上 下
117 / 140
第六章.醜い■■の■

5.観察

しおりを挟む
僕の名前はアンジュ・カトリーナ十二歳、名探偵である。自分で言うのも何だけれど、僕は観察力や推理力はとても素晴らしいものを持っているという自負がある。
 何故こんなにも傍から見たら根拠のない自信を持っているのかと言われると……そんなものは〝事実そうだから〟としか言えない。

「この子、本当に大丈夫かしら?」

 そんな僕が今一番興味があって間近で観察している女性​──アリシア・スカーレット准尉。
 彼女はとても興味深い……彼女には何か重大で面白い秘密があると僕の勘が囁いている。彼女に着いて行けば絶対に自分の人生観を変えるような……そんな予感。

「お姉さん、大丈夫だってば……後は起きた時に栄養がって食べやすい物を用意しておけば良いよ」

「……そうね、いきなり多く食べさせるとあれだから……麦粥とかが良いかしら?」

 そんでもってこのお姉さんは十中八九​──狩人だ。確証も根拠もある訳ではないけれど、お姉さんは狩人でありながらガナン人をわざわざバスを停めてまで助け出し、魔法使いであるお婆さんを庇った……ね? 面白そうでしょ?
 あの身体中の傷も、ただの警察武官なら異常だけれど、魔法使いや時に魔物と単身生身でドンパチ殺り合うイカれた狩人なら納得さ。

「アリシア、そろそろ着くわよ」

「えぇ、分かったわ」

 最初はどうやって伯爵位を持つ領主に聴取をするのかなって考えてたけど、狩人なら問題ないね。もしもゼイポ騎士爵の上からホラド伯爵が来ても、そっちの身分を開示すれば黙らせられるんだもん。
 それに多分だけど、あの常に持ち歩いているアタッシュケース……あれが噂に聞く〝対魔法使い兵器・猟犬〟だろうね。
 
……ちょっと見てみたいな。頼んだら見せてくれないかな? ……まぁ無理だろうね。

「さて、と……まずその子をどうするつもりかね? まさかそのまま普通に病院に連れて行く気じゃないだろうね?」

「それ、は……」

 あー、確かにその問題があったね……いくら肌の色がレナリア人に近いと言っても、入念な検査をしたら即バレるだろうし……かといって素人が診れる訳じゃないし……ふぅむ、探偵は医療知識にも明るくあるべきかな?

「近くに適当なホテルでも取りな、後は私が診ておくよ」

「……いいのですか?」

「魔法使いの事は魔法使いが一番良く分かってるからね」

 ほへ~、やっぱりこのお婆さん好きだなぁ……偶に口調がキツイ時もあるけど、全体的に人の良さが滲み出てるんだよねぇ……稀にくれる飴玉はすこぶる不味いけど。……なんで年寄りのお菓子ってあんなに美味しくないんだろうね?

「……ありがとうございます」

「礼なんていらないさ、若い時はもっと図々しくなきゃ」

 そうさ! だから僕ももっと図々しく事件に首を突っ込んでは解決に導くのさ! 今まで僕がどれほどの難事件を解決したと思ってるんだ……迷子の犬の捜索、娘の似顔絵、夫婦喧嘩の仲裁……特に近所の悪ガキが割って隠したティーカップ探しは骨が折れたね。

「とりあえず後は私達がなんとかするから、アリシアは先に仕事を終わらせて来て大丈夫だよ」

「……そう? じゃあリーゼリット達に任せるわね」

 おや? 余計な事を考えてたらここでお姉さんと離れる予感……それはちょっと嫌だなぁ? 騎士爵の屋敷にも興味があるし、ここは強引にでもついて行こうかな。

「僕はお姉さんと行くよ」

「分かってるわよ、さっさと行くわよ」

「ありゃ?」

 てっきりまたやんわり断られるかと思ってたんだけど……なんか普通に良さそう? 良いの? ついて行っちゃうよ? もうやっぱりダメって言っても無駄だからね? ……よっしゃ、ついて行こう。

「じゃあリーゼリットとお婆さん、よろしく頼むわね」

「良いよ良いよ」

「構わないさね」

「じゃーねー!」

 お姉さんが挨拶するのに続いて金髪のお姉さんとお婆さんも返事を返す……それに合わせて僕も手を振ってその場を離れる。

「ゼイポ騎士爵の屋敷までは割と近いみたいね」

「そりゃね、ほぼ農園しかない田舎領主みたいなものだし」

「……そ、そうね」

 ちょっとした町って感じの『ゼイポ地区』の中心地にある屋敷を目指せば良いだけだもんね。
 しかもその途中途中で家が途切れて、チューリップ畑になるもんだから、少し広めの村と言っても違和感がないくらいだし。

「そこで止まってください」

「身分証と、来訪予定がありましたらそれを証明する物もご一緒にご提示ください」

 『ほわ~』って周囲のチューリップ畑を目をキラキラさせながら、幼さの残る無邪気な笑顔で見回していたお姉さんを苦笑しながら観察していたら着いたみたいだね。

「アリシア・スカーレット准尉です。今回はゼイポ騎士爵の娘さんが殺された件についてお話を伺いに参りました」

「そんな事は​──」

「​──アリシア・スカーレット女男爵が来た、と言い換えても構いません」

「……少々お待ちください」

 おおう、半ば強引に話を持って行ったね……流石に門番程度の独断じゃあ、主人よりも二つ階級が上の貴族の来訪を門前払い出来ないよね。残った門番の人も居心地悪そうにしてるなぁ……まぁ一回門前払い仕掛けたもんね。

「……ゼイポ騎士爵が犯人だと思うかい?」

「そんなの、まだ分からないわよ」

 まぁそうだよね、まだ分からないよね……というかお姉さんも大変だよね~? 旅行か仕事かは知らないけれど、本来の目的とは大分逸れる仕事を押し付けられたようなもんだしさ……。
 しかも被害者が最下級とはいえ貴族家の人間だったのが不味いよ。絶対に聴取しなければならない人間に貴族が混じるし、そうなると現場に残された支局の人間だけでは対処出来ないもんね。

「でもホラド伯爵を疑ってるんでしょ?」

「……可能性としてあるだけよ」

 まさか領主を疑うなんてビックリだよね……可能性は無くはないけど、仮に本当に犯人だったとして、ホラド伯爵が自分の家臣の娘を殺す動機ってなんだろう? 凄く気になるね。

「お待たせしました。お館様がお会いになるそうです」

「そう」

 お、割と早いなぁ~? まだ軽くしかお姉さんと話してないのに……警察武官っていうよりも、スカーレット女男爵っていう身分が効いたのかな? そこら辺も観察すれば良いか。

「お付きの方はどうされますか?」

「? 僕の事かい?」

 屋敷の廊下を歩いていると、先導してくれていた門番のおじさんが聞いてくる……どうするも何もこのままついて行くつもりだけれど?

「彼女は応接室にでも案内しててくれるかしら?」

「? お姉さん?」

「ゼイポ騎士爵との話が終わるまでの間、しっかりと頼むわね・・・・・・・・・

「かしこまりました」

 …………ははぁ、なるほどそういう事かい? まさかそういう手に出るとはね……いいよ、やってらろうじゃないか! 名探偵の名にかけて期待以上の成果を上げてやろうじゃないか!

「じゃあね、アンジュ。良い子にしてるのよ・・・・・・・・・?」

「もちろんさ、お姉さん」

 そう言って手を振るお姉さんに満面の笑みで元気良く返事を返す……その途端お姉さんの顔が少し引き攣ったけれど、知らないや!

「では応接室はこちらです」

「了解さ」

 さーて、どうしてやろうかね?

▼▼▼▼▼▼▼
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...