2 / 739
一章
廃墟の城跡1
しおりを挟む
どうして自分はこんなところにいるのだろう――。
さっぱりわからない、と杜月飛鳥は、崩れた石塀に腰かけて深くため息をついていた。大聖堂まではちゃんとたどり着けたのだ。これからの1年間を過ごすことになるウイスタン校の学寮は、その裏にあるはずだった。それなのに今、彼はわけのわからない遺跡らしき廃墟で途方にくれている。
あちらこちらに、出入り口だけがぽっかりと空いた石造りの塀が並んでいる。緑の芝生のこの場所は、中庭か何かだろうか。人ひとりいない荒涼とした景色は、今の飛鳥の心そのものだ。
ヒースロー空港から長距離バスコーチで1時間半。12時間以上のフライトを経て昼過ぎに英国に到着して、休む間もなくここまで来たのに、迷ってしまったなんて!
入寮案内で指定された時間はもうとっくに過ぎている。早く行かなければ……、と気持ちばかり焦ってはみても、体に力は入らない。
闇雲に歩き回りすぎて疲れていたのだ。
情けなさで落ち込みながら、飛鳥は自分と同じようにどんよりと曇った初秋の空を眺める。
今にも雨粒が落ちてきそうだ。
ますます気持ちが塞いできた時、静寂の支配する廃墟にかすかに砂利を踏む音が震えた。飛鳥は勢いよく立ち上がる。
やった! 道を訊ける!
心の中ではそう思いきり叫んでいたのに、崩れかかった高い石壁のゲートの向こうからゆっくりと歩いてくる長身の男を認めると、声をかけることを忘れてしまった。思わず見とれてしまっていたのだ。
絵画から抜け出てきたような人だった。濃紺のブレザーに灰色のパンツスタイルは、どこにでもいそうな服装なのに、着こなしがその辺の人とはまるで違う。
ベストドレッサーっていうの? さすが英国人!
感心しきりで言葉を失っていた飛鳥に向かって、その人は、口許はゆったりと微笑みながら、裏腹に足はさらに速めてやってきた。
「やぁ、やっぱり迷っていたんだね」
「は?」
「探しにきたんだ。そうじゃないかと思ってね」
飛鳥は羞恥でみるみる耳まで赤くなる。
「すみません。ごめんなさい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「気にするほどのことじゃない。それより、元気そうでなによりだ、アスカ・トヅキ」
伏せていた面をそろそろと上げ、飛鳥はまじまじと相手の顔を見つめた。
「ミスター・ソールスベリー?」
「ヘンリーでいいよ。久しぶりだね」
差し出された右手をおずおずと握り返しはしたが、飛鳥はあっけに取られたまま言葉が続かない。
「こっちだ」
ヘンリーは、地面に放りだしてあったスポーツバッグを持ち上げると歩きだした。
「どうしてここに?」
飛鳥は慌ててそのあとに続く。
「転校してきたんだ。きみと同じカレッジ・スカラーだよ」
ヘンリーは一年前の夏に偶然出会い、言葉を交わした時よりも一段と大人びていた。
飛鳥は本当に彼が誰だか判らなかったのだ。
この6月にも、彼の在学しているエリオット校の動画をネットで見たのに。画像が悪かったから、それとも、それからさらに3か月開いているからか、彼の変化に気づかなかった。けれど確かにこの人の、一瞬で目を奪われる存在感と華やかさ、上品な身のこなしはあの時と変わらない。
肩を並べて歩きながら、飛鳥は記憶の中の面影に思いを馳せる。
「さぁ、着いたよ」
ウイスタン校は、廃墟の目の前の建物だった。ただし、入り口まで延々と石壁が続いている。
どうやら飛鳥は、入り口を見逃していただけ、のようだ。
さっぱりわからない、と杜月飛鳥は、崩れた石塀に腰かけて深くため息をついていた。大聖堂まではちゃんとたどり着けたのだ。これからの1年間を過ごすことになるウイスタン校の学寮は、その裏にあるはずだった。それなのに今、彼はわけのわからない遺跡らしき廃墟で途方にくれている。
あちらこちらに、出入り口だけがぽっかりと空いた石造りの塀が並んでいる。緑の芝生のこの場所は、中庭か何かだろうか。人ひとりいない荒涼とした景色は、今の飛鳥の心そのものだ。
ヒースロー空港から長距離バスコーチで1時間半。12時間以上のフライトを経て昼過ぎに英国に到着して、休む間もなくここまで来たのに、迷ってしまったなんて!
入寮案内で指定された時間はもうとっくに過ぎている。早く行かなければ……、と気持ちばかり焦ってはみても、体に力は入らない。
闇雲に歩き回りすぎて疲れていたのだ。
情けなさで落ち込みながら、飛鳥は自分と同じようにどんよりと曇った初秋の空を眺める。
今にも雨粒が落ちてきそうだ。
ますます気持ちが塞いできた時、静寂の支配する廃墟にかすかに砂利を踏む音が震えた。飛鳥は勢いよく立ち上がる。
やった! 道を訊ける!
心の中ではそう思いきり叫んでいたのに、崩れかかった高い石壁のゲートの向こうからゆっくりと歩いてくる長身の男を認めると、声をかけることを忘れてしまった。思わず見とれてしまっていたのだ。
絵画から抜け出てきたような人だった。濃紺のブレザーに灰色のパンツスタイルは、どこにでもいそうな服装なのに、着こなしがその辺の人とはまるで違う。
ベストドレッサーっていうの? さすが英国人!
感心しきりで言葉を失っていた飛鳥に向かって、その人は、口許はゆったりと微笑みながら、裏腹に足はさらに速めてやってきた。
「やぁ、やっぱり迷っていたんだね」
「は?」
「探しにきたんだ。そうじゃないかと思ってね」
飛鳥は羞恥でみるみる耳まで赤くなる。
「すみません。ごめんなさい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「気にするほどのことじゃない。それより、元気そうでなによりだ、アスカ・トヅキ」
伏せていた面をそろそろと上げ、飛鳥はまじまじと相手の顔を見つめた。
「ミスター・ソールスベリー?」
「ヘンリーでいいよ。久しぶりだね」
差し出された右手をおずおずと握り返しはしたが、飛鳥はあっけに取られたまま言葉が続かない。
「こっちだ」
ヘンリーは、地面に放りだしてあったスポーツバッグを持ち上げると歩きだした。
「どうしてここに?」
飛鳥は慌ててそのあとに続く。
「転校してきたんだ。きみと同じカレッジ・スカラーだよ」
ヘンリーは一年前の夏に偶然出会い、言葉を交わした時よりも一段と大人びていた。
飛鳥は本当に彼が誰だか判らなかったのだ。
この6月にも、彼の在学しているエリオット校の動画をネットで見たのに。画像が悪かったから、それとも、それからさらに3か月開いているからか、彼の変化に気づかなかった。けれど確かにこの人の、一瞬で目を奪われる存在感と華やかさ、上品な身のこなしはあの時と変わらない。
肩を並べて歩きながら、飛鳥は記憶の中の面影に思いを馳せる。
「さぁ、着いたよ」
ウイスタン校は、廃墟の目の前の建物だった。ただし、入り口まで延々と石壁が続いている。
どうやら飛鳥は、入り口を見逃していただけ、のようだ。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】義妹に婚約者を取られてしまい、婚約を解消することに……傷心の私はお母様の国に亡命することに致します。二度と戻りませんので悪しからず。
つくも茄子
恋愛
公爵令嬢のマリアンヌは婚約者である王太子殿下から婚約解消を言い渡されてしまった。
マリアンヌの義妹リリーと恋仲になったせいで。
父と再婚した義母の連れ子であるリリーは、公爵家の養女でもある。つまり、実子並みの権利を持っているのだ。そのため、王家と公爵家との縁組を考えればどちらの令嬢と結婚しても同じこと。
元婚約者がいては何かと都合が悪いからと、マリアンヌは自ら母国を去る。行先は、亡き実母の祖国。祖父や伯父たちはマリアンヌの移住を喜んで受け入れる。
彼女を皇女に!と思うも、本人に拒否されてしまい、仕方なく「女公爵」に。
マリアンヌとしては小国の公爵令嬢が、大国の皇女殿下になる訳にはいかなかった。優しい伯父たち(大国の王族)のため、「女公爵」として、新しい母国のために奮闘してゆく。王太子妃としての教育がこのような形で活かされていく。
一方、元婚約者の王太子殿下には暗雲が立ち込めていた。
彼は王太子位を剥奪され一介の王子になっていたのだ。妻のリリーは、妃として落第点を押される程の不出来さ。
リリーは高位貴族の教育さえ受けていなかったことを元婚約者は知らなかったよう。彼女の母親は下位貴族出身。当然、その娘であるリリーも下位貴族の教育しか受けていない。
内政も外交も上手くいかない。
経済さえも危うくなってきた。
彼らの未来はどうなるのか???
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる