7 / 28
6
しおりを挟む
気怠い昼下がりの午後、僕は重い使命を帯びて、広い庭の片隅にある東屋で昼寝していた兄を急襲した。
寝ている兄と僕の手をおもちゃの手錠でガチャリとつなぎ、反対の手に持っていた水鉄砲で兄をビシャビシャにしてやった!
「こら! よせよ、ジオ!」
びっくりして飛び起きた兄を見て、僕は思い切り笑ってやった。石のベンチに腰かけたまま、兄は濡れて輝く金の髪をかき上げ、寝ぼけ眼を擦っている。でも、言葉とは裏腹にその顔はケラケラとおかしそうに笑っている。
「ジオ! なんだい、これ?」
僕とつながれたおもちゃの手錠をカシャカシャと鳴らす。
この一週間というもの、兄はなんだかんだと理由をつけては、皆との遊びを避けて庭の手入れに勤しんでいた。僕はそんな兄に不満たらたらの兄の友人たちにせっつかれては、蝙蝠のように兄との間をフラフラ、ヨタヨタと飛び回っていたのだ。
「エリック卿たちが、今日こそは兄を捕まえて引っ張ってこいって!」
兄は思いっきりふくれ面をして、ブーっと、唇を鳴らす。
「べつに僕がいなくったって、みんなで楽しんでくれればいいじゃないか。夜は、カードも、ビリヤードも付き合っているんだしさ。お前、なんとか言い訳を考えて、」
「もう無理。僕もさすがに疲れちゃったよ。ねぇ、兄さん、一日くらい付き合ってよ」
僕は兄の横に腰かけて、膝の上に両肘をついて顎を支えると、上目遣いに覗き込む。手首の手錠がカチャリと揺れる。
兄は嫌そうに唇を尖らせた。
「これから薔薇の剪定だってしたいのに……」
「昼寝していたじゃないか」
「ちょうど起きるところだったんだよ」
つんと気取った澄まし顔で微笑んでいる兄。これはもう、OKのサインだ。本当に駄目ならすぐにマーカスを呼んでいる。
立ちあがり、兄はぐいっと伸びをする。
「兄さん! 痛い、痛いよ!」
手首を引っ張られ、顔をしかめて兄を睨んだ。
「あ、ごめん、ごめん。お前の言う通りにするからさ。これ、外してくれよ」
すぐに下された兄の手を逆に引っ張り、僕は歩きだした。
「鍵はネルが持っているんだ」
兄が一瞬眉をしかめたのに、僕は気がつかない振りをする。
「ネル女王さまに跪いてお詫びをして、鍵をいただかなきゃならないんだ。そういうゲームをしているんだよ。つまりね、」と、僕は興奮気味に頬を紅潮させて兄に詳しくゲームの説明をした。
「跪く――」
兄は露骨に嫌そうな顔をしている。
「ゲームだよ、兄さん」
僕は笑ってながれた腕を振り、手錠の鎖をカチャカチャと鳴らした。兄は「ふーん」と、また、つまらなそうに口を尖らせていた。
東屋からほど遠くない池の傍にでた。今日はここで昼前からピクニックだ。
いつもどこか不機嫌な僕たちの女王さまは、紺のキャンバス生地を張ったデッキチェアに寝そべっていた。一番に目に飛び込んだのは、白いミニドレスから伸びたしなやかな脚。無造作に放りだされたその艶めかしさに、思わず目を伏せる。
「ディック! やっと来たか、この野郎!」
口々に兄を呼び、やじる声が沸きあがる。池で泳いでいた兄の友人も急いで上がってきては、兄を小突いている。この一週間、兄の友人たちが日替わりでどんどん集まって、今日は十五名にまで増えている。兄が現れてからの蜂の巣を突いたような騒がしさに、ネルは、デッキチェアから身を起こして、驚いたように僕たちを見つめた。
「警部、逃走犯を捕獲しました!」
僕は彼女の視線を意識しながら、エリック警部に敬礼する。
「早く女王陛下に謝罪してきなさい」
エリック警部はありもしない口髭を指でなぞってゴホン、とひとつ空咳をして、こっそりと片目を瞑ってウインクする。兄も、にっと笑ってウインクを返した。
僕たちは足並みを揃えてネル女王に跪き――かけたとたんに、兄は僕の反対の手にあった水鉄砲を奪いとると、優雅に腰かける彼女に向かって思い切りよく連射したのだ!
「僕らは自由を奪い返しにきたんだ! 独立ばんざい!」
あの愛らしい顔の真ん中にまともに水鉄砲を食らい、彼女は紅い唇を半開きにしてぎゅっと目を瞑って細い腕で顔を庇った。兄はなおも執拗に彼女に水鉄砲を浴びせている。彼女は顔を庇いながら長い睫毛を瞬かせて、キッと睨めつけると、兄に向って手錠の鍵を投げつけた。兄が繋がれている方の手で鍵を受け止めたので、僕はまたもや引っ張られ転びそうになる。
「おっと、ジオ、平気かい?」
兄は水鉄砲を放りだし、僕を受け止めてくれた。そしてすぐに手錠の鍵を外した。
自由になったとたん、兄の友人たちが群がってきた。兄は引っ立てられ、担ぎ上げられて、ドボーンと池に突き落とされている。どうやら独立戦争は失敗に終わったらしい。
ネルは呆然と、大きな目をさらに見開いて兄の姿を追っていた。僕は、彼女の白いドレスから透けるレースの下着に目が釘付けになり、まじまじと――、見つめてしまってからハッとして、慌てて近くにあった大判のタオルを掴むと、彼女を包みこむようにふわりと掛けた。
「すみません。兄が無作法をしてしまって」
僕の声に、彼女の肩がびくりと震えた。
彼女は、今初めて僕の存在に気がついたように僕を見あげると、「いいのよ、ゲームですもの」と、ついっと顎を突きだして首を傾げ、優雅に微笑んだ。
寝ている兄と僕の手をおもちゃの手錠でガチャリとつなぎ、反対の手に持っていた水鉄砲で兄をビシャビシャにしてやった!
「こら! よせよ、ジオ!」
びっくりして飛び起きた兄を見て、僕は思い切り笑ってやった。石のベンチに腰かけたまま、兄は濡れて輝く金の髪をかき上げ、寝ぼけ眼を擦っている。でも、言葉とは裏腹にその顔はケラケラとおかしそうに笑っている。
「ジオ! なんだい、これ?」
僕とつながれたおもちゃの手錠をカシャカシャと鳴らす。
この一週間というもの、兄はなんだかんだと理由をつけては、皆との遊びを避けて庭の手入れに勤しんでいた。僕はそんな兄に不満たらたらの兄の友人たちにせっつかれては、蝙蝠のように兄との間をフラフラ、ヨタヨタと飛び回っていたのだ。
「エリック卿たちが、今日こそは兄を捕まえて引っ張ってこいって!」
兄は思いっきりふくれ面をして、ブーっと、唇を鳴らす。
「べつに僕がいなくったって、みんなで楽しんでくれればいいじゃないか。夜は、カードも、ビリヤードも付き合っているんだしさ。お前、なんとか言い訳を考えて、」
「もう無理。僕もさすがに疲れちゃったよ。ねぇ、兄さん、一日くらい付き合ってよ」
僕は兄の横に腰かけて、膝の上に両肘をついて顎を支えると、上目遣いに覗き込む。手首の手錠がカチャリと揺れる。
兄は嫌そうに唇を尖らせた。
「これから薔薇の剪定だってしたいのに……」
「昼寝していたじゃないか」
「ちょうど起きるところだったんだよ」
つんと気取った澄まし顔で微笑んでいる兄。これはもう、OKのサインだ。本当に駄目ならすぐにマーカスを呼んでいる。
立ちあがり、兄はぐいっと伸びをする。
「兄さん! 痛い、痛いよ!」
手首を引っ張られ、顔をしかめて兄を睨んだ。
「あ、ごめん、ごめん。お前の言う通りにするからさ。これ、外してくれよ」
すぐに下された兄の手を逆に引っ張り、僕は歩きだした。
「鍵はネルが持っているんだ」
兄が一瞬眉をしかめたのに、僕は気がつかない振りをする。
「ネル女王さまに跪いてお詫びをして、鍵をいただかなきゃならないんだ。そういうゲームをしているんだよ。つまりね、」と、僕は興奮気味に頬を紅潮させて兄に詳しくゲームの説明をした。
「跪く――」
兄は露骨に嫌そうな顔をしている。
「ゲームだよ、兄さん」
僕は笑ってながれた腕を振り、手錠の鎖をカチャカチャと鳴らした。兄は「ふーん」と、また、つまらなそうに口を尖らせていた。
東屋からほど遠くない池の傍にでた。今日はここで昼前からピクニックだ。
いつもどこか不機嫌な僕たちの女王さまは、紺のキャンバス生地を張ったデッキチェアに寝そべっていた。一番に目に飛び込んだのは、白いミニドレスから伸びたしなやかな脚。無造作に放りだされたその艶めかしさに、思わず目を伏せる。
「ディック! やっと来たか、この野郎!」
口々に兄を呼び、やじる声が沸きあがる。池で泳いでいた兄の友人も急いで上がってきては、兄を小突いている。この一週間、兄の友人たちが日替わりでどんどん集まって、今日は十五名にまで増えている。兄が現れてからの蜂の巣を突いたような騒がしさに、ネルは、デッキチェアから身を起こして、驚いたように僕たちを見つめた。
「警部、逃走犯を捕獲しました!」
僕は彼女の視線を意識しながら、エリック警部に敬礼する。
「早く女王陛下に謝罪してきなさい」
エリック警部はありもしない口髭を指でなぞってゴホン、とひとつ空咳をして、こっそりと片目を瞑ってウインクする。兄も、にっと笑ってウインクを返した。
僕たちは足並みを揃えてネル女王に跪き――かけたとたんに、兄は僕の反対の手にあった水鉄砲を奪いとると、優雅に腰かける彼女に向かって思い切りよく連射したのだ!
「僕らは自由を奪い返しにきたんだ! 独立ばんざい!」
あの愛らしい顔の真ん中にまともに水鉄砲を食らい、彼女は紅い唇を半開きにしてぎゅっと目を瞑って細い腕で顔を庇った。兄はなおも執拗に彼女に水鉄砲を浴びせている。彼女は顔を庇いながら長い睫毛を瞬かせて、キッと睨めつけると、兄に向って手錠の鍵を投げつけた。兄が繋がれている方の手で鍵を受け止めたので、僕はまたもや引っ張られ転びそうになる。
「おっと、ジオ、平気かい?」
兄は水鉄砲を放りだし、僕を受け止めてくれた。そしてすぐに手錠の鍵を外した。
自由になったとたん、兄の友人たちが群がってきた。兄は引っ立てられ、担ぎ上げられて、ドボーンと池に突き落とされている。どうやら独立戦争は失敗に終わったらしい。
ネルは呆然と、大きな目をさらに見開いて兄の姿を追っていた。僕は、彼女の白いドレスから透けるレースの下着に目が釘付けになり、まじまじと――、見つめてしまってからハッとして、慌てて近くにあった大判のタオルを掴むと、彼女を包みこむようにふわりと掛けた。
「すみません。兄が無作法をしてしまって」
僕の声に、彼女の肩がびくりと震えた。
彼女は、今初めて僕の存在に気がついたように僕を見あげると、「いいのよ、ゲームですもの」と、ついっと顎を突きだして首を傾げ、優雅に微笑んだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
怪盗ヴェールは同級生の美少年探偵の追跡を惑わす
八木愛里
キャラ文芸
運動神経がちょっと良い高校生、秋山葵の裏の顔は、怪盗ヴェールだった。老若男女に化けられる特技を活かして、いとこの長島澪のサポートを受けて高価な絵を盗む。
IQ200の頭脳で探偵を自称する桐生健太は、宿敵の相手。怪盗ヴェールが現れるところに、必ず健太の姿がある。怪盗ヴェールは警察の罠を華麗にかわして、絵を盗む。
荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~
釈 余白(しやく)
児童書・童話
今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。
そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。
そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。
今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。
かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。
はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。
好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
ある朝、クルーザーの中で目覚めた一宮深月(いちみや みつき)は、隣にイケメンだが、ちょっと苦手な支社長、飛鳥馬陽太(あすま ようた)が寝ていることに驚愕する。
大事な神事を控えていた巫女さん兼業OL 深月は思わず叫んでいた。
「神の怒りを買ってしまいます~っ」
みんなに深月の相手と認めてもらうため、神事で舞を舞うことになる陽太だったが――。
お神楽×オフィスラブ。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる