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第六章.醜い■■の■

4.老婆

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「さて、ここが被害者の出身地ね」

 北海に面した『ホラド伯爵領・ゼイポ地区』に降り立った私達三人は、揃って何処へと行けば良いのかとキョロキョロと辺りを見渡す。
 確かホテルの従業員に協力して貰って被害者の個人情報をできる限り入手したのだけれど……この『ゼイポ地区』の管理を任された、ホラド伯爵の陪臣であるゼイポ騎士爵の三女である事が判ってる。

「そういえばお姉さん」

「なに?」

「聞き込みとかも良いけれど、科学的な捜査はしなくても良いの?」

「それはホラド支局の人達がやってくれるから良いのよ」

 科学的な現場検証や証拠集めは人海戦術で向こうから送られて来た人員がやってくれる。
 むしろ私が居ては邪魔でしょうからね……立場的には上だけれど、直上の上司ではない若い女なんてやりづらいでしょう。

「……いいの? 伯爵を疑ってるんでしょう? その伯爵と繋がりがあるかも知れないホラド支局の人を信じて?」

「どうせ私一人では何もできないし、信用するしかないわよ」

 バス停に置いてあった地図と路線表を見て時間と一緒に確認しながらアンジュに答える。
 私一人で殺人事件を捜査する為の科学知識や道具の扱い、その他諸々なんて網羅できる訳がない……だったらもう人に任せるしかないし、彼らのプロ意識を信用するしかない。

「それに、彼らでは偉い人に対する聴取なんて出来ないだろうしね」

 本当に下っ端も下っ端だもの……爵位がある貴族でも無ければ、組織の中で官位を持っている訳でもない彼らでは『私を疑うと言うのか』という一言で突っぱねられる可能性が高いしね。

「そっか、お姉さん警察武官だし准尉だもんね……でもゼイポ騎士爵はホラド伯爵の陪臣だよ?」

「そうね」

「……爵位は低いけど、そこらの貴族と違ってたかが准尉程度では突っぱねられるんじゃない?」

 まぁ確かに、爵位自体は騎士爵程度と低い……けれどホラド伯爵という上級貴族にして領主という高い立場にある人間の後ろ盾があればその限りではない。
 普通の貴族ではない、陪臣というカテゴリーに属する貴族は目に見える立場以上の権力を行使できるから厄介ではあるのよね……まぁ私には関係ないけれど。

「言って無かったかしら? 私も貴族よ?」

「……そうなの?」

「そうよ? ついでに女男爵で当主よ? 貴族家の人間という訳ではなくて、本物の爵位を持っているわ」

 見た目以上の力を持っている陪臣貴族であっても、二つも位が上の貴族は流石に無視できないでしょう……爵位での上下関係なんて建前でしかないけれど、その建前を蔑ろにして後々響くから。

「あ、でもアリシア? もしもホラド伯爵が出張って来たらどうするの?」

「それも大丈夫よ。いざとなったら伏せカードを開示するもの」

 もしもホラド伯爵が直々に邪魔をするのであれば、狩人としての立場・・・・・・・・を開示するから問題ないわね……官位持ちの狩人ってだけで伯爵位の領主と同等の立場であるのに、それに貴族家当主が加わるんだもの。
 ……ふふ、ちょっとリーゼリットがビックリしてるのが面白いわね? 少しは見直したかしら?

「ちなみにそれを教えてくれたりは……?」

「ダメよ、アンジュに教えられる訳がないじゃない」

 リーゼリットにも教えられないのに、完全な一般人であるアンジュに話せる訳が無いじゃない……あ、でもこの探偵少女はいやに勘が良いし、一人で探ってくるかも知れないから気を付けないといけないわね。

「……もしかしてお姉さんって、割と凄い人?」

「……分からないけれど、これでもアリシアは幹部候補生よ?」

「はぇ~、身体の傷とかを見る限り、立場に合った実力もあるんだろうねぇ~」

「親友としては心配だけど、頼もしくはあるよね」

 む? また二人だけで何かコソコソと話してる……別に良いけれど、な~んか親友をぽっと出の少女に奪われた気分になるわね? ……まぁ仲が良い事は悪い事じゃないし、別にいいかな。

「何をコソコソ話してるのか知らないけれど、次のバスが来たわよ」

「「は~い」」

 ゼイポ地区の中心市街に向けて走るバスに三人で乗り込む……そして今さらながらに気付いたけれど、まだ成人していないアンジュを本当に連れて来てよかったのかしら? ……まぁ今さら言っても仕方ないか、親御さんが来たら素直に謝りましょう。

「……おや、アンジュじゃないかい? また痛いお遊びをしているのかい?」

「痛いお遊びってなんだい! 酷いよお婆さん!」

 バスの座席に座ると同時に近くに座っていた老婆にアンジュが話し掛けられる……やっぱりこの領地ではアンジュは『痛い子』として有名なのね……可哀想に。自業自得だけれど。

「それよりもお婆さん、ここら辺で何かおかしな事でも起きなかった?」

「……なんだい? また探偵ごっこかい?」

 もう『またごっこ遊びかい?』とか言われてるじゃない……アンジュ、貴女いったいどれだけの広範囲に渡って痛い言動を長年してきたのよ……なんだか興味が湧いてきたわ。

「またってなんだい! またって! ……それにごっこ遊びでもないよ! ねぇ? 助手のアリシア君!」

「誰が助手じゃい」

「痛い痛い! ごめんって!」

 また私の事を助手扱いしたアンジュのこめかみの辺りを拳でグリグリと挟む。
 慌ててタップをしながら謝るアンジュを離してやれば、こちらを涙目で睨んでくるけど……貴女が悪いのよ。

「……お姉さん、結構ゴリラなんだね」

「まだお仕置きが足りないようね?」

「あ~わかった! わかったから許して~!」

 仕方ないじゃないの! 狩人って筋力とか必要だし、身体を鍛えないといけないのよ!
 確かに猟犬とかを使ってる関係上、それでも余りある筋力量だけれど……やっぱり女性らしく非力な方が良いのかしら? 調節できない訳じゃないけれど、やっぱりクレルも女性らしい方が好きなのかしら?

「アンジュは相変わらず馬鹿じゃのぅ」

「ね~、アリシアってば未だに初恋を引きずってるくらいには乙女なのにね~」

「あんれまぁ、そうなのかい? えらいべっぴんさんなのに未だに初恋を……はぁ~、良いねぇ。私の若い頃は​──」

 リーゼリットとお婆さんの話し声が聞こえてきて赤面しつつ、アンジュから手を離す……『へぇ~、未だに初恋を……へぇ?』とかニヤニヤしているけれど、もう相手している気力がないわ……。

「あっ、綺麗……」

「​──おや? チューリップ畑は初めてかい?」

「え? あ、はい」

 ニヤニヤと笑うアンジュから顔を逸らして窓からの風景でも見ようとしたその瞬間に……視界いっぱいに広がるチューリップ畑が目に入る。
 それを見て思わず漏れた呟きに反応したお婆さんに半ば上の空で返事を返す。

「どうだね、私らの故郷は素敵な場所だろう?」

「……えぇ、それはもう」

 バス車外一面に広がる色とりどりのチューリップの花……どんな物であってもこれだけの量が集まれば、なんらかの感動を人に与えるもので……それが綺麗で可愛い花となればなおさらで……クレルにも見せてあげたい。

「このチューリップ畑はな、遠い昔ご先祖様が病気の妹の為に遠い大陸から球根を持ってきたのが始まりと言われとる」

「へぇ~、素敵な話ですね」

「……まぁここまでじゃったらな」

 何か意味深な事を神妙な表情で語るお婆さんに首を傾げる……病気の妹の為にチューリップの球根を遠い場所から運んで来た、とだけ聞けば良い話で終わるはずだけれど……妹さんが間に合わず死んでしまったのかしら? ……だとすれば、この綺麗なチューリップ畑もなんだか悲しいものに​──

「​──っ?! 止まって!!」

「? アリシアどうしたの?」

「お姉さん?」

 背後から聞こえるリーゼリットとアンジュの二人の疑問の声を無視して運転手に向かって声を張り上げながら席を立つ。

「お客さん、危ないから席を立っちゃ」

「いいから! 私を警察武官です! いいから停めて!」

「り、了解です!」

 急いで急ブレーキを掛けた運転手に軽くお礼と謝罪の言葉を掛けてからバスから飛び降り、チューリップ畑の真ん中へと急いで走っていく。

「アリシア! 急にどうしたのよ!」

「子どもが血を流しながら倒れてるのよ! 」

「そりゃ大変だ! 誰かこの中にお医者さんは居ますか?!」

 背後で声を張り上げるアンジュの声を聞きながら、一緒に着いてきたリーゼリットと共に子どもの側へと駆け寄る。

「……これは」

「……早く止血しなきゃ」

 全身をトラバサミで噛まれたかのような滅茶苦茶な傷を負って倒れてる子どもを抱え上げる……この傷じゃ止血剤はもはや意味を為さないわね。

「どれ、見せてみなさい」

「お婆さん?」

 どうしようかと悩みながら、とりあえず手持ちの水筒の水を掛けて傷口を洗っていたところに先ほどのお婆さんがこちらへと歩み寄ってくる。……もしかして医者の経験があったりするのかと、訝しむ私達の前で​──

「『​​──我が願いの対価は哀情の鬱金香 望むは他者を癒す術』」

「「「っ?!」」」

 ​──クレルと同じ魔法を使って癒した。それを見てリーゼリットとアンジュと一緒に三人揃って絶句する……レナリア人の前で魔法を使うなんて、何を考えているの?

「……さて、これでもう大丈夫さね」

「あ、ありがとうございます。……ですがその、大丈夫なんですか?」

「なに、チューリップ畑のせいで屈んでる私達の事はバスから見えないし、アンタらが黙っててくれれば良いさね」

 その言葉を受けてチラッと背後を振り返る……確かにバスからこっちの様子は見えそうにないわね。

「……それとも何かい? 狩人でも呼ぶかね?」

「いいえ、子どもの命を救う魔法使いが悪い訳が無いじゃないですか」

「……私は同族の命を救ったに過ぎんさ」

 まぁ目の前の私が狩人なんだけれど……それは言わないで起きましょう。……それにしても、この子どもが同族かぁ……お婆さんといい、この子どもといい……肌は白くレナリア人のものだけれど、ハーフかしら?

「むしろお嬢ちゃんに聞きたいんだがね、一面に広がるチューリップで視界を遮られている中でどうやってこの子を見つけたんだい?」

「え?」

「私のような同族でもない限り、狩人達の持つ『羅針盤』であっても、死にかけの魔力なんて感知できないはずだがねぇ……」

「それは……」

 どうして、かしら? 思えばあの時も子どもの姿を目に捉えた訳じゃなかった気がする……? ただ漠然と助けなきゃって思って、それから​──

「​──それともその不思議な左腕が関係あるのかね」

「……っ」

 お婆さんの指摘にそっと左腕を隠すように右手で抑える……その可能性は、無いとは言い切れない。……『名持ち』の魔法使いの強力な攻撃を防ぐ程の呪具が、私の無意識下の『願い』を聞き届けて知らせた可能性は……ある。
 ……多分、子どもを救いたがっていた私にチャンスをくれたのだと思う。わざわざ知らせてくれたのだと思う。

「……ま、いいさね。余計な詮索はしないのが長生きの秘訣だからね。ここで不興を買って通報されても詰まらないしね」

「……今さらそんな事はしないですよ」

「そうかい? なら良いけれどね」

「……とりあえず今はこの子どもをバスまで運びましょう」

 今は原因の分からない事をグルグルと考えていても仕方がない……子どもの傷はだいたい癒えたといっても全てじゃないし、衰弱しているのに変わりはない。
 なんでこんな所で重症で倒れてたのかも含めて、起きた時に聞けるようになるだけ回復させなければならない。

「……お姉さん、通報しなくても良いの?」

「良いのよ、どうせ狩人がこの場に居ないんだから抵抗されて終わりよ」

「……そっか、ありがとう。あのお婆さん好きなんだよね」

「……そう」

 ……そうよね、私とクレルみたいに魔法使いと仲良くできないなんて事は決してない。通報されるリスクを背負ってまで同族を助けたお婆さんみたいな人も居る。
 そしてそれに好感を持つレナリア人も、ここに居る。それを忘れないようにしながらバスへと戻る。

「良かったね、アリシア?」

「……なにがよ?」

「いつも士官学校で言ってたじゃん『魔法使いにも良い人は居る』って……やっと会えたね」

「……他にも居るもん」

「知ってるって」

 そう小声て笑いながら言うリーゼリットに苦笑しながら返事を返す……ハァ、早くクレルと会ってまた話したいわね……。
 リーゼリットにも、例の彼が魔法使いだったんだよって教えてあげたい……流石に魔法使いと深い関係なあったなんて、言えないけれど。

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