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魔王城

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「宝物殿にある財宝、好きなだけ与えよう」

 地の底から響き来るような重々しい声が、玉座のある宮殿の大気を震わせた。

 その言葉に勇者アベルは聖なる剣を……、賢者メルキールは魔法の杖を……、聖女ユリスは黄金のロザリオを……、そしてわたし魔女カーラは……、少し悩んで藁人形わらにんぎょうを降ろした。

「……今の話、本当だろうな」

 勇者の問いに玉座の主がフッと笑みを零した。
 頭部に二本の巨大な角を生やし、背には黒い六翼、見上げる様な体躯は筋骨隆々とし鋼線のごとき剛毛に覆われているが、薄く笑みを浮かべた顔形は人のそれに近い。それがこの城の主、魔王だ。

「これがその証」

 魔王が金色のかたまりをわたしたちの前に放り投げると、それはガガガッと石の床を削りながら転がった。

 アベルは黒髪を揺らし端正な顔つきで……、メルキールは白く長い顎髭あごひげを弄びながら……、ユリスは金色の髪を耳にかき上げながら……、わたしカーラは丸メガネをついと持ち上げながら、その黄金塊を凝視がんみした。
 それは人の腕程もある黄金製の大きな鍵だった。
 薄っすらと全体を覆うのは魔法のオーラ。間違いなく魔法の鍵だろう。

「我が居城――魔王城の宝物庫の大鍵だ」

 魔王がどこか自慢げに、口角を持ち上げながらそう口にした。

「何と神々しい……、思わず祈りを捧げそうですわ」
「うむ、この大鍵一つで王都に屋敷が建つじゃろう」
「まずは宝物殿の中を拝ませて貰いたい」
「も、もちろん財宝は四等分なのよね?」

 魔王の言葉に、ユリス、アベル、メルキール、そしてわたしが口々に言った。
 魔王は好きなだけと言った。だからわたしは全部貰う気でいた。

 わたしたちは魔王に案内されて宝物庫にやって来た。
 そこはまばゆい光がきらめき、持ち帰れないほどの金銀財宝が無秩序に積まれていた。
 山の様に積まれた金貨に光り輝く無数の宝石、さらに宝石が散りばめられた宝剣や宝冠に宝飾品、希少アイテム、稀覯本きこうぼんなど、世界のありとあらゆる財宝が集められているようだ。

 魔王はこの財宝を好きなだけわたしたちに与えると言った。
 ざっと見た感じだと大型の荷馬車数台でも乗り切らないほどの量がある。
 さすがにそれら全てを持って帰る手段が思いつかない。
 
「何度かに別けて貰いに来ても良いのかな?」
「フッ、欲深いことを。だが好きにすればよい」
「じゃあ、とりあえず麻袋を四つ頂戴」

 わたしたちは魔王に頼み麻袋を一人一枚ずつ貰い、そこに財宝を詰め込むことにした。
 わたしは鑑識眼がないのでとりあえず金貨だけを詰め込んだ。
 これだけでも一生遊んで暮らせるだけのお金になるはずだ。
 そしてわたしたちは魔王城を後にした。
 
 わたしたちはそれぞれ財宝を詰め込んだ麻袋を担ぎ街道を歩いている。
 背中を丸め大きな麻袋を担ぐ姿は、なんとなく百姓かコソ泥っぽい。
 見た目も惨めだが、気持ちも惨めになった。
 やはりどうせなら胸を張って堂々と凱旋したかった。

「わたしたちが負けたって知ったら国王様はなんて言うかな」
「戦勝の暁には、ご褒美にユリス教の布教をお願いするつもりでしたのに、これではそれも無理でしょうね……」

 ユリス教? そんな宗派聞いたことないよ……。

「いずれにせよ、国王に敗北を知らせ魔王からの親書を渡さねばならん」
「そうですわね。魔王からの『終戦の条件』を受諾して頂かないといけませんわ」
「でも、それって負けたってことよね? 敗戦の責任を負わされない?」
「馬鹿を言っちゃいかんぞ。我らより先に逃げ帰った勇者パーティーはいくらでも居たじゃろうが、最後まで戦った我らは褒められこそして責められる道理などないわ」
「メルキールの言う通りだ。それに、魔王からの条件、それを国王に飲んで頂かなければ、残りの財宝を貰えないではないか!」
「そ、そういえば、そんな約束だったね」
「そうだ。俺たちが心配するのは、残りの財宝の運搬方法さ」

 ええ? いま心配する事ってそこなの?

「普通に馬車で運べばよろしいのでは?」
「たしかに、しかし荷馬車の底が抜けないかが心配だな」

 ユリスが当然の様に言うとアベルが疑問をていする。

「それならば、儂の強化魔法でどうにかなるじゃろう」
「おぉ、その手があったか」
「さすがメルキール様ですわ」

 メルキールが自慢げに告げるとアベルとユリスが嬉しそうに顔を綻ばせた。

「そう思うなら儂のめかけになれ、ユリスよ」
「冗談は顔だけにして下さいねメルキール様」ニコリ。

 ユリスが妖艶で黒い笑みを浮かべた。その直後、

 グワシャ!
「うぉぉぉぉ!」

 ユリスのお尻に伸ばされた皺枯しわがれた手を、金色のロザリオが打ち砕いた。
 あれは手の骨が完全に砕けている。
 すごく痛そうだ。
 メルキールが砕けた手をわたしの前に差し出してきた。

「おぉぉ儂の手がぁぁぁ、カーラ! チューじゃ、チューをくれー」
「え? 治癒チユの間違いよね? だけど無理よ。わたしが使える治癒魔法は下位だけ、粉砕骨折は中位以上の治癒魔法が必要だったはず。ねぇユリス?」
「ぬおぉぉぉぉぉ、ではユリス、おぬしならチューイのチューも容易かろう。ブッチューとやってくれぇ」
「相変わらずの猥褻セクハラ発言、では誅殺チュウサツして差し上げますわ」

 ユリスがまなじりを吊り上げてロザリオを振り回した。

「ひぃ、この小娘は冗談もわからんのかぁ、おいアベルなんとかしてくれぇ!」
「フン、僕を巻き込まないでくれ。関わり合いになるのは御免だよ」
「この薄情者がぁ!」

 そんな冗談か本気かわからないやり取りをしながら帰途の旅を続けている。

「あーあ、これからどうなるのかな」

 わたしの独り言に仲間が反応した。

「俺は辺境に大きな土地を買って屋敷を建てるつもりだ。そこでのんびりと幼女とメイドに囲まれて暮らす」
「儂はボンキュッボンがええのぉ、どうじゃユリス、儂と二人で山奥で暮らさんか?」

 勇者アベルが幼女趣味を暴露して――知ってたけど――、賢者メルキールは相変わらずのセクハラ発言をする。

「遠慮いたしますわ。わたくしには崇高なる使命がありますの。ユリス教を興して、わたくしを祀る神殿を建てるのです」
「今日も暑いのー」
「夕立ちが来るかもな」

 だれもユリスの話を聞いていなかった。
 ユリスが「人の話を聞きなさいよ!」と怒っている。
 ユリス教って、あんたどこまで尊大なの……。

「カーラ、おまえは?」

 このタイミングで話を振られると、ユリスの目が怖いんだけど……。
 でも、さすがは財宝に目が眩んで国を売った者たち、後顧の憂いなど微塵もないようだ。
 だけど……彼らは言外に、これからは全員バラバラだと言っている。
 だったらわたしは静かにのんびり暮らしたい。

「そうだなぁ、わたしは田舎で小さなお店でも持ちたいけど、無理かなぁ」
「ふむ、お前の魔力は内攻的じゃし、優れた呪具や魔導具が作れるじゃろう。そういった物を売る店を開いてはどうじゃ?」
「魔導具店……?」
「だったら他人を隷属化する様な呪いの魔導具を作ってくれ」

 アベルが勇者として……いえ人として有るまじき発言をした。

「それは信者を集めるのに便利そうですわね。わたくしも欲しいです」
「こらこら、儂が提案したんじゃ、儂の分が先に決まっておろう?」

 ユリスもメルキールも同じような事を言う。
 まったくとんでもない者たちを仲間に持ったものだと呆れる。
 いや元仲間、もうすぐ仲間じゃなくなってしまう。

「お生憎様、わたしは人の役に立つものを作りたいの」

 これは本心だった。
 せっかく【魔力暴発】が無くなったのだから、もう人に嫌われたり恨まれたりしたくない。
 だから人に害するような物は作りたくない。
 もう石を投げられるのはゴメンだ……。


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