヘンリーは飛鳥の足元に膝をついた。
「え?」
「時間がないから仮留めだけしておく。大丈夫。これでも寮生活は長いからね。こういうことには慣れているんだ」
言いながら、彼はあっという間にスラックスの裾を折上げザクザクと縫っていく。両足とも縫い上げると、「腕を下して」と、今度は袖丈に取りかかる。飛鳥は驚きすぎて言葉がでてこないようで、されるがままに従っている。
「終わり。今日は仕方がないとして、すぐ近くに学校指定のテイラーがあるから早めに注文しておくといい」
ヘンリーは糸を切り終わると、膝をついたまま飛鳥を見上げた。
「制服――、高すぎて買えないから、お古を用意していただいたんです」
飛鳥はまた顔を真っ赤に染めあげ、消え入りそうな声で言い訳した。
「そう、じゃあ、後でもっとしっかり縫い直そう」
ヘンリーは立ち上がると、今度はだらしなく結ばれた飛鳥のネクタイを解き、結び直した。
「この結び方、なんて言うのか知らないけれど、日本式? きみにはプレーンノットの方が似合うと思うよ」
飛鳥はもう恥ずかしさと、いたたまれなさで、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「あとは、髪。僕のでかまわないなら」
返事も聞かずに、ヘンリーは自分の櫛と整髪料を取ってくると、手早く飛鳥の長い髪を七三に分けて撫でつけている。
「初めてきみの顔が見れたな」
東洋の神秘だな、とヘンリーは心の中だけで呟いた。至近距離から見る髪を上げた飛鳥は、顔まで性別の区別がつかなかったのだ。
長く濃いまつ毛に縁どられた切れ長の大きな鳶色の瞳に、こぢんまりとした鼻、唇、滑るような肌――。
だが、その瞳は怯えるような影を宿し、唇は所在なげに小刻みに震えて魅力を半減させている。
「ローブを忘れないで」
自分も漆黒のローブをはらりと羽織り、ヘンリーはドアを開けた。そしてふと思いだしたように振り返る。
「トヅキ、顔を上げて背筋を伸ばせ。堂々と歩くんだ。ここは英国だ。第一印象で階級が決まる」
そう言い捨てて、彼は返事を待つこともなく部屋を出ていった。
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トラウザーズ:スーツの上着と共生地仕立てのパンツ
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